3.暇つぶし未満のテンプレート。

 しかも、質が悪いことに、


「まあ、私はぶっちゃけ、最初の方で「うっ」ってなっちゃったけどね」


「お、奇遇だな。俺もだ」


「おお、気が合うねえ。流石幼馴染」


「やっぱ、無いよな。冴えないリーマンがトラックに轢かれて異世界転生って」


「ないない。そこで私読むのやめようと思ったもん」


「へぇ凄いな。思っただけなんだ。俺そこで読むのやめたけどな」


「まさかの未読!?」


 驚かれた。


 や、まあ、俺の、ここまでの反応を見れば「読んだうえでクソだって言ってる」っぽくはあるし、実際、俺のことを良く知らない相手なら、その反応も考えられない話じゃない。でも、


「いや、え、逆に俺がそれを最後まで読むと思う?」


「まあ、それは思わないけど……」


「だろ?よく分かってるじゃん。流石幼馴染」


「いや、それはそうだけど……でも、あんだけ色々いってるから、流石に読んでるもんだと思ってたよ」


 俺は朗らか笑顔で、


「はっはっはっ、ないない。先に出てくるのがゴミだって分かってるものを読む、時間の廃棄処分。俺がするわけないだろう?」


「それ、作者に行ったら殺されると思うよ」


「大丈夫。そもそも誰のか分からんからな」


「え、そうなの?私てっきり描き手が誰か知ってるのかと思ってたよ」


「いや?ここに置いてあったから、なんだろうなって思って」


「や、なんだろうなって……それ、忘れ物だよね?」


「まあ、そうなんじゃない?」


「それを勝手に読んだってこと?」


「そうだけど?」


「いや、「俺、何か悪いことしてます」みたいな顔で言われても」


「司。そういうときは「また俺何かやっちゃいましたか?」にしておくべきだ。流れ的に」


「なに、流れって」


「ゴミカス異世界転生ディスの流れ?」


「そんなものを作った覚えはないよ?」


 少し間をおいて、


「え、ってことはそれ、お客さんの忘れ物ってこと?」


「まあ、多分な」


「駄目だよ零くん。確かに零くんは常連と関係者の間くらいにいるかもしれないけど、そうだったとしても、人の落とし物、ましてや創作物を勝手に見るなんて良くないよ」


「いや、見てないんだって」


「でも、序盤は見たんでしょ?」


「序盤はな。ただ、それもパーセンテージで言えばほんの10%かそこらだ。それにだな、」


 二見が俺の言葉を遮るように、


「はい、それは割と見てるうちに入ると思います」


 俺は再び遮り返し、


「まあ聞け。それに、そもそも誰の落とし物かは確認した方が良いだろう?」


「それは確かに……でも読む必要性は……」


「有名どころなら、俺が知ってるかもしれないだろう。知ってる人なら、その人が再びここに足を運ぶのを待つよりも、こっちからアクションを起こした方が良い。もしかしたら、出版社あたりに郵送するってことも出来るかもしれない。って考えたら、一応確認はした方が良い。そして、それをするのは、知識がある俺が適任。違うか?」


「まあ、それは確かに……」


 よし、勝った!


 確かに、名前が書いてなくても、読めば誰が描いたかくらいは判別出来るかもしれないとは思った。


 けれど、それだけだ。


 実際は、誰のものか判別して、連絡を取って郵送してあげようななんて殊勝なこと、微塵も思ってないし、もし仮に有名どころで、俺の好きな作家だったら、これを気にサインでも貰おうとかしか考えてない。


 それどころか、最初の1ページを見た段階で、「あ、これは知らない人だな」って思ったけど、「まあ、暇つぶしにはなるから」程度のノリで続きを読み進めてる。


 全ての事実を繋ぎ合わせれば、ただただ暇つぶしと口実作りに使おうとしただけというエピソードが見えてくるけど、情報を伏せるだけであら不思議。落としものを落とし主に届ける気持ちの溢れる殊勝な人に早変わり。印象ってのはこうやって変えるもんだ。嘘をつく必要はない。ただ、情報を「伏せる」だけでいい。


 ただ、それが通じるのはあくまで俺、神木かみきれいをよく知らない人間のみだ。


つまり、


「で、ホントのところは?暇つぶし?それとも、有名作家だったらそこからお近づきになろうという浅はかな魂胆?ねえねえ」


 長年の付き合いが過ぎる幼馴染には欠片も通用しない、ということだ。まあ、だからこそってこともあるんだけど。純情ぴゅあぴゅあの女の子にそんなことは俺だってしない。するのは騙してこっちに有利な話にしていきたいほどのクソ野郎か、既にそんなことは全てお見通しの幼馴染相手くらいだ。


 後者こと二見司はにやにやしながら俺を見つめて、


「ほら、どうなのさ。ホントのところは?あたり?あたりなんでしょ?」


 別に、当たりでも外れでもどっちでもいい。


 肝心なのは、今まさに二見が指摘した内容以外の、「それっぽい答え」を提示すればいい。提示出来れば俺の勝ち、出来なければ二見の勝ち。なんとなくそんな風潮が俺ら二人の間にはあった。


 最初から二見が見当違いの読みをすることもあるし、ずばり言い当てているため、俺が別の可能性を模索しなければいけない時もある。そして、後者の場合、大抵は苦しい言い訳になるため、二見にイジられて終わるというのが常だった。


 この日もそう。


 本来ならばいつもの会話が交わされた後、ブツは二見が回収して、店側で預かる。そうなるはずだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る