第3章 大地下道冒険編

第29話A 幕間劇 『兄弟密談』

4月12日午前10時 北校舎 風紀委員会矯正局々長室


 薄暗い執務室に二人の男がいた。

 局長の椅子に座るのは、今にでもプロレスリングに上れそうな体格に恵まれた強面の大男。

 一方、来賓用のソファーに腰を掛けるのは、線の細い、神経質な印象のメガネの男だった。シルエットも、外見から伝わってくる性格も全く異なるこの二人、しかし、どこか似た雰囲気を感じさせる。


「『4月に雪が降る事だってある』か。理学おさむ、お前は4月に誕生日プレゼントをもらったことがあるか? 俺はない。俺は4月生まれではないからな」


「兄者……何の話だ」


「因果の成就か、偶然の産物か。あるいは第三者の悪意か。その意味は慎重に検討する必要がある」


 そう言い終えると黙って弟の方を向く。

 兄、工学たくみは謎かけじみたセリフを吐いて、相手の困った顔を眺めるのを好むのだった。弟にとっては迷惑極まりない、悪趣味以外の何ものでもない。


「ああ、綾瀬一夜のことか。あの女を誰が捕まえたのか誰も分からないというのはまったく気持ちが悪い。兄者の方にも情報がないのか。例のテロの件と関係は? いったい何が起こっているのだ」


「俺も何も知らされていない。本件に関する情報はすべて委員長と悟堂ごどうで止まっている」


「みな蚊帳の外ということですか。独り占めとは委員長も強欲なことだ」


 学園の秩序維持を担う風紀委員会。その権力の強大さ故に、かえって内部では権力の分散が望まれた。委員長は極めて凡庸な人間だが、それこそが理想のリーダー像だった。施設管理局局長の悟堂ごどうは、委員長の犬を装っているが、彼奴は飼い犬になるような玉ではない。


「奴も今夏には勇退だ。花道を飾りたいのだろう。それまでは我々は大人しくしておけばいい。空いた椅子には、お前が座ればいい。それよりも最優先すべきは綾瀬一夜の始末だ」


「はい。身柄は官房主導で鎖縄牢郭に移されています。脱獄は不可能かと。そういえば哲学さとるとも一悶着あったようで、また泣き言を言っているようなのですが?」


「アイツは放っておけ。これは綾瀬一夜を学園から追放する千載一遇の好機である。あの小娘はテロリストとして裁かれねばならぬのだ。それは決して私怨であってはならぬ」


「『蟻の穴から堤も崩れる』ですか。最短で手続きを進められるように段取りはしておきますが――委員長会議を通さねばならんでしょう」


「委員長の方は俺が釘を刺しておく。この程度のお遣いはやってもらわんとな。ああ、哲学さとるは1週間の謹慎。女に見張らせろ」


 言い終えると同時、理学おさむは席を立ちながら端末を取り出す。はしっこく落ち着きないのない男だった。

 扉の閉まる音を聞くと、工学たくみはイスに深く身を沈め、全身の筋肉を震わせながら大きま唸り声を上げた。


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