第18話 真剣勝負でいいならいつだって相手してやるぜ

 『紅天通り』は学園に3つある学生街の中でも、もっとも物価の安い地域だ。いや、安いという言葉で済むものではない、ヤヴァイである。

 合法でない手段で仕入れたものを合法でない手段で販売している。そう考えないとつじつまが合わない世界。

 だから、ここを訪れる生徒たちは何も考えない。ホカホカの飯の上に乗せられた肉が何の肉かは考えない。

 外世界の最新映画メディアが激安価格で店頭に置かれている理由は考えない。

 ときどき店の奥から悲鳴のようなものが聞こえる理由は考えない。

 「これは違法です」とラベルが張られているわけじゃない。俺はたちは無垢なる善意の第三者だ。誰も何も気にはしない。考える必要がない。


 ほんの少しの両親と引き換えに貧乏生徒たちに優しい場所、それがここ『紅天通り』なのだ。


                 ◇


 奇妙なカップルが歩いていた。


 一人はジャージ姿の中年男性。髪はぼさぼさ、無精ひげ。サンダル履き。あまりに他人の目を気にしないその姿は、かえって他人を目を気にしていないとアピールしているようにさえ見える。


 もう一人は銀縁のメガネをした女子生徒。制服カタログから飛びだしたような隙のない完璧な着こなし。着崩れなしで、無駄な装飾品も何もない。化粧けはなく、その真面目な性格がぴんと伸ばした背筋ににじみ出ている。


 不釣り合いゆえに、不純な香りを感じてしまう二人組。

 ただ一つだけの共通点があった――それは竹刀袋を背負っていること。


「なんで俺がロハで残業しないといけないんだよ、メンドクセー」


「先生のクラスの生徒が行方不明なんですよぉ。担任としての責務ってモノがあります」


「生徒の一人や二人、年がら年中、行方不明になっているでしょうが。いちいち大騒ぎすることかねぇ」


「まだ入学6日目の新入生ですよ。これ以上なくイノセントな存在ですよ。経歴は綺麗なものですよ背後に組織もなにもなし。それに、どうやら例のテロリストに誘拐されたようです」


「下水道処理センターの爆破事件? いやいや、アレは一夜ちゃんがやったことでしょ。アンタら風紀委員会の広報が発表したことじゃないの」


「自分の広報を信じる馬鹿が風紀委員会にいるわけないでしょ」


「おやおや、ジュエルちゃん、いつから一夜ちゃんとそんなに仲良くなったのさ?」


 男は店先から薫る、焼き鳥に心を奪われかけていた。飲む、打つ、買う。オジサンの欲望を満たすありとあらゆるものが通りに溢れかえる。自然と脇へと逸れていく視線をジュエルが耳を引っ張り、引き戻す。


 男、名を元興寺勇ぐわごぜいさみという。幼いころから勇み足で失敗するのだけは止めようとその名に誓った。それが祟って何事にも二の足を踏む性格になってしまいました、ゴメンナサイ。元学園生徒で、そのまま教師をやっている。モットーは『生きてるだけで丸儲け』。


「それは先生でしょ。私なんかは連絡役、うまく使われてるだけです」

「あんな無秩序の権化のような女と私が仲良くなれるはずないと思いませんか。私だって、貯まった仕事が山盛りなんです。でも、ダメです。これが一夜さん絡みだとしても今回の件は放置できません。上層部はまともに動くつもりがないようなんですよ。信じられますか? 被害者が学園の生徒で、しかも無垢なる新入生。そして相手はテロリスト。風紀委員会が動かねば、誰が彼を救うことができるんですか? なのにですよ。腐ってます。ホント、ダメですよ。こういうのだけは」


「はぁ、風紀委員の矜持って奴かい。今どき流行らないよ。上の命令を無視してかい。だから同僚は無し、代わりに俺が駆り出されると……」


「先生は一夜さんに借りが山のようにありますから、好きなように使っていいハズです。それに、今回は先生マターの案件だっていってるじゃないですか。担当クラスの生徒を救って英湯になるんですよ! 私はあくまでお手伝いですよ」


 女、名を七曲宝石ななまがりじゅえるという。親から貰ったキラキラ☆ネーム以外は世間の規範から外れることなく、常に清く正しく生きることを旨とする風紀委員会の平委員。今の委員会上層部の問題点については平素から不満を募らせており、事あるごとに暴走している。


「やめてくれよぉ。これ以上関わると俺も一夜ファミリー認定されちゃうだろうがよ。はぁーもう面倒くせぇ。やだなぁ、誰か俺を助けてくれねぇかなぁ」


「そうやって他力本願、いつも一夜さんに頼ってるから泥沼にはまってるんじゃないですか」


「ああ、胸さえデカくなければなぁ。俺だって自重するんだよ。一夜のやつに絡むと碌なことにならないって頭では分かってんだよ。でもなぁ、アイツいくら胸をじっと眺めても怒らないんだよ。ボーナスステージかよ」


「セクハラですからね? 斬りますよ」


「へへへ、真剣勝負でいいならいつだって相手してやるぜ」


 剣士と剣士、行きつく先は斬る方と斬られる方。そういった関係しかないと元興寺は常より語る。

 今、刃を交えれば自分がそのどちら側になるか、ジュエルは理解している。この男と真正面から向き合うことはできない。悔しいけれど、自分にはまだこの男と本気の言葉を交わす資格がないのだ。

 ジュエルは元興寺が再び明後日の方向を見ていることに気付くと、嫌味の一つでも言ってやろうかと思った。

 しかし、元興寺が妙に真剣なまなざしをしていることに気付く。


「プロだな。それも闇社会の人間。こえぇこえぇ」


 七曲は緊張に顔をこわばらせる。風紀委員をやっていれば「そういうこと」があることは重々承知している。通りに溢れかえる生徒たちのどこに異物が紛れ込んでいる……。


「入り鉄砲に出女って知ってるか?」


「はい。江戸時代の関所で特に厳しく取り締まられた二つの対象を表す有名な言葉です。入り鉄砲とは江戸に向かって運び込まれる火器や兵器。出女とは江戸から外へ出ようとする女性、とくに大名の正室・側室などを指します。幕府に対する反乱や内乱を防ぐため、入り鉄砲は武器の持ち込みを、出女は人質が国元に逃げることを警戒していたわけですね。それが何か」


「お前は便利なAIみたいだな。まぁその通りだ。この学園にも同じ理屈がある。この時期は多いんだよ、新入生に紛れて学園に入り込む怪しい連中が」


「も、もちろん! そんなこと風紀委員である私には常識です」


 ここでようやくジュエルは怪しい二人組を見つけ出せた。後れを取ったばかりか、この男に苛立ちをぶつけて反発せずにいられない自分が恥ずかしく思えた。


「ちょっくら、口説いてくるからアイツらの風体記憶して新入生名簿と照合してみろ。一夜の事件と関係ないとは思うが、ほっとくわけにもいかん」


 七曲は黙ってうなづく。




                      

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