第四話 光を当ててくれた存在

 翌日も光輝は英莉香に誘われて一緒にビリヤードを打ちに行った。しかし昨日の彼女の「存分に光輝とビリヤードを打てる」という言葉が心の中で繰り返されていた。

 英莉香と一緒に遊べるのは春休みまで――高校生になったらこうして一緒に会うこともほとんどなくなってしまのだろう。


「今日は調子悪かったじゃないか」


 ビリヤードの店から出た英莉香が、光輝に言った。


「こんな日もあるさ」

「ま、そうかな」


(今更……なんだよな)


 これまでは一緒にいて当然だった英莉香の存在がここ一年で急に大きくなってきていた。

 一緒にいて楽しくて、いつも笑顔を向けてくれて、そして何より不登校となった自分に対しても変わらず接してくれた。

 間違いなく自分の人生に光を当ててくれたような存在だった。

 ――どうして今まで気付かなかったのだろう。そして今、こんなにも彼女のことが愛おしい――


「ターニャ」


 光輝は帰り道の途中で、立ち止まった。


「ん?」

「ありがとう」

「えっ?」

「お前のおかげで、俺はここまでこれた。俺は、学校に行くのを恐れてた。クソみたいな人間になり下がった俺を、お前は助けてくれた」


 英莉香は少し驚いたような表情をしていたが、すぐに微笑んで、


「何を言っているんだ。光輝はとっても素敵なやつじゃないか」

「俺が?」

「ああ。だって、光輝が私を――助けてくれたじゃないか」

「……?」


 光輝はわからないような表情をしていた。


「私が日本にやってきて光輝のいる小学校に転入したとき、なじめなかった私を誘ってくれたじゃないか」

「……」


 英莉香に言われて記憶がよみがえる――彼女が転入してきたのは小学校三年生の時だ。新学期から数日遅れてやってきた転校生は金髪で、顔立ちも外国人風だったのでとても注目が集まった。

 みんながこぞって好奇の目を向けている中、英莉香は自分の見た目を恐れていた。その時に隣の席だったのが光輝だった。

 その当時、光輝は父親の影響でビリヤードを始めて一年くらい経ったころで、そのころにやっていたビリヤード教室に向かおうとしている途中で英莉香と会った。

 その時に光輝の持っていたキューケースを見て英莉香が質問をしたのが最初のきっかけだった。光輝はビリヤードに興味を持ってくれる友達がいなかったので彼女を誘い、一緒にビリヤード場に行った。

 最初の方こそ光輝も英莉香の風貌のことで色々話してはいたが、それよりもビリヤードをやらないかと熱心に誘うと彼女も興味を示してくれ、一緒にやるようになった。

 いつしか光砂とも仲良くなり、次第に英莉香の話しやすい性格がわかると途端にみんなと打ち解けるようになったのだ。


「ああ……ビリヤード、か」


 そういえば最初はビリヤードに誘ったのがきっかけだったっけ、と光輝は思い出した。

 けど、特別に英莉香に対して何かしてあげたという意識もなかったし、それよりも自分のやっているビリヤードに興味を持ってくれたことが嬉しかったことを覚えている。


「ただ一緒に打ちに行っただけじゃないか」

「そんなことないさ」


 英莉香は首を振った。


「光輝や光砂がいてくれたからこそ、私は怖くなくなったんだ。周りの視線が」

「そうかな……けど、お前が俺にしてくれたことに比べたら、そんな感謝されるほどのことじゃない。それに、お前は俺がいなくたってきっとみんなに好かれていたよ」


 それは本当のことだった。遅かれ早かれ、英莉香の性格がわかればみんな彼女のことを気に入ると思った。


「お前が俺にしてくれたことは本当に、感謝してもしきれない」


 光輝は唇をぐっと噛みしめると、英莉香を見て、言った。


「ターニャ、俺は卒業してからもお前と一緒に遊びたいし一緒に話もしたい。お前のことが――好きだから」

「……!」


 英莉香は目を大きく見開いて光輝を見た。


「ようやくわかったんだ。どうして今まで気が付かなかったんだって思うくらい――お前と一緒にいると居心地がとても良かった。楽しかった。こんなに一緒にいたいと思うのはお前しかいないんだ」

「…………」


 英莉香はしばらく光輝を見ていたが、やがて、にっこりと微笑んだ。


「良かった――それなら、私たちは両想いなんだな」

「えっ――」

「本当に鈍感なやつだ。私は小学校の時からずっとずっと光輝のことが好きだったのに、少しもそんなそぶりを見せてくれなかったから」

「そ――そうなのか?」


 光輝はかすれた声で訊き返した。


「バレンタインだって、ずっと本命を渡していた。光輝の分だけ手作りだったのに」

「ええっ」


 確かに毎年英莉香からバレンタインの時にチョコレートをもらっていたが、他の仲の良い男子にも渡していたのでてっきり同じ物だと思っていたのだ。


「私も光輝のことが好きだ」


 英莉香はきらきらと光るその琥珀色の瞳で光輝を見つめ上げて言った。間違いなくその表情は今までに最高の笑顔で、幸せでいっぱいだった。



 ◇ ◇ ◇



「…………」


 家に帰ってからも光輝はぼうっとしていた。なんだか実感がわかない――

 夕食の時間も上の空で、母親が何か言っているのも聞き流していた。

 けど、部屋に戻って英莉香のさっきの言葉を思い出すと、途端に光輝の中で幸せという感情が爆発したかのようだった。


『私も光輝のことが好きだ』


 夢ではないはずだ。英莉香が自分を見て言ってくれたあの表情――最高に可愛かった。

 夏休みの花火大会や初日の出を見に行った時に英莉香のことを女の子として意識した瞬間を思い出す。


(俺を好きだって言ってくれた――それも、小学校の時から。なんで俺、早く気付かなかった!)


 光輝は思わず枕をパンチした。


(バレンタインは俺だけ手作りだったなんて――なんで気付かなかった!)


 もしわかっていたら、ずっと楽しい学校生活だったのに。

 けど、すぐにもうそのことはどうでもよくなった。どうでもよくなった、と言っては乱暴かもしれないが、英莉香が自分を好きでいてくれたことが本当に本当に嬉しくて、たまらなかった。

 しかし新たな問題が浮かんだ。明日から、二人は付き合うという前提で顔を合わせることになる。


(どうしたら、いいんだ?)


 光輝は思わず起き上がって悩んだ――付き合うってどうすればいいのだろうか?


(手――手とか繋ぐのか?)


 いや、それはまだ急すぎる。それに光砂も一緒に学校に行くのだから。


(……何をどうしたらいいんだろう)


 その日、光輝はずっと悶々としてなかなか眠れなかった。

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