第18話

 駅前の商店街を人の流れに沿って進み、混雑から抜けたあたりにあった飲食店の前で足を止めた。


「まずはお昼を食べないとな。ランチなんて洒落たものじゃないけど、いいか?」

「お昼ここで食べるの?」


 店を見た樹理に、想像したような動揺はなかった。

 ここはセルフ式のうどん屋だ。おそらく初デートでいく店の類ではない。

 だからこそ、俺はこの店に行くと決めていた。


「前に親と入ったけど、値段は安いしうまかった。樹理は初めて?」

「私は初めてかな。こういうお店って個人的にちょっと入りづらくて」


 流石は王道ヒロインだ。トリッキーな店選びに、王道の返しをしてくる。

 だがここで怯んではいけない。


「それなら教えるよ。入っていい?」

「うん。じゃあお願いしちゃおうかな」

「そんな難しいものじゃないけどな」


 強引にではなく、同意を得て入店した。


「まだ十二時前だから、そんなに人いないみたいだ」

「それでももう半分くらい席埋まってるけど。ここからさらに増えるの?」

「週末はいつも、お昼になると店の外まで待機列が出来るらしい」

「あ、そんなに人気なんだ。知らなかったなぁ」


 入口にあるトレーを持って、店内のカウンターに沿ってレジを目指して移動する。


「ここはセルフ式だから、自分で食べたい物を取って最後に清算する。食べたい物といっても、見ての通りうどん、天ぷら、おにぎりくらいだけど。

 まず初めにうどんを注文するんだけど、樹理はどれにする?」

「うどん屋だけあって色々あるんだね。選んでると時間かかっちゃいそうだから、隆志くんと同じのでいいよ」

「でも大根おろしは苦手だったよな?」

「あ、うん。あ、もしかしておろしうどんがお気に入り?」

「俺もまだ二回目だからお気に入りとかないけど、前はシンプルにかけうどんにしたから、別のを食べようかなって思って。じゃあ釜玉にしようか。人気商品みたいだし。卵は大丈夫だっけ?」

「卵はむしろ好き。実は釜玉が一番興味あったんだ」

「決まりだな。量は……初めてだから二つとも普通かな」

「それで大丈夫。量が多かったり口に合わなくて残しちゃうのは良くないし」


 樹理は昔から運動が好きなこともあって、女子にしては食べるほうだ。俺としてはそういうたくさん食べるところも含めて樹理のことを、その……アレなんだが、初デート的なものでがつがつ食べる女性はそうそういないだろう。俺は構わないが、彼女が自制する。調子にのって「普段たくさん食べるんでしょ?」なんて口走ったら、それで俺と樹理の関係は白紙になりかねない。非王道のデートプランだとしても、守るべき部分は厳守しなくてはならないのだ。

 窓口で二杯分のうどんを注文して受け取り、続いて天ぷらコーナーに進む。


「わぁ、すごい種類。ここから食べたいものを取ればいいの? おすすめは?」

「前は半熟玉子天を食べておいしかったけど、今日は釜玉だからちょっと。ネットではちくわが結構評判良かったはず」

「半熟玉子天なんてあるんだ! 私卵好きだから、これはこれで食べちゃおっかな。あ、でも隆志くんおすすめのちくわ天も気になるし……うん、両方いっちゃおう!」


 天ぷらコーナーに来た途端、明らかに樹理のギアが上がった。『残しちゃうのは良くない』といっていたはずなのに、迷いなく二つの天ぷらをトレーの皿に移した。ちくわ天は俺ではなくネットユーザのおすすめなわけだが……まぁそこは別に指摘しなくてもいいか。

 俺はちくわ天だけにするつもりだったが、樹理のほうが多いと、それを気にして彼女が食事に集中できなくなるかもしれない。杞憂かもしれないが、対策を打っておいて損はないはずだ。


「樹理はちくわと半熟玉子か。俺もちくわ天は取るとして、あとはなすを食べてみるか」

「野菜の天ぷらもいっぱいあるんだね。どれもおいしそう」

「あ、ああ。流石にでも全種類は食べられないし、また今度来たときに試してみよう」

「今度……そうだね。今日はこの二つを食べてみる。おいしかったらリピートしちゃいそうだけど」


 少し残念そうだったが、樹理は天ぷらコーナーを抜けてくれた。三つも四つも天ぷらが食べられるのだとしたら、彼女の食欲は俺が知っている以上に強化されている。育ち盛りの食欲とは凄まじい。同じ年齢でも、あまり運動をしない俺には二つが限界だが。

 あとは会計を済ませるだけ。そうしたら薬味をいれて席を確保する。軽く店内を見渡して、座る席に目星をつけておいた。


「あ、おにぎり」


 ――ッ!

 うどん一杯に天ぷら二つが限界の俺は無意識のうちにスルーしていたが、ぼそっと呟かれた彼女の一言で思い出した。

 会計と天ぷらコーナーの間には、まだおにぎりコーナーがあったのだ。

 一目で出来立てとわかるつやつやしたおにぎりを前に、樹理は会計に進む足を止めた。

 彼女の瞳もまた、おにぎりに負けずきらきらとしている。


「鮭にツナマヨにしぐれに昆布。いなり寿司まであるんだね。うどん屋さんなのにおにぎりも豊富なんだ。隆志くん、ここのおにぎりは食べたことないの?」

「あ、ああ。そうだな。おにぎりは食べなかったかな、たしか」

「そうなんだ。ふぅん……すごくおいしそうだけど、どうしようかな……」


 ほかほかと熱を放出して陳列されたおにぎりに、樹理はすっかり魅了されている。しかし自分のトレーに移す気配がないのは、どれにしようか迷っているわけでも、食べきれるか否かを心配しているわけでもないだろう。

 わかる。わかってしまう。

 ここもまた、俺が男を見せるべき場面だ。


「せっかくだから俺もひとつ食べてみるか。味は……昆布」

「隆志くん昆布が好きなんだ。渋いね」

「ま、まぁな。田舎者だし、味覚が老人寄りなんだろうな」


 本当の理由は、昆布が一番カロリーが低そうだからだ。普段コンビニではツナマヨを買っていることを樹理に知られてなくて助かった。


「隆志くんが食べるなら私も食べちゃおっかな。ツナマヨ!」


 対して樹理は一番カロリーの高そうなおにぎりをトレーに移した。……なるほど、間違いなく樹理の食欲は以前よりも強化されているらしい。今後も付き合っていくなら、どこかで俺がそこまで食欲旺盛でないことを白状しなくてはデートの度に胃腸薬を飲む羽目になってしまいそうだ。

 うどん、おにぎり、天ぷら二つ。これだけ食べて七百円は安い。味もおいしかったし、飲食店として人気の理由はよくわかる。

 デートの際に来る店ではないのかもしれないが。


「えっ、安い!」


 だが、レジ前で楽しそうに財布をのぞく彼女に、そんな細かいことを気にした様子はない。彼女を作るなら、学生のくせに背伸びしたがる奴じゃなく、学生らしく遊べる相手がいい。

 そういった点でも、樹理はやっぱり理想の相手かもしれなかった。

 

 店を出たあと、「お手洗いにいく」といった樹理がトイレに入るのを見届けて、俺は壁に右手をついた。


「なんとか、いけたな……」


 こんなに食べたのは久しぶりだった。最後の昆布おにぎりがきつかったが、お茶で流し込み残さず食べきった。食事はおいしく食べられる適量が一番だと、改めて実感した。


「……まあ、いいか」


 対面に座って「おいしい! おいしい!」と連呼して食べていた樹理の幸せそうな顔を思い出すと、胃の苦しみを一時的に忘れるほどの幸福感に満たされた。

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