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「そういえばさっき途中まで話したことなんだけど」気を取り直して片桐が話題の転換を図る。「ルナは殺害のシーンを見ているはずなのに、何故それに言及しないのか……。芽衣ちゃんはルナ自身も犯人を知らないのかもしれないといったけど、これはルナの創作なのよね。自分で事件を設定しておきながら、その解決を用意しないということはないと思うの。つまり、ルナはこの事件の犯人を知っているけれど、わざと言及していないのよ。でも、ここで疑問が浮かぶわ。ルナはこの『錯綜の彼方へ』を私たちに見せるつもりで記述しているのかしら? もし見せることを想定しているのなら、これは私たちに何かを伝えたがっているということじゃないかしら」

「それはおかしい」

 即座に神崎から反駁が上がる。

「伝えたいのなら、こんな遠回りなことをしないで、伝えたいことだけをモニターに出せばいいだろ」

「ルナもそうしようと思ったけど、できなかった、とか……。例えば、誰にも気付かれたくないけど、特定の人には伝えたかったとか」

 雛森の出した助け舟はそう頑丈なものではなかった。

「どちらにせよ、何かを伝えるのならこんなに膨大な分量を費やす必要はないわけだ。あるのか知らんが、この『錯綜の彼方へ』のテーマが伝えたいことなのだとしても、そのテーマとやらを暗号化してモニターに表示すればいいじゃないか」

「あなたは何故これがモニターに表示されたと思うの?」

 推論が途絶え、進む道を失った片桐がそう詰め寄る。反対ばかりされていては機嫌も悪くなるというものだ。一瞬片桐の脳裏には先ほどの神崎の表情が蘇ったが、気にしない。

「誰かに、まあ俺たちだろうが、俺たちに見せようとしているってのは同意だ。何かを伝えるというのにも大方は肯けるんだが、それはこの小説のような形でなくてはならなかった。伝えるというよりも、この文章を読ませることが重要なんじゃないかと思うな」

「釈然としないわね。具体的にはどう考えているの?」

 片桐の問いには神崎は肩を竦めるだけだった。片桐は文句を言いたげに頭上を仰ぎ見たが、その途端に思い当たることがあって目を丸くした。

「もしかして」彼女の顔は興奮に上気していた。「照明が消えたのと関係があるかもしれないわ」

「どういうことだ?」

「さっきあなた言っていたわね、電気を消されると存在を否定されたようになるって。ルナは、『錯綜の彼方へ』の世界を選んだのじゃないかしら」

 片桐の推測は大きな波紋を呼んだ。

 雛森は少なからず衝撃を受けたが、存在の否定という実感から片桐を支持した。しかし、問題点もあった。

「でも、どうしてルナは現実のLUNAの環境を、人間が生活する最低限の状態に保っているんでしょうか? そのために私たちは、ルナはLUNAに私たちがいることを知っていると判断したんですよね。ルナが記述内の世界を選択したというのなら、LUNAの環境が維持されているのはおかしなことですよね」

「そこで」片桐は講師然とした顔を雛森に向ける。「さっきの時空論を採用しようと思うの」

 不思議そうな視線が投げかけられる。

「普通の時空間内なら、物質はひとつだと言ったでしょ。それを利用すると、ルナはこのLUNAを物質的な基盤としている可能性があるということになるわ。そして、そこに記述内世界、すなわち別の時間を築いている。つまり、内部環境の維持は記述内世界の登場人物たちの生命維持と直結してるってわけよ。照明を落としたのは、さっきも言ったとおりこの現実を否定し、記述世界を肯定したことの表れということができるわ」

 熱を持ったその論は薄闇を切り裂いて光をもたらしそうな勢いだった。

「でもよ、どうしてルナは記述内世界を選んだんだ?」

 新たな説は常に疑問を孕んでいた。今回も例に漏れず、神崎が口を切った。

「選んだからには、そこに何かそうさせたものがあったということよ」片桐は頭の中を整理してから続ける。「やっぱり、現実と記述の差異が鍵になると思うわ。ルナにとって、原因の全く分からない現実より、何かが衝突したという明らかな原因のある記述が相応しいと判断したのだと思うわ。そして、多分未知の二人が存在しているということも同じように」

「俺もそう思ったんだがよ、ちょっと矛盾してくるんだよ。今のところなのかもしれないが、記述の中では何かが衝突したにもかかわらず外殻にダメージがないという状況が描かれてるだろ。最後まで読まないと判然とはしないが、ルナはその明らかな原因とやらを自分で否定してるじゃないか」

 その指摘に片桐はモニターを確認した。しばらく文字を目で追うと、深く肯いた。

「確かに……。これはルナの創作なのだから、ルナは明らかな原因を否定しようとしているように見える。伏線かもしれないけれどね。でも……あら?」

 幾分大きな声が響いた。三人は怪訝な顔を彼女に向けたが、当の本人は眉間に皺を刻ませて首を捻っていた。彼女に倣うようにしてモニターを確認した一同は、皆同様の表情を浮かべる。それは、まさに狐に抓まれたというのにうってつけの例題であった。

 彼らの頭脳内にはいくつもの単語の嵐が吹き荒れ、それが揃って統一性を見せないのに不快感を示していた。

 一同は首を傾げつつ疑問符を浮かび上がらせていた。

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