第6話 扇その3

どう見ても世慣れしていなさそうな顔なじみの客の行く末が心配になったのも本当だ。


心底驚いた様子で知晃の提案に耳を傾けた彼女が、ほんとにいいんですか!?と身を乗り出して来た瞬間に、半分以上こちらの都合に巻き込むことになる罪悪感で胸が軋んだ。


そして同時に、彼女は伊坂と関わりのない人間なのだろうか、という疑問が浮かんだ。


考えたくはないが、叔父が偶然を装って宛がってきた女性という可能性も捨てきれない。


一週間ほど様子を見て、彼女の素行に問題がないことを確認した後で知晃がしたことは、旧友である西園寺に田所音々の身辺を調査してもらう事だった。


そして出された結果は真っ白。


彼女は伊坂とは関係ない場所で本当に偶然に知晃と知り合っていた。


自分のなかで、西園寺に依頼を掛けてからずっと燻っていた疑問がきれいに解消されて、それに取って代わるように芽生えてきた久しぶりの感情に自然と頬が緩んだ。


いつの間にか懐に入れておきたいくらい、彼女のことが気に入っていたらしい。


「・・・ほんで、あの子どないするん?」


「ん?このまま置いとく」


少なくとも知晃はそのつもりだった。


社会人経験のない彼女がこの町で仕事を見つけることはかなり難しい。


そのまま小梅屋の店員兼妻としてこの家に居着いてくれることを願っている。


こちらとしてそのつもりでアプローチしているのだが、彼女から返ってくる反応は未だに戸惑いのほうが大きい。


男に対する免疫も無さそうだし、何なら恋愛経験もなさそうだ。


そんな彼女が知晃の提案に乗っかって来たのは相当切羽詰まっていたからだろう。


ある意味弱みに付け込んだような気もするが、今更この関係を変えるつもりもなかった。


音々は本当に久しぶりに心が動いた相手だったのだ。


平然と言い返した知晃に、西園寺がそらあかんやろと即座に顔を顰めた。


「置いとく言うたってお前・・・・・・さすがに男一人暮らしのとこにあんな可愛い子、いつまでも置いといたらあかんやろ。身元も分かったことやし、うちのオメガ療養所コクーンで、ケアスタッフゆーことで一時的に預かっても構へんけど?セキュリティは万全で悪い狼は近づかれへんから安心やし」


数年前から世界的に知られることになった第二性別は、すでに社会人だった自分たちにはさっぱりぴんと来ない他人事だが、西園寺はすぐにオメガと呼ばれる少数派のための保護施設建設誘致をグループに内に進言して、率先してオメガの保護を行っていた。


国内第一号の発情期ヒート抑制剤の開発を行ったのも西園寺メディカルセンターで、この事で西園寺グループは一躍有名になった。


オメガ保護施設は発情期ヒート期間を安全に過ごすためにセキュリティは万全を期しており、当然身元の不確かな人間は出入りできない。


超安全な鳥かごではあるのだが、彼女を預けるつもりはなかった。


「余計なお世話だ。事実婚はそのうち解消して、口説いてからちゃんと籍入れる」


西園寺が差し出した書類を受け取って確かめれば、田所音々の姉夫婦のタイでの現住所や連絡先、仕事内容や人間関係がずらりと記載されていた。


これだけ確かめればもう十分だ。


「あ、やっぱりそのつもりやったんやな。ほんで、もう唾付けたん?邪魔者はおらへんもんなぁ。家主と店主いう立場に甘んじて強引なことしてへんやろな?」


ニヤニヤしながら尋ねてきた西園寺に鋭い視線をぶつけ返す。


「するか馬鹿」


返って来る反応があまりにも純粋すぎて、一ミリも意識されていないのではないかと自信を失いかけているとは口が裂けても言えない。


これでも一応お見合い相手からは大絶賛の容姿をもっているはずなのに。


西園寺を睨んだまま余計なお世話だと言外に告げれば。


「あんなええ子はなかなかおらへんから、ちゃんと捕まえとかなあかんで」


したり顔でせっついて来た西園寺は、数年ぶりに色恋に目覚めた旧友をからかいたくてしょうがないらしい。


うんざりするほど聞かされた新妻との惚気話を思い出して、そのうち仕返ししてやろうと心に決める。


その為にも、一刻も早く音々の心を掴まえなくてはならない。


「だから売れないように隠してんだよ」


積極的に彼女の職探しを応援していないのは、外で働かせるつもりがないからだ。


開き直って告げれば、西園寺がうわーと顔を顰めた。


「性格悪」







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