『グリモワール・エタニティ』
#2 【いざ魔法都市セレスティアルへ!】『グリモワール・エタニティ-1』
──『魔法都市・セレスティアル』。
天を貫くようにして聳える塔にはこの世に存在する全ての”魔法”が集積されているという。
外界には学術院が集まり、日夜”魔法”が生み出されては塔に収められていく。
『そしてあなたは、いつの日か名声を得ようとする見習い魔法使いって設定ね。この都市で一発当ててやろうと息巻いてる──だそうよ。アヤメ?』
「……本名呼びしないで。今の私は”レイス”……もう配信始まってるんでしょ?」
『安心して。まだ視聴者はゼロだから。それよりも、あんたこそ。いつもと違うキャラ付けで行くんでしょ?』
普段通りに打ち込んだ十年間ずっと使っているプレイヤーネーム──レイス。
その身はいつもの出来合いのものとは違って、瑠華謹製のVRアバターによって飾り付けられている。
その見目麗しさは確かだったのだろう。塔の麓、繁華街に降り立って早々レイスは他プレイヤーの視線を集めていた。
「……そう、だけどさぁ……いざとなったら恥ずかしいと言うか……」
街中を移動している最中でも、常に視線は集まっていた。
初期装備……のくせには、あまりにも気合が入ったアバターだ。当然だろう。
ただ、こうして注目を集めてしまうと余計に恥ずかしさは増していく。VR世界での交流には慣れているとはいえども、目立つこのアバターで、となれば話は別だ。
『ちょっと、レイス。そんなに縮こまってると……』
「なあ、嬢ちゃん!」
唐突に断ち切られた瑠華との通信。下向いていた視線の先に大きな影が二つ。
恐る恐る顔を上げると……そこには、筋肉隆々、傷だらけな体躯を晒した二人組の男がいた。
「あんまこの辺慣れてねえんだろ? だったらよお」
レイスに向けて彼らは詰め寄ってくる。
吐き出す息は酒臭い、明らかに堅気とは思えない雰囲気だった。
そうだ、このアバターはよっぽど目立つ。そして、VR世界にもナンパの類というのは十分に存在する。
それこそ、ルールの厳しいVRMMOだったら話は変わってくるけれど、レイスはことこの世界についてはまだ知らないに等しかった。
「俺達と──」
思考が止まったままたじたじと後ずさるけれど、いつの間にやらもう一人の男が背後に移動していた。道が塞がれている、逃げ道は──ない。
「──お待ちなさい」
その時だった。
目の前に立ちはだかった影があった。
すらりとした長身、身を包むドレスに飾り付けられたフリルがひらりと舞う。
「彼女はわたくしのツレですので。手を出さないでいただけますこと?」
凛と通る声だった。
図体で言えば目の前の男たちよりも小さいのに──ずっと、堂々とした少女。
肩まで伸びた赤髪に、その身を包むドレスも赤。どこか勝ち気そうな風体をしている。
「さあ、行きますわよ」
彼女が振り向いた途端、その瞳に映るのは未だおどおどとしたアバター──レイス自身だ。
引っ掴まれた片腕が、ぐんと強い力で引っ張られる。
何が何だかわからないまま、彼女につられて駆け出さざるを得なかった。
「この街は素敵でしてよ! しかと目に焼き付けなさいな!」
走っていれば、自然と視界は上向く。
そんな中で、過ぎていく景色がはっきりと映った。
軒を連ねる市場、近くの店では肉の焼ける香ばしい香りが、それでも数歩行けばどこか煮詰めたハーブらしいつんとした刺激臭が鼻腔をくすぐる。
景色は巡っていく。
籠に詰められたフクロウたちがホーホー鳴いていたかと思えば、隣の店では色とりどりな鉱石が、その隣では店をはみ出すほどの書物の塔が──。
「どうです? 魔法都市は!」
「え、えとっ! すっごいリアリティ……ですっ……!」
走っても走っても、道は絶え間なく続いていく。
続いていく景色は、常にその様を変えていく。流石流行りのゲームと言うべきか──レイスが見てきた他の
例えば、魔導書。
使い回されたグラフィックではなく、一冊一冊、並ぶ題名も表紙も違う。
時折通る使い魔ショップらしきところからは、しきりに鳴き声が聞こえてくるけれど──一匹一匹が代わる代わる見せる挙動は異なったもの。
極めつけには、街を彩る”魔法”だ。
花は舞い、風が躍らせる。放たれた火がうっかりと建物に当たってしまっては、どこからか飛んできた水魔法が打ち消すけれど、痕跡は残っていく。その跡を埋めていく土魔法。
プレイヤーが操る”魔法”が、次々とマップを歪めていく──そんな息吹。
「良いでしょう? この世界では”魔法”が生きていますの」
そんな風にプレイヤーが集まる噴水広場。そこから一歩引いたベンチに腰掛けると、そうして少女は話しかけてきた。
「……確かに、素敵です。……って、あの……さっきはありがとうございました。危ないところを助けてもらっちゃって」
「構いません。装備から見るに貴女、初心者でしょう? そんな相手にナンパするような輩の方がどうかしているのですから。確かに──見目麗しいことには違いありませんが」
レイスのアバターを指しているのだろう。
にこりと少女は微笑んで見せる。
「……申し遅れましたわね。わたくしは──"レノア”。あなたと同じ、配信者ですわ」
スカートの裾をふわりと持ち上げ、ゆったりとした所作でレノアは礼をする。
整ったそれは口調と相まって、まるで──。
「……お嬢様……?」
「……ええ。そういう背景を持った一人の人間として。この世界では生きております。そして、あなたも。配信をしている身ならば何かしらの個性を持っている、というものでしょう? わたくしに教えてくださる?」
VR世界で外部ネットワークとの接続が確認されている場合には、それに応じたアイコンが表示される。例えば配信をしているのならば、HPバーの隣にカメラアイコンが表示されたり──それで、恐らくレノアにはレイスが配信者であることがわかったのだろう。
そして、レイスがこの世界ではどうあるべきか、ということ。
あなたの個性は? と──いわば配信者のためのチュートリアルを、レノアは施してくれているらしかった。
「わた──ボクは……レイス。天真爛漫元気っ娘、ですっ……!」
「あら。それならば、もっと堂々としていただかねばなりませんわね。──ふむ」
自分で天真爛漫と言いきってしまうのにはどうにも抵抗があったけれど、キャラ付けに合わせた言動がまだできないのだから仕方がない──と、そう割り切りつつも自己紹介をした時だった。
『ちょっと! あんた、レノアさんとお近づきになってるじゃない!』
唐突に外部から瑠華が割り込んできた。
「……どうしたの? ルカねえ」
『その人、グリモアでは有名な配信者なのよ。今も同接は5000人──あんたの姿だってバッチリ映ってるんだから、もっとシャッキリして!』
「ふぇっ!? 配信中!?」
目の前のレノアを見て思う。
彼女は自然体で、多くの人に見られているのだという緊張感をちっとも感じさせない。
そして、瑠華が言うには──この世界に不慣れで、かつ、初配信ということもあってキャラがブレブレなレイスが大勢の前に晒されてしまっている、ということらしい。
思わず悲鳴が漏れてしまうのも無理はなかった。
「……失礼。伝え忘れてしまっていましたわ。わたくし、今は配信──皆様との『レノア・ティータイム』中ですの。よろしければ、あなたもコラボ──相席してくれますこと?」
『──この機を逃すわけには行かないわよ! 頷いて!』
瑠華に言われるがままこくりと頷くレイス。
その姿を見て満足げに息を漏らすと、レノアは腰に提げられていた一冊の本を手に取った。
「よろしくてよ。それでは、先ほどみたいな厄介な相手に遭遇した時の対処法──この世界の戦いにおいて、根幹を為す『グリモア・システム』についてお教えいたしますわ」
「は、はい……! よろしくお願いしますっ」
いわゆるチュートリアル。
プレイヤーから直接ゲームシステムについて指南してもらえるとわかりやすいことはよっぽど多い。
「緊張することはありませんわ。ゆったり、優雅に。楽しみましょう──この世界を」
慌てた様子のレイスに対するアドバイスなのか、柔らかな口調でそう口にして。
そうして、レノアは手を差し出した。
「ようこそ──『グリモワール・エタニティ』へ」
【永住できるゲーム求む】最強ボクっ娘配信者のVR旅々 恒南茜(流星の民) @ryusei9341
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