第25話 絢瀬慎也という男 伍



 そして、最後に……「家族」。


「慎也君。やはりここに残っても……」


 玄蔵が寂しそうな顔で一言。


 今回の一件で絢瀬は「噂崎組」の人達や玄蔵と仲良くなった。その中でも玄蔵とは「孫」と「祖父」のような関係に。

 蓮二の話では「初対面であの爺っちゃを前にして堂々と自分の意見を突き通したのがポイントが高かったんやろ」とのこと。

 

 性格が始めより明らかに軟化した玄蔵は絢瀬を自分の孫同然に可愛がっており一緒に住みたいと思っていた。しかし、本人は玄蔵の申し出を聞いても首を横に振る。


「ううん。僕の「本物」の家族が待っている。なら、僕はそっちに行きたい。ちょくちょくのところには顔出すからさ」

「むぅ、分かった。このあとは……」

「うん。けじめをつけてくる」

「……そうか。あと腐れないようにな」

「うん。行ってきます」


 玄蔵や他の面々に見送られながら、全てを終わらせるため「家族」のもとに顔を出す。


 ・

 ・

 ・


 雲一つない青晴と晴れた空。

 見慣れた住宅街。

 住み慣れた家。


「……」


 それらを見て少し感傷に浸るも、意を決してインターホンを鳴らす。


 必ず、泣かないと意思を固めながら。


「……慎也。入りなさい」


 インターホンを押すとすぐに扉が開き、中から顔をだしたのはだった。

 リビングに通されるとそこには既にと白昼がいた。そして――ニコニコと優しそうな笑みを作る「小宮夫妻」。


 聡太は由奈と並ぶようにソファーに座り、その対面に絢瀬が座る。


 挨拶もそこそこに本題へ。


「慎也、まずは君のことを信じきれなくてすまなかった。私は父親としても人としても最低だ。本当に、すまなかった」

「私も貴方のことを最後まで信じてあげられなかった。母親として失格よ……ごめんなさい」


 聡太と由奈は頭を下げ、謝罪をした。


「二人の謝罪受け入れます。ただ以前からお話をしていた通り……」

「分かっている。慎也の「本当」の両親と俺達が君の「家族」となった経緯を話そう」


 絢瀬――慎也に促されるように聡太の口から真実は語られる。



 元々、聡太と由奈。慎也の本当の両親である秋久と香苗は幼馴染同士だった。

 そんな四人は大人になっても仲が良く、お互い近い家を買って住もうという話に。

 ただ、秋久達とは違い、聡太達はあまり貯蓄がなく貯金も上手くなくアパート暮らし。

 そんな聡太達を見兼ねて秋久達は「一緒に住まないか?」と提案するも迷惑をかけたくないと首を振る。


 それでも四人は喧嘩はあれど仲良く過ごし、時間が経ち。由奈と香苗が同時期に出産。絢瀬家には女の子の「白昼」が、小宮家には男の子の「慎也」が産まれる。


 お互い喜び合いその日はパーティーに。


 二家族は子供が生まれたことで更に仲良くなり、お互いの子供が大人になったら「婚約」させようなどと言う話も出るほどに。


 そんな楽しくも忙しい日々が続き三年ほどが経った頃。


 お互いにいつものように会って遊んでいた白昼と慎也は「本物」の兄妹のように仲がいい。

 二人が怪我をしないように側で香苗が楽しそうに面倒を見ている。


『なぁ、聡太、由奈。俺と香苗から提案……というか相談があるんだけど、いいか?』


 そんな三人を愛おしく見ながら向かいのソファーに腰を下ろす聡太と由奈に告げる。


『かまわないが……二人の「婚約」か?』

『それはいいわね。二人は仲良しだし、早い方がいいわ!』


 二人はそう盛り上がる。


『はは、それもいいが今回は別の話だ。慎也と白昼ちゃんの問題でもあるが、俺達の――についてでもある』


 苦笑から一変、真剣な表情で語る。


『『……』』


 二人も雰囲気を察したようで目で先を促す。


『初めに、これは"もしも"の話だという前提で聞いてほしい』


 そう前置きを置いて語る。


『俺達は人間だ。その周りには楽しいことや幸せなことが溢れている。だが、その中には必ず危険も伴う。それは俺達の「死」。事故死だったり病死だったり、色々と』

『……それで?』

『聡太達はまだアパート住みだろ? それを悪く言うつもりはさらさらないが、もし、俺達の身に何かあった場合――この「家」と「慎也」を頼みたい』

『それは……』

『そんな、まだ……』


 悲しそうな表情を浮かべた二人に秋久は朗らかに笑いかける。


『言っただろ。"もしも"の話だと。俺だって死ぬつもりはない。でも、人生どう転ぶか分からない。それは聡太達もそうだ。もし万が一、億が一……お前達の身に何かあれば俺達が白昼ちゃんの面倒を見る』


 真剣な表情で堂々と語る。


『ま、所詮現実味のない絵空事の話だけだな。辛気臭い話はやめにして、慎也と白昼ちゃんの今後について話そうか?』

『……ふっ。望むところだ』

『二人のバージンロードが見えるわ』


 二人も秋久の笑みを見てつられて笑う。

 慎也と白昼、子供達の面倒を見ていた香苗も話を聞いてニコニコとしている。


 幸せな日々、いつまでもそんな日々が続いてほしいと願った。それは呆気なくこちらの予想を裏切るように訪れ、崩れ去る。



 あれから二年経ち。


 

 慎也と白昼もすくすくと育ち、五歳に。幸せ絶好調のとある日。


 小宮邸にて。


『――じゃ、悪いが慎也のこと頼む』

『ごめんね二人共、お願いね』


 秋久と香苗の二人は外行きの私服に着替え、大きなバックを持ち、玄関口にいる聡太と由奈に伝える。慎也と白昼は後ろで楽しそうにはしゃいでいた。


『任せろ。慎也君のことは気にせず、二人は新婚旅行楽しんできてくれ』

『そうよ。秋久もそうだけど、香苗。貴女この機会に仕事、家事の疲れを癒すといいわ』


 聡太と由奈の二人はサムズアップ。


『はは、これは心強い。任せた』

『うん。聡太君もありがと。由奈ちゃんも適度に休んでね。お土産買ってくるから〜』


 四人は昔から変わらない普段通りのそんな語り合いをして別れる。

 それが「今生」の別れになるとは誰も思ってもいなかった。



[『――は? 貴方は何を言っているのですか? そんな話嘘、ですよね?』]


 秋久と香苗が新婚旅行に旅立ってから三日目。今日が二人の帰宅日となっていた。

 そんな時、一通の電話が入る。


『聡太?』


 電話に出た聡太は顔面蒼白で声も受話器を持つ手も震えている。

 そんな夫を近くで見ていた由奈は心配そうに、そしてなぜかさっきから押し寄せる嫌な予感が拭えないでいた。


 それから、三日後。


 秋久と香苗の……身内だけの「」も無事に終わり、四人は小宮邸に帰宅した。


『ねぇねぇ、父さんと母さんは?』

『? 慎君のママとパパはぁ?』


 心身共に疲れ果てた聡太と由奈に何も知らない二人の子供は無邪気に質問。


『そ、それは……』

『あ、あのね。その……』


 その質問に二人は答えられない。答えたくない。それはそうだ……秋久と香苗は、


 五歳という幼い年齢の慎也達にはその事実はあまりにも酷で惨すぎる、悲しすぎる。残酷すぎる。伝えられるわけがない。


 あの日、絢瀬家にかかってきた電話は秋久と香苗が乗っていた乗用車が居眠り運転のトラックに後ろから衝突されたというもの。

 その話に聞く耳を持たなかった聡太は間違い電話と思い込み、忘れることに。だが、その夕方のニュースで「事実」だと知る。


【〇〇高速道路で居眠り運転をしていたトラックと乗用車が衝突。トラックの運転手に意識はなく、只今確認を――乗用車に乗っていたが確認できました】


 そんな、電子音にしか聞こえないニュースキャスターの声だけが聞こえる。


【亡くなった方は、小宮秋久さん(29歳)。小宮香苗さん(29歳)の夫婦――】


 そこまで聞き、もう、限界だった。


『――ッ』


 ふざ、ふざけるな。何が意識不明だ。お前が死ねよ。お前が死んで……二人を返せよ……返してくれよ、頼む、からさ……。


 やるせない気持ちと後悔の念に駆られ、歯を食いしばりその場で膝を折ってしまう。


『ひっく。ひっく。あ、あぁ、あぁぁぁ』


 それは当然由奈も同じ思いで、耐えられなくソファーに顔を押し付け泣いていた。


『なんで泣いてるの? どこか痛い?』

『大丈夫?』


 そんな子供達二人の声が室内に響く。


【もし、俺達の身に何かあった場合――この「家」と「慎也」を頼みたい】


 そして、そんなあの日交わした声も。


 妻の由奈。子供達の白昼と慎也。そしてあの日、秋久と交わした約束を聡太は思い出す。そして決意した。


『……秋久、香苗。約束、守るよ』


 【自分がこの「家族」を守ろう】と。


 その後は、なんとか泣き止んだ由奈と試行錯誤をして慎也と白昼から秋久と香苗の記憶を薄れさせ、自分達が二人の「両親」という偽りの事実を植え付けた。


 幸いなことに慎也達二人はお互い幼いということと、お互いの家を行き来していたから――二人が「兄妹」であり「双子」だということは疑わず、成長した。


 そして、今に至る。



「――これが嘘偽りない真実だ。今更、何を言っても言い訳になるのは分かっている。でも、これだけは言わせてくれ」


 聡太は全て話し合えると、慎也と白昼に向き直る。


「君達二人を我が子のように愛している。そして、慎也。君の両親は君のことを本当に心の底から愛していた。それは本当だ」


 聡太は二人にどこか憑き物が落ちた顔で告げた。


「……一つ、質問。私と……に真実を伝えなかったのって……」

「二人がまだ幼いから……と、言ってもこれも言い訳に過ぎないよな。でも本当なんだ」

「そうね。二人で話し合って決めたの。二人がもう少し大人に……高校を卒業を機に伝えようって……私達の判断、甘かったみたい」


 恐る恐る質問をする白昼に対して、聡太と由奈が悲しそうに答える。


「……そう。でもさ、ねえ。これで終わりじゃないよね? また、皆一緒に暮らせるよね? ほら、皆でごめんねしてさ、元通りだよね?――ねぇ、慎兄!!」


 その初めて見せる白昼の大声に名指しされた慎也に視線が集まる。


「(ふるふる)」


 残酷だった。

 言葉は不要だった。

 無表情で首を横に張る。


「そん、な……」


 その事実を受け入れられず白昼はその場に崩れ落ち、放心状態に。

 もしかしたら今までに自分が慎也に行ってきた負い目もあり、それが限界に達してしまったのかもしれない。


『『……白昼』』


 慎也の対応に心を痛め、娘の状態を気遣うも、かけられる言葉が見つからず。


「……始めから」

『『『!』』』


 そんな時、ようやく慎也が口を開く。その声を聞いた皆はすかさず慎也の顔を見る。

 その顔はさっきまでと違い、泣きそうであり、決意を表面したような男の顔だ。


「始めから、皆を恨んでなんかいないんだ。ただ、寂しかった」

『『『――ッ』』』


 その言葉に三人は声を上げそうになり、押し黙る。


「今後、今までみたいに皆と過ごせないのは、本当に寂しいけど、進まなくちゃ駄目なんだ。前に。僕も、達も」

『『『……ぁ』』』


 成長した慎也に喜びたいという一心はあった。でも、その他人行儀のような言葉に心が押しつぶされる。

 

「でも、やっぱ、辛いね」


 苦笑の中にある悲しみ。


『『『……』』』


 三人もその表情を見て、震える。


 慎也は三人の姿を見て一瞬、動きを止めるも行動に移す。まず、聡太と由奈の前に。


「――。今まで育ててくれてありがとう」

『……ッ』


 その言葉に二人は肩が反応し震えるもの、顔を見れない。


「我が子のように愛し、育ててくれてありがとう。僕は貴方達のお陰でここまで成長できました。そのことに感謝こそあれど、不幸だと思ったことなどない。僕は、貴方達の子供、「絢瀬慎也」は幸せ者だよ」

「! 慎也」

「慎也……」


 二人の泣き顔を見て、笑いかけた。


「今までの暮らしは、生活はなくなる。けど、事実は、僕達が「家族」だという事実は変わらない。確かな「絆」で結ばれている。それがたとえ色褪せても、記憶はここにある」


 自身の胸に手を置き、微笑む。


「ねぇ、父さん、母さん。僕はもう大丈夫。だから、泣かないで」

『慎也!』


 二人は泣き顔を隠すことなく目の前にいる小柄の愛する少年を強く、我が子のように強くその手を離さないように抱きしめる。


 三人はそれが最後の「親子」の時間だと思い三人一緒に寄り添った。



「――白昼」

「やだ!」


 二人と一通り話し終えた慎也は今もソファーに抜け殻のように座る妹、白昼に話しかけた。

 すぐに否定の言葉が降り注ぐも、この機会を逃すことなく諦めない。


「白昼……」

「いやだ、いやだ! 慎兄と別れるのなんて、過ごせないのなんていやだよ……ねぇ、お兄ちゃん。私、素直になるから、良い子にするから……置いてかないでよ……」


 泣き腫らした顔をあげ、こちらの手を取って縋りついてくる。その顔を見て決心は少し揺らぐ。でも、決めたこと。これは確定だ。


「白昼。違うよ。僕は君を置いていくわけじゃない。ただ、前に進む時が来たんだ。だから、少しの間、離れ離れになるだけ」

「そんなの嘘!」

「嘘なもんか、僕は今まで君に嘘をついたことはあるか?」

「沢山ある」

「……そ、そうだね」


 自分の言葉のチョイスに失敗し、狼狽えてしまう。それでも意を決して伝える。


「別れると言っても住む家が変わるだけだ。それほど遠いわけじゃないから会おうと思えばいつでも会える。僕も君達が許す限り顔を出すし、白昼だってこっちに来ても良い」

「それでも。前みたいに一緒に住めば、全部元通りじゃん。ねぇ、慎兄?」


 その上目遣いは効く。でも。


「駄目。白昼も大人になりなさい」

「……ケチ」

「あぁ、僕はケチだ。知ってるだろ?」

「……慎兄なんて嫌い!」

「僕は好きだよ。白昼のこと」

「――ッ! 嫌い、嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い――嘘、好き。大好き」

「知ってる」


 泣きじゃくる妹の頭を撫でながら昔やってあげたようにあやしつける。本来なら抱きしめてあげたいけど残念。身長が足りない。


「……馬鹿」


 それっきり白昼は小さくすすり泣く。


 その様子を聡太と由奈は黙って見ている。


「白昼が妹で本当に幸せだった」

「……」

「頭が良くて、スポーツができて、なんでもできて可愛い白昼みたいな妹がいて良かった」


 そう話すとこちらの衣服を掴む白昼の手が強まるのを感じた。


「私も、同じ。優しくて、頼りになって、いつも皆を引っ張って、友達が多くて、そんな誰にでも愛される慎兄が羨ましくて憧れだった」

「ありがとう。白昼は、僕の自慢の妹だ」

「私も、慎兄が自慢のお兄ちゃんだよ」


 白昼は泣き顔だけど、それにも負けない花の咲いたような満面の微笑みを見せてくれる。その顔を見て、もう大丈夫だと判断した。


 そして「家族」との別れを終えた慎也は、「本物」の家族と――

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