第16話 お世話されますた



「慎也君、召し上がれ」


 目の前にはサラダを始めとしたおかずやスープが並ぶ、どれも美味しそうだ。

 黒色のエプロンに身を包んだ美春さんが食卓で待つ自分の元に最後の料理がのったお皿を持ってやってくる。近づくにつれて漂う香ばしい食欲を誘う匂い。湯気が立つ料理。


「わぁ!」


 作ってくれた料理――オムライスを見て唾を飲み、子供のように感嘆の声を上げる。


 「手作り」。その事実で既に感無量。加えて見た目もどこぞのレストランと大差ない逸品。料理はもちろんだけど、忘れてはいけないのが美春さんの格好……「エプロン姿」そこには男子高校生の「夢」が詰まっている。

 まあ、それもいいけど以前、大宮のリクエストに答えて作った"簡単な夜ご飯"でも美味しそうな匂いがし、こちらの食欲を誘った。それを自分が実食できると思うと……。


「……慎也君……コホン。、ケチャップはお使いになりますか?」

「え、あ、はい。じゃあ、貰いま――」

「はい。では、僭越ながら私がご主人様に宛てた言葉を贈ります」


 豪華でかつ魅力的な夕飯の数々に魅了され「ご主人様」という言葉に反応が追いつかない。理性では早く目の前のオムライス夕ご飯を食べたいという気持ちから美春が手に持つケチャップを反射的に受け取ろうとしたが……笑顔でやんわりと避けられる。


 オムライスには美春の手である模様が描かれる。そこにはハートのマークが。


「ハート……」


 その意味にどう反応をしていいか分からず困惑してしまう。


「ふふ、気にしないで。ささぁ、冷めないうちにどうぞ」

「は、はい」


 美春さんがそう言うならと思い緊張しながらもできるだけそのハートマークを崩さないように注意を払い一口。


「……美味い」


 気づいたら声を溢し夢中に食べ進む。その姿を向かいに座る美春が楽しそうに眺める。


 バター香る半熟の卵生地に負けないチキンライス……後からくる酸味の効いたケチャップがアクセントとなりまた美味だ……。


 ・

 ・ 

 ・


「ご、ご馳走様でした。どれも、あの、美味しかったです」

「お粗末様です」


 見られていることも忘れ無我夢中で食事をとっていたことを今になって恥ずかしく思い、向かいで食事をとっていた美春さんにお礼の言葉を送るだけで精一杯だった。


「あ、あの、片付けは僕が。美春さんに晩ご飯を作って頂いた手前、流石にそこまでは……」


 恥ずかしさを紛れさせるためにも立ち上がり、自分から意見を申し入れ行動に移す。


「なら、お言葉に甘えてお願いしようかしら。私は食後のお茶でも淹れるわ」

「お願いします」


 美春さんはいつ頃帰るのだろう?と内心密かに思いながら二人分の食器を下げ、食洗機に入れる。食洗機で洗えないオムライス用に使った木皿は手洗いで洗う。



 小宮が作業を済ませた時、おぼんにのったマグカップを持ってこちらにやってくる。


「あ、僕が――」

「大丈夫よ。はい、慎也君はコーヒーね」

「あ、これはご丁寧にどうも……」


 立ち上がりコップを受け取ろうとしたが、目で止められる。仕方なく席に座り直すと目前に猫のロゴが付いたお気にのマグカップが置かれ、その中に入っている黒い液体――無糖コーヒーが目に入る。


 匂いで察しはついていたけど。


「本当はお砂糖とミルクも入れようかと思ったんだけど……叔母様からこの頃慎也君が無糖のコーヒーに挑戦していると聞いて」

「あぁ、大丈夫です。僕はですからね! やはり、コーヒーは無糖じゃないと」


 なんてカッコつけてみたはいいものの未だに無糖のコーヒーなど飲めない。あれは若気の至りと言いますか……実際苦くてたまったものではない。「大人」の世界を堪能したくその場のノリで飲んだだけにすぎない。無糖推しには悪いけど泥水だよ。泥水。


 そんなことを口に出すことなどできないと分かっている身。余裕の微笑を作る。


「テスト期間なんだよね。夜、テスト勉強をするなら眠気覚ましにもいいかなと思って」

「そのお心遣い、ありがとうございます。これでテスト勉強も集中できます」


 美春の手元にあるミルクティーを見て「それと交換してください」と言いたいと思う一方、思ってもいないことが次々と口から出まかせのように出てしまう。


 美春さんの前だからって見栄を張るんじゃない。見栄を。


「……苦っ、熱い……」


 勇気を出して「これは甘いミルクコーヒー」と念じて一口。本音が出るも淹れ立てで熱く苦いコーヒーに苦戦を強いられる。


「ふふふ。お砂糖とミルク入れる?」

「っ。だ、大丈夫でしゅ!」


 苦戦する姿を見て美春はくすくすとおかしそうに笑う。その姿を見てついまた見栄を張ってしまう。「大人」と思われたい男の性。


「慎也君は、テスト勉強はどう?」

「……ぼちぼち、です。優秀な家庭教師に土日で教わったので、まぁそれなりは」


 ちびちびとコーヒーを飲んでいるとそんな質問をされたので適当に返す。


「そっか。慎也君は勉強が苦手だって美咲から聞いてたから。少し安心したわ」

「……あいつ、余計なことを。あ、もしかして美春さんが勉強を?」

「うーん。私も時間があれば教えたいけど……遅くなって美咲に不審がられたら慎也君に悪いからね」


 苦笑いでそう言葉を濁す。


「僕もそこまで美春さんにご迷惑かけられません。晩ご飯を用意して頂いただけでとても助かっていますので」

「ううん。別に迷惑と思っていないわ。本当はこの後マンツーマンの勉強会と二人一緒のお風呂、お休みまで一緒にいたいとは思ったけど……今回は諦めるわぁ」

「……」


 凄い魅力的な言葉が次々と聞こえたけど……そんなことをしたら「彼女(仮)」を受けてもらった文さんに悪いし……美春さんの思いには……あ、そうだ。


「……美春さん、突然ですが大事なお話しがあります」


 できるだけ真剣に言葉を選び、伝える。


「改まってどうしたの?」

「……こんなタイミングで伝えるのも少し場違い感がありますが、告白の、答えです」

「……うん、聞かせて」


 その質問の意味を理解した美春も少し真剣な表情を作り、こちらの目を見つめる。


 大丈夫、大丈夫。クマと話した時に決めただろ。僕は美春さんの期待に応えられない……応えちゃいけない。これは美春さんのためでもあり、大宮のためでもある。


「ぼ、僕は、美春さんのお気持ちに、応えられません、ごめんなさい!」


 頭を下げて誠心誠意込めて伝えた。


「……私も、困らせるようなこと言ってごめんなさい」


 少しすると普段と同じ声量の優しい声が上から聞こえた。


 頭を上げると微笑む美春さんの顔がある。泣かせてしまうとは思ってはいなかった。けど、悲しい気持ちに少しでもさせてしまうと思っていたから……拍子抜け。


「い、いえいえ。僕もお気持ちに応えられなかったので……」

「ううん。気にしていないわ」

「……」


 自分でフッておいて、自分で答えを出した結果なのに少し胸が痛む自分がいた。


「ハッキリと応えを出してもらった方がこちらの気持ちも軽くなるもの」

「……」

「それに、別に私……諦めないわよ?」

「へ?」


 その意外な言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまう。


「だって本気で好きになったなら一度の失恋ぐらいでクヨクヨしてられないでしょ? 逆にその試練が過酷なほど燃えるってものよ」

「……」


 えぇ、そういうものなの、かな? 恋愛経験が未熟すぎて分からない。


「そ・れ・に――でもいいのよ?」

「愛――っ!!」


 その聞き慣れない言葉に面食らってしまう。


 言葉にも驚いたけど、その小悪魔の様な顔はやっぱり……大宮のお母さんなんだね。


 楽しそうにこちらを見てくる美春を見てそう思う。


「これからもいつも通りに……いえ、これ以上よりもっと攻めるから覚悟していてね?」

「あはは。お手柔らかにお願いします」


 その言葉を聞いて「本気」の気持ちが伝わってきた。


 僕にはまだ「恋愛」や「恋」というものの良し悪しが分からない。応えられない。けど、この向けられた嘘偽りのない「好意」は分かる。今目の前で恋をしていて、自分を好きだと言ってくれる女性を無碍にできるほど愚かではない。それに、きっと美春さんにも何か葛藤があったんだ。だって――


「あちゃあ、もうこんな時間か。慎也君、美咲に怒られちゃうから今日は帰るね」

「あ、はい」

「勉強、ふぁいと!」


 美春さんはそう言うと急足で家を後にし、残された僕一人。


「……強いなぁ」


 だって、美春さんは。目が潤んでいた。きっと気丈に振る舞っていたんだ。僕に負い目を感じさせないために。


 別れ際に。


『――あ、明日も慎也君のお世話任せてね』


 という言葉を最後に残したのが印象的だ。

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