第1131話 頑張った理由
週末の日曜日にバザーを控えた週明け。
平日の間の服づくりは部活の時間のみとなっている。
今週は、バザーに向けての服づくりが至上命題となっている――のだが、実はもうひとつ、大事なことがある。
それは、中間テストの答案が各教科ごとに返ってくる、ということ。
期末テストとは違い、中間テストでは順位が貼り出されることはない。
上位一桁台だと、まわりに自慢したくなる奴もいるだろうが、生憎と俺は自分の合計点数を言いふらすつもりはない。
中間テストの結果も大事だが、これを踏まえての期末テストこそ、本番だ。
月曜日と火曜日の授業で、5教科分のテストが返ってきた。
その結果に、心の中で満足げに笑む。
表向きには、先生に名前を呼ばれ、テストを受け取り、自分の席に戻ってじっと見つめ、そのまま何事もなかったかのようにしまう。
喜ぶわけでも嘆くわけでもない。
だからといって、ニヒルな態度をとっているわけでもない。
と言うよりもぶっちゃけ、俺なんかよりも気になるのは冬華の点数だ。
「どうだった?」
じっとテスト用紙を見つめている冬華に、小声で問いかける。
冬華がこっちを向き、またテスト用紙へと視線を戻し、それからこっちへと点数を見せてきた。
「おお~」
思わず感嘆の声が漏れる。
なんと、ついに冬華は、俺の手を借りずとも、見事に40点以上を獲得したのであった。
しかも、40点どころか50点台だ。
「やったな」
「ええ」
素直な俺の評価に、冬華もまた、素直に応じる。
「どうだ? 自分だけの力で赤点を免れた感想は」
「……」
冬華が考えるように顔を上げ、そのままぽつりと呟いた。
「あやめのおかげ」
「ん?」
どうして俺の名前が出るのかと思ったが、
「今までずっと、勉強の仕方を教えてくれた。私はそれを、実践しただけ。だから、私がこの点数を取れたのは、あやめのおかげ」
「お、おう……」
そこまで直球で言われると、胸にくるものがある。
「だけど、少し申し訳ない気持ちもある」
そう言って、再び自分の答案用紙を見つめる冬華。
「あれだけ勉強の仕方を色々と教えてくれたのに、活かしきれなかった。こんな点数で、ごめんなさい」
「いや、いやいや! 充分だって!」
あまりに殊勝な冬華に、思わず俺もテンパってしまった。
なんで今日の冬華はこんなにも素直なのか。
「でも――」
「でもじゃなくて! 本当に、お前はすげぇよ。大事なのは、この経験を活かして期末テストに挑むことだ。本命はそっちだからな」
「そう、ね」
「分からないことがあったら、俺に訊け。問題の解き方でもいいし、さっき言ってた、勉強の仕方でもいい。俺が今まで積み上げてきたもん、全部お前に叩き込んでやるからよ」
「でも……それは、あやめが自分のために今まで必死に積み上げてきたものでしょ? それを、私なんかに――」
「お前だからだよ」
「え?」
「あ、いや、別に、隠すほどのもんでもねぇし。実際に活かすも活かさないも本人次第だからな。なんなら、なつめに教えたっていい」
取り繕う俺に、疑う様子もない冬華。
ホッと内心で息を吐きつつ、冬華の成長を目の当たりにする。
勉強面でも、そして部活の面でも、冬華はやる気さえ出せば、できる奴なのだ。
「だから、次も頑張れよ」
「ええ」
強く、自らの意思でそうするように、冬華が頷くのであった。
※
全教科のテストが戻ってきたその日の放課後の家庭科室で。
「せーの!」
部長の提案の下、俺たちはテスト用紙をテーブルに並べ合っていた。
「あやめっちの点数は、もう当たり前すぎて驚きすらなくなっちゃったね」
「私も今でもすごいと思うよ……うん」
まずは俺のテストの結果だが、中間テストは範囲も狭く、先生たちもまた、変に問題を捻ったりすることなく、純粋に教科書や授業中に板書した内容から出題しているため、正直、楽だ。
1年生のときの経験を踏まえ、出題傾向もほぼ掴めてきたし、そもそも染井高校のレベル自体がそこまで高くないという点も踏まえ、
「全部……100点……」
冬華の呟きが、すべてだった。
「100点ってことはさ、間違いがひとつもないってことだよね」
「ああ」
「人間、誰だって間違いを犯すこともあると、あたしは思うんだぁ」
「そうか」
「だから、あやめっちのこの結果も、粗探しをすれば、絶対に間違いが見つかるはずなんだよ」
「じゃあ、好きなだけ見ていいぞ」
テスト用紙をまとめてなつめに渡す。
なつめは、むむ、と目を光らせながら、俺が書いた文字ひとつひとつを観察していった。
難癖付けて、「a」が「d」に見えるとか言い出しそうだ。
「こ、このカタカナの『シ』、『ツ』に見えない?」
「……」
やっぱりなつめはなつめだった。
とりあえず、なつめは放っておいて、小春の結果を見やる。
「小春も、順調に平均点をあげてきたな」
「う、うん」
「これなら、上位10位の常連に仲間入り間違いなしだな」
「そ、そうかな?」
「ああ。俺が保証する」
「あやめの保証なら、うん、期末テストも頑張れそう」
小春は順調で何よりだ。
「冬華さんも、今回はひとりで勉強したんだよね?」
「ええ。その結果がこれよ」
本人的には、もう少しいけると思っていたのか、声音が少しばかり不満そうだ。
平均して50点台は、もっと喜ぶべきだと思う。
「自力で赤点を回避したんだ。先生も喜んでたぞ」
そして、なぜか俺に感謝の言葉を送ってきた。
別に、冬華が自分で頑張っただけなのだから、俺じゃなく冬華を褒めるべきだと思うのだが……。
「で、最後に我らが部長の結果はどうだったんだ?」
「こ、このあやめっちの名前の『め』が『ぬ』に――」
「見えねぇよ」
名前の書き間違えでテスト自体無効にする気か。
例え間違っていたとしても、先生もそれで0点にはすまい。
書き忘れじゃあるまいし。
「もういいだろ」
「うぇ~~~ん」
テスト用紙を奪い取ると、なつめはテーブルに突っ伏し、泣き出した。
「泣くフリしてテストを隠すな」
全員で一斉にテストの結果をテーブルに広げて見せたから、もう点数は分かってるんだけどな。
「小春、くすぐりの刑」
「え? あ、う、うん」
泣き真似を続けるなつめの隣で、俺の指示で小春が動く。
突っ伏している状態であるため、無防備にさらす脇に、小春の手が添えられると、
「ごめん、なつめちゃん!」
「わひゃ! う、うひゃ! こ、こはるん、それ、やめ! ちょ、本当に! むり! むりだから!」
身をよじらせるも、体格差でねじ伏せられるかのように、なすがままとなるなつめ。
小春も小春で、口では謝りながらも、どこか楽しんでいるように見える。
その隙になつめのテスト用紙を引き抜くと、そこで小春の手の動きも止まり、
「はぁ、はぁ、はぁ……」
今度のなつめはガチでテーブルに突っ伏すのであった。
「どれどれ~」
なつめの中間テストの結果をあらためる。
「ひどいわね」
冬華の感想が、すべてだった。
「ふゆりん……うう、ふゆりんは私とズッ友だと思ってたのに……」
「ずっとも、って何?」
冬華が俺を見やる。
「知らなくていい。少なくとも、使いどころを間違えていることは確かだからな」
「そう」
赤点仲間のズッ友とか、イヤ過ぎだろ。
「それにしても、なつめのこの勉強嫌いはどうにかならないのか?」
「ならない!」
「小春。なつめの夏休みは補習でみっちり勉強漬けにしてやろう」
「冗談! じゃないけど、それだけは勘弁して~!」
冗談を否定するということは、なつめは筋金入りの勉強嫌いのようだ。
「うう~。なんで高校生になってまで勉強しないといけないんだろう……」
「学生だからだ。勉強が本分だろうが。お前は一体何しに学校に来てるつもりなんだよ」
「それは――」
「部活とか言ったらしばくぞ」
「部活のため!」
「このっ!」
「わー! 暴力反対!」
「うるせ!」
「どうせしばくなら、お茶にしようよ」
「茶をしばくってか? 茶でしばいてやるよ!」
「どうやって!?」
「……」
「あはは……」
四人で囲っていたテーブルをぐるぐると何周もしながら不毛な追いかけっこをする俺となつめ。
呆れ顔の冬華と、苦笑する小春を何度も何度も見やる。
「それにしても、ふゆりんはなんで急にやる気を出すようになったの?」
俺が座っていた席に座ったなつめが、隣の冬華に問う。
そんななつめに、俺は後ろからヘッドロックをしかける。
本気で絞めるわけではなく、じゃれ合いのつもりだったが、なつめの問いが気になり、なつめと二人して冬華を見やることになった。
「やりたいことがあって……そのためには、赤点は許されないと思ったから」
やりたいこと――と、冬華が俺だけではなく、なつめと小春の前でも口にした。
「やりたいこと? それって?」
なつめは純粋で、その問いが自分にどれだけダメージとなって返ってくるのか、きっと想像もしてないんだろうな。
「……」
冬華が視線を上げ、俺を見やる。
俺が決めることじゃない。
言うべきタイミングも、冬華自身が決めるべきだ。
そのタイミング次第では、もしかしたら今週の部活のモチベーションにも多大なる影響を与えるかもしれない。
だとしたら、冬華の個人的な決断だとしても、助け舟くらいは出すべきだろう。
俺はなつめの頭の上で、小さく頷いて見せた。
それを確認した冬華が、居住まいを正す。
俺も、なつめから腕を離し、そのまま後ろで立っていた。
「若宮さん、小日向さん、それに、あやめ」
順に名前を呼び、そして視線を交わし合う。
「みんなに、言わなければならないことがあるの」
冬華の表情も声音も真剣で、さすがのなつめも茶化すことなく、耳を傾けていた。
小春は、どこか不安そうな表情をしている。
俺も、想像はしていたし、それが十中八九間違いないことは分かっていた。
それでも、今からこうして、本人の口からちゃんと訊くとなると、やはり平常心ではいられない。
「今週かぎりで――」
切り出した冬華が、今まで見たことがない表情を見せる。
言葉にすることすら憚られる――そう思うくらいの、悲痛に満ちた表情。
だけど、言わなければならない。
「私は――」
その次の言葉を口に出すのに、どれだけの勇気がいることか。
理由が、内容が合わなかったとか、人間関係だとか、そういうのであれば、むしろ進んで言えただろう。
だけど、そうじゃないからこそ、冬華は辛いのだ。
冬華自身が傷つくことではなく、冬華が言う言葉によって、なつめや小春を傷つけてしまうことが。
それでも、冬華は必ず、告げる。
俺にできるのは、見守ることだけ。
そして、意を決したように、冬華が最後のひと言を放つ。
「被服部を――辞めます」
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