空中移動
向こうはやはり斧か。あんなでかいのどうやって振り回せるんだ?賊に化けた下っ端戦闘員との戦いは木の上から見たが、まるで中身はスカスカなのかと思わせるぐらい軽そうにしていたよな。魔法は使えないって言ってたし、やはり筋力上昇系のスキルか。やられた相手の様子からして重量を軽減しているわけでもなさそうだし。
一方、俺のほうは長剣を選んだ。ナイフのほうが楽に扱えるとはいえ、リーチが短すぎるのは不利な気がする。剣なんか召喚されてすぐの時以来、一度も触っていないので本当は棍棒のほうがいいのだが。まあ仕方ないだろう。魔力の伝導率は木よりも金属のほうが圧倒的に高いのだから。
円の外にはリオネがいるのでマナポーションが使い放題なのだが、戦闘中にガバガバ飲んでいる暇なんてあるわけがない。つまり、いかに魔力を消耗させずに動くかが重要となる。
念入りに補強した障壁にひびが入ったことを踏まえると、とっさに張ったものはすぐに砕ける。つまり、防御に魔力を使ってもほぼ意味がない。では、素早さを上げればいいのかというとそうでもない。敏捷力やスタミナといったもともとの身体スペックが低すぎる。銀レベル相手ではもって数秒だろうか。
最初の数秒で全力を出し切る、なんてことはしない。高々木片のやつが正面戦闘でかなう相手ではない。そんなことがわからないようでは冒険者失格だ。
となると……。
「準備はいいか?」
「ああ、もちろんだ」
「そうか、ならいつでもかかってこい」
こくりと頷いて剣を握りしめた俺は助走をつけて地面を蹴り、ガレイさんの頭よりさらに50センチほど上まで跳躍。そして__
__そのまま勢いよく空を駆け、背後を取る。
「なっ⁉」
この場にいる全員が驚いているがそんなことを気にしている場合ではない。
ボール状に集めた魔力を投げつけるがあっさりと躱された。やはりこんなことで隙を作れないか。
地面に着地すると、今度は向こうから迫ってきた。接近戦は分が悪いので再び空中に戻り、指から弾丸を発射する。
俺にこんな芸当ができる理由だが、大して難しい話ではない。足の裏に小さな障壁を展開して空中に固定、重量に耐え切れずに割れる前にもう片方にも足場を形成。ただそれを繰り返しただけだ。
いくら相手のほうが敏捷力が高いとはいえ上に移動できなければ間合いを詰めることはできず、攻撃を当てることもできない。
はじめはバランスを取るのが想像以上に難しく、何度も地面に落ちる羽目になったのだが……、やはり練習した甲斐があったようだ。
とは言えこちらが有利になったわけではない。さっきから魔力弾が斧で切られ、弾き返され、受け止められている。武器を壊すつもりで威力を込めると勘でも働くのかそれだけは避けられる。HPゲージがあったらずっと満タンなままだろう。
「どうやら過小評価していたようだ。せいぜい身体強化ぐらいしかないと思っていたんだが、そんな攻撃手段も持っていたのか」
「……。」
返事をする余裕はない。魔力の残量が半分を切った。疲労感はまだないが少しでも気を抜いたら感じてしまいそうだ。
「だが、この程度じゃ勇者を倒せない。傷を負わせることすらできない。お前の救いたいという思いは所詮そんなものか?」
「⁉」
「ここにはハイポーションもあれば回復魔法の使い手もいる。傷付きたくない、傷付けたくないという思いは一度捨てろ!死ぬ気で来い!殺す気で来い!!」
……馬鹿だな、俺は。わかってるじゃないか、生き残れる可能性は限りなく低いって。それでも行くって決めたんだろ?後悔しながら長生きするより、たとえ短い生涯でもやれることを全力でやるほうがいいって思ったんだろ?
練習で本気を出せないやつがどうして本番で本気を出せる?
今怪我を恐れている奴が、どうして前線に出られる?
いい加減甘ったれんな!!覚悟を決めろ!!
ドサッと一気に落下し、地に足をつける。衝撃で思わず声を上げそうになる。だが、耐えた。痛みなど知ったことか。切られたらもっと痛い。それぐらい耐えろ。
「スゥゥゥゥゥゥ_、ハァァァァァァ_」
息を整え、剣をギュゥゥッと握りしめ、敵を真正面から睨む。
「フッ。そう、それでいい。いい目だ」
相手はまるで楽しそうに笑い、斧を構えなおした。
「来い」
「ア“ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛―!!」
俺は多分、初めて叫んだ。後にして思えば自分でもここまで大きな声が出せるのかと驚いた。
空にはいかない。ただまっすぐ突っ込んでいくだけだ。障壁は張らない。スピードも強化しない。剣と腕だけに今あるすべての魔力を込め続ける。
視界が暗転しかける。足が、腕が、頭が、全身が重く感じる。
それでも走り続ける。
お互いの武器が届く距離まで来た。
横薙ぎの斬撃が胸に届く、よりも早く巨大な斧で受け止められる。
本の一瞬、拮抗しあったお互いの力だが、さらに一瞬の間にこちらの力が弱まることで決着がついてしまいそうになる__
__よりも前に、敵の胸の右側、腹の左側でやや小規模な爆発が起きる。
「⁉」
こうなることを知っていた俺はその隙を見逃さず、武器を撥ね退け続けざまに腹部の爆発の中心点に向かって剣を突き出す。
試合開始と同時に生成した2本の針に限界ギリギリまで込めておいた高密度の魔力。これまでのものとは比べ物にない威力だ。最初は空中から頃合いを見て撃つつもりだったが、隙を作らせることはできそうもなかった。だからあらかじめ両方とも空中に残しておき、俺の渾身の一撃を受け止めたタイミングで同時に発射させた。0.1秒でも動きを止められれば当てることはたやすい。ただ、本当は2本とも同じ位置に着弾させるつもりだったので、まだまだ練習が必要なようだ。
革鎧に剣先が触れる。が、後ろに大きく退かれたため、突き破ることはなかった。
ズシリ。
これまで以上の重みに遂に立つことすら難しくなった。
耐えろ!まだ耐えろ!!
悲鳴を上げる体に鞭打ち、荒い呼吸をしながら下を向きそうになる目線を無理やり前に向けた。
だが遅かった。いつの間にか刃先が首筋に触れる寸前の位置まで届いていた。
「まだ続けるか?」
「いや、俺の負けだ」
「ならここまでだ」
武器を下ろし、ガレイさんが模擬戦の終了を宣言した。
「お、終わったぁ……」
いうが早いが、俺はばたりと仰向けに倒れた。意識が遠のきかける。
「立てるか?」
無理です、と言おうとしたが口がうまく動かない。
爆発があったにもかかわらずガレイさんに目立った外傷はない。それはこっちも同じだろうけど。
「見たところお前のほうは大丈夫そうだな。こっちは穴が二つ空いたが」
今着ている革鎧は集落から借り受けたものだ。もちろんちょっとやそっとじゃ壊れない魔法の防具。それに加え、練習用の武器にはすべて筋力低下の魔法付与が込められている。だからよっぽどのことがない限り相手に大怪我を負わせることはない。ちなみに俺だけは魔法の威力が低下する効果のある腕輪もつけている。
だから大丈夫だと頭ではわかっていたんだが……ガレイさんがああいってくれなければここまでできなかっただろうな。
「ほら。飲め」
どうにか受け取ったマナポーションをどうにか飲み干すと、幾分楽になった。
「最後の爆発。あれはよかったぞ。他にも何か切り札があるのか?」
「切り札、という段階にはまだ行っていないが……そうだな、いずれ切り札になりそうなものはいくつか研究中だ」
「なるほど。確かにフィアが言っていた通り、魔法の才能はかなりありそうだ」
「そうか。……聞くまでもないと思うが戦士としてはやっぱり凡人以下か?」
「それは何とも言えん。お前の持っている勇者の力がどの程度かわからんからな」
才能そのものはないってことか。まあ知ってるけどな。
「さて、続けるか」
「えっ?」
「宴まで時間はたっぷりとある。それまでひたすらやり続けるぞ」
一瞬もっと休憩してからという言葉がのどから出かかったが、ぐっとこらえる。やると決めたんだ。とことんやろう。
「ガレイ。次は私がやりたい」
「ふむ。では私はその次ぐらいに」
「あ、あの、俺もいいですか?」
「私もいいかな?」
「ええっ?」
フィアと族長が前に出たことを皮切りに半数以上が「私も!私も!」と言い始めた。ちょっと待て。なんでそんなに戦いたがるんだ?まさかの戦闘狂か⁉
「お前みたいにトリッキーな奴はそうそう出会えないからな。貴重な経験を逃したくないんじゃないか?」
いや俺そこまですごくないからな⁉お前らのほうがずっと強いぞ‼大した経験にならないから‼なんでみんなそんなにうれしそうなんだよ⁉
なんて思いが通じることはなく。結局希望者全員と戦う羽目になった。いや、ポジティブに考えよう。それだけこっちが経験を積めたのだと。
「俺、明日筋肉痛になったりしないよな?」
「回復魔法かけられたなら大丈夫ですよ」
「そうか。魔法って便利だな」
あの後俺は盛大にやられまくった。銅レベルとか銀レベルのスペック差を覆すことはできなかった。これでは勇者には勝てない。やはり一日頑張ったぐらいじゃこの程度か。
努力自体は無駄ではなかったけどな。魔力制御の腕がやや上がって、ロスをいくらか減らすことができるようになったし。
あと成長したことといえば……ん?
「なんか急に魔力の量が増えたような気がするんだが、気のせいか?」
「うーん、強い相手と数時間も戦えば増えやすくもなりますけど……、ここまで一気に増えるものじゃないですね。多少なりとも勇者の力が働いているんじゃないですか?」
成長速度上昇の恩恵か。じゃあ勇者召喚はそこまで失敗というわけでもなかったのか?
「できれば筋力も一緒に増えてほしかったが」
「普段激しい運動してないなら仕方ないんじゃないんですか?」
筋トレぐらいじゃ大した運動量じゃないのか。
「ワタル殿。リオネ殿。宴の準備ができましたぞ」
「わかりました。すぐに行きます」
模擬戦をした広場にはすでに多くの料理が並べられていた。でかい肉の塊とか川魚の串焼きとかどれもうまそうだな。個人的にはあのナンみたいなやつが一番気になる。
「なんかここまでされると申し訳ないですね」
「気にする必要はない。皆お前には感謝しているぞ。ほれ。あそこで早速障壁の練習をしている奴もおる」
「いきなり空を走ろうとしなければいいんですけどね、危ないので」
「そこらへんはしっかりと分かっておるだろうし、私のほうからも後で注意しておこう」
族長と話し合った結果、フィアとガレイさんに教えたものに加えてさらに数種類の魔法を彼らにも教えることと引き換えに、マジックアイテムを無償で譲ってもらう約束を取り付けることができた。もちろん口外しないという条件付きで。
スキルなしで魔法が使えることが世間に知れ渡ることの影響がどれほどのものかまだ分からない。ただ、一部のものしか使えなかったものがだれでも使えるようになる。これは俺がいた世界の歴史を鑑みれば確実に大きな変化が生まれる。それが悪い方向に転がらないという保証がない以上これ以上の情報の流出は危険だ。
「今の時点で何か希望のものはあるのかな」
「そうですね。使い捨てのほうが強力な効果を持っているのでできればそれがいいですね。例えばスクロールとか」
「スクロールか。あれは高い製作技術と貴重な素材が必要になる。さすがに全部はやれん。せいぜい1本ぐらいしか渡せんぞ」
「いえ、1本だけでも十分です」
どれもきっと役に立つとは思うが、できれば殲滅力に特化したものが欲しい。俺の魔法では致命傷を与えることができない。
どんなものがあるのかは明日じっくり見るとして、今は料理を楽しもう。
「では早速、頂きます」
「イタダキマス?なんだねそれは」
「勇者様がいた国ではこのように両手を合わせて「頂きます」と言うのが食事のマナーらしいですよ」
「なるほど、面白い習慣だな」
料理の味は見た目を裏切らない物ばかりでつい食べ過ぎるところだった。ただ、欲を言えばナンもどきがあるのにカレーがないのがとても残念だった。
この世界には無いのか知らないが、少なくともこの辺りにはなさそうだ。
俺は作り方を知らないことをひどく後悔した。スパイスをあれもこれもと混ぜ合わせる、ということだけはわかるのだが。
そうか。もう食べられないのかもしれないのか。家にあったレトルトカレーと一緒に召喚されていれば。
そんなもうどうしようもないことを考えながら、その日は族長が貸してくれた部屋の中で眠りについた。
だが、俺がぐっすりと眠れたのはわずか数時間ほどだった。
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