流氷天使

「で、なんでお前は天使になってんだ?」










 俺が目を覚ました時にはすでに夜も更け、隣町の門が見え始めていた。



 幸い、フィアとガレイさん、商人の三人は全員無傷だった。あと箱も。


 それを知って安堵したが、いつの間にか乗っていた少女の姿を見て困惑せずにはいられなかった。


 彼女はどこからどう見ても天使だった。翼だけでなく頭に輪っかまである。


 何も知らなければすぐに惚れていたかもしれない。


 だが俺にはわかる。証拠など何もないが、本能レベルで心が訴えている。


 あいつは俺と契約した悪魔だと。


 すぐに問い詰めようとしたが、脳内に「今は何も言わないでください」という声が響いた。


 声が幼女から少女らしいものに変わっていたが、それは間違いなくあいつの声だ。



 少し迷ったがその言葉に従うことにした。





 「具合はどうだ?魔力切れで気絶していたようだが」

 「あぁ、大丈夫だ。魔力は半分も回復していないが体調は……まだ疲れが抜けきっていないことを除けば特に何ともない」


 血がどれくらい抜かれたか心配だったが、日常生活に大きく支障をきたすほど失ったわけではないようだ。



 「そうか。……ありがとな、この箱を守ってくれて。お前がかなり高い位置に避難してくれたおかげで無事に済ませられた」

 「あ、あぁ……」




 待てよ?……ひょっとして、悪魔と契約する必要はなかったのでは?実際今箱はガレイさんの手元にあるし……しまったぁあああ!!無かった!契約する必要なんてなかった!!普通に木のてっぺんいただけで万事解決してるし!!


 バカかよ……。俺ってどんだけバカなんだよ……。はぁ……。俺はどうしようもねー大馬鹿だ。



 (気づいたみたいですね)

 (なぁ……、箱が今ここにあるってことは飛ばなかったってことだよな?いつ気づいたんだ?契約しなくてもあのままで大丈夫だったって)

 (木のてっぺん近くまで登った時に)

 (テンメェエエエ‼だったらすぐに言えよ!何のための契約だ!)

 (そんなことしたら契約してくれないじゃないですか)

 (だろうな!実際そうなっただろうし!……あぁ、まじか。俺はついに悪魔と契約してしまったのか……ちなみに解約ってできないか?)

 (無理ですよ。そんな一方的な理由で解約だなんて)

 (だよな……)

 (そんなに落ち込まなくていいじゃないですか。この通りちゃんとした体が手に入ったわけですし、家事や雑用、夜のご奉仕、そのほかなんだってできますよ。もちろん勇者たちの情報も私が知っている分はすべて話しますから)

 (……)

 (末永くよろしくお願いしますね。勇者様)





 町に入って依頼を無事達成し、後日ギルドから報酬がもらえることになった。だが今の俺にとってそんなことはどうでもよかった。しばらく落ち込んだ気分を引きずったまま宿屋まで向かった。


 冒険者はふつう大部屋で雑魚寝だが、銀ランクほどにもなると報酬も多いため、フィアたちは個室をよく使うそうで、今回もそのようだ。


 ガレイさんは冒険者ではないが、そこそこの量を集落から持ってきたらしく同じく個室。


 フィロソ族の集落になぜ大金があるのか聞いたところ、昔から付与魔法の使い手が多いためたまに魔道具や魔法の武器を町に売って稼いでいたとのこと。使用できる魔法は必ずしも遺伝するわけではないはずだが……改めて英雄の一族のすごさに驚かされた。



 で、一方の俺たちは片方は木片で低収入、もう一方に至っては金を全く持っていない。普通なら大部屋だが、天使様をそんな場所に泊まらせるわけにはいかない、という理由でこの悪魔、とついでに俺は二人部屋となった。


 どうやらこの二人、こいつのことを勇者である俺の手助けをするために舞い降りた天使だと思っているようだ。精神干渉でもしたのか念話で聞いたところ、違うらしい。この世界でも天使は尊い存在だから、たいていのことは多分何もしなくても信じてしまうのだろう。


 最初は遠慮したが、こんな機会はそうそうないのでありがたくガレイさんに俺たちの分の宿泊代も払ってもらった。ちなみに、本当は全員個室になるはずだったが、「勇者様にお仕えする天使として常にそばでお守りします」の一言で二人部屋となった。いくら相手が天使とはいえ、男女二人きりになることに関して何も思わないのだろうか?何もしないだろうと考えているのだろうが。



 こうして俺たちはそれぞれの部屋に入り、気持ちもだいぶ落ち着いたので冒頭の質問をした。


 「そのことなんですけど、どうも受肉した際にスキルを獲得したみたいなんです」

 「スキル?偽装系か?」


 あるのかどうかわからんが『変装』とか『擬態』とか。


 「えっと、私が取得したのは『流氷天使クリオネ』というもので、自分の種族を一時的に天使に変更できたり、氷を生成して操ったりとかいろいろできるみたいです」

 「クリオネ?クリオネっていうとあのちっちゃい生き物のことか?」

 「いえ、聞いたことがないのでよくわかりませんが」


 この世界にはいないのか?いや、北海道とかの寒い地域でしか生息できないからただ単に知らないだけかもしれない。






 この『流氷天使クリオネ』というスキルについてまとめると、


・自分の種族を一時的に天使に変更可能

・氷の生成及び操作

・バッカルコーンの召喚

・自分の体の一部にバッカルコーンを形成

・周囲が低温であるほど全能力が強化

・周囲が高温であるほど全能力が弱体化

・水中活動への補正


 これに加え、


唯一無二オンリーワン:眷属(クリオネ型モンスター)の召喚及び使役





 少し検証した結果、これが便利なものだと判明した。


 バッカルコーンとは、クリオネという小さな生き物の頭部にある六本の触手のことであり、それを使って獲物を捕らえることができる。


 動画で何回か見たことがあるが、普段のかわいらしい姿から一変し、触手で餌を勢いよくとらえ、養分を吸収するその姿には衝撃を受けた。



まぁ本物はすごく小さいので、そんな怪物のような食事シーンにギャップ萌えを感じていた。





が、魔法陣から召喚されたバッカルコーンは人の体を難なく縛り上げられるほどでかく、恐ろしさしか感じられなかった。


六本の触手に囲まれた中心部を覗くと、それはいかにもワーム系のモンスターなどが持っていそうな、ずらりと歯が並んだ不気味な口があった。クリオネの口がこうだという話は聞いたこともないが。


この触手、触れただけで魔力や生命力が吸い取られる仕組みになっている。絡みつく力が強いため、一度捕まったらそこでアウトだ。


体の一部からも出せるとのことだが、手、足、背中、頭、文字通りどこからも生やせることができた。……顔面が触手だらけになったときはつい叫びそうになった。怖すぎだろ。



 氷を生成する際は形や大きさを自由に調節でき、剣や盾、氷像、ほかにもいろいろ作り出せた。



 周りの温度が高いと弱くなるという弱点も存在するが、微細な氷の粒を空気中にばらまき続ければある程度は緩和されるだろうし、場合によっては、低温によるバフが得られるだろう。真冬になったら何もしなくても強くなれる。


 もともと悪魔という生物ではない存在のため、水中で呼吸ができる能力は全く必要ではないが、自由に動けるというのは実にすごい。



 さらには種族を天使に変更することで、本来悪魔が弱点とする神聖魔法や聖属性攻撃に耐性を持つようになった。神官や聖騎士にとっては厄介な話だ。



 このように、一つのスキルでドレインタッチ、氷魔法、潜水、聖属性耐性と複数のスキルを合成したような能力が使える。今のところこいつに敵意がないことをありがたく思った。



 そしてもう一つ俺にとって重要なことは、唯一無二オンリーワンを持っていることだった。


 なぜなら、俺の再使用リユースの|唯一無二オンリーワンを発動させるには半径100メートル以内にもう一人以上唯一無二オンリーワンを持つ者がいなければならないからだ。


その効果は回数限度を無視して何度でも使用済みアイテムを再使用できるというもの。これが発動している間は、残り使用可能回数も一切減らない。


 市販品として売られているマジックアイテムの中で強力な効果を持つものはたいていが一度しか使えない。魔法のスクロールとかがそのいい例だ。


 だが、この能力を使えば魔力はもちろん一切の対価を支払わずにスクロールを無制限に使える。



 フィアからそれを聞かされた時は意外とチートかもしれないと思ったが、あの時はまだほかに唯一無二オンリーワンを持つ知り合いがいなかったため、場合によっては一生この力を使えないかもしれないと思っていた。


ただでさえスキルを獲得するのは難しい上に唯一無二オンリーワンをあっさり手に入れるとは……俺の血と魔力を吸収したからか?



ともかく、こいつと主従関係を持つことによって得られる利益が増えてしまったわけだ。



深いため息を吐いた後、俺は腹をくくることにした。あの時木に登ったのはこの悪魔が敵襲と相手の実力、目的を知らせてくれたからだ。


もし何も知らなければ、襲撃者を馬車で運んでいる商品を狙った山賊だと思い込み、二人と一緒に戦うことを選択しただろう。


そうなれば俺は大怪我を負い、下手したら死んでいた。箱も奪われたかもしれない。


今後も彼女のおかげで、俺やみんなが救われるようなことがあるかもしれない。



契約した時はもうなるようになれと思っていた。だったらもう一度同じことを考えればいい。なるようになろう。




「ところで、まだ名前聞いてなかったよな?なんていうんだ?」

「名前ですか?特にありませんので、もしよければ好きに決めてもらって構いませんよ?」



やはりなかったか。ふむ、そうだな……。


「リオネ、でどうだ?お前のスキルが流氷天使クリオネだし」

「リオネ……いい名前ですね。わかりました。今日から私はリオネと名乗ることにします」

「じゃあ、よろしくな。リオネ」


俺は右手を前に出した。


「はい。こちらこそよろしくお願いします、ご主人様」


リオネも同じように手を出し、握手を交わした。



こうして俺は今日から彼女の主人となった。









「ところでご主人様。夜のご奉仕はどうなさいますか?」

「……明日は早い。普通に寝させてくれ」

「じゃあ一緒に寝ましょう」

「いや、お前睡眠必要ないだろ」

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