第8話 没落令嬢と求人酒場(2)


「内容:当方所有の山林でフラゴ茸を採取。

 報酬:フラゴ茸一本につき銀貨一枚。

 条件:要面接」


 コウはクエスト依頼票を読み上げる。


「フラゴ茸って、色々な魔法薬の中和剤として使われるのよね。何度も扱ったことがあるし、楽勝よ」


 根拠のない自信に満ちたリュリディアに、従者は困ったように眉を下げる。


「お嬢様が扱うフラゴ茸は乾燥粉末ではないですか。山に生えているキノコを探すのは、素人には至難の業かと」


「あら。個人所有の山林なんて、兄様の別邸があるような長閑のどかな場所でしょ? ピクニックみたいで楽しそう」


「険しくない山の方が珍しいと思いますが……」


 都会の引き籠もりお嬢様は、大自然をあなどっていた。


「依頼者の住まいは帝都の西。朝、乗合馬車で行けばお昼前には着ける距離ね」


「帝都から出るのはちょっと。馬車も運賃がかかりますし……」


「国内の移動は問題ないでしょ。運賃は必要経費よ! キノコ一本銀貨一枚、十本で金貨一枚になるのよ。たくさん採ればお家再興も夢じゃないわ!」


「それはいくらなんでも目測が甘すぎます」


 主の壮大な野望に、従者は思わずツッコんだ。


「とにかく、この依頼を受けるわ。お留守番頼んだわよ、コウ」


 サラリと告げるリュリディアに、


「御冗談でしょう?」


 コウは柳眉を跳ね上げた。


「お嬢様を一人で帝都の外にはお出しできません。コウもついていきます。帯同をお許しいただけないのであれば、この依頼を受けることを全力で阻止します」


「むー」


 琥珀の瞳で真剣に訴えられて、リュリディアは思わず唸る。この従者、やると言ったらかならずやる男だ。どんな手段で阻止するのか、考えただけで面倒臭い。


「……分かった。連れて行くわ。でも、仕事をするのはあくまで私。コウは見てるだけね」


「承知しました」


 恭しく頭を下げる従者に、主はやれやれとため息をつく。我が強いのはお互い様だ。


「で、この依頼にするって決めたけど、その後どうすればいいのかしら?」


 掲示板を前に首をひねるリュリディア。その横で、通りかかった男性店員にコウが「もうし」と声をかけた。


「ここにある依頼は、どうやって受ければよいのでしょうか?」


「ああ、それはね」


 気さくな店員はこなれた様子で説明する。


「この下の欄にサインして、依頼受諾の登録をするんだ。依頼が終わったら、依頼者が完遂コンプリートのサインをして契約終了。依頼が失敗したら契約破棄。期限がある依頼は期限日が過ぎると自動的に破棄だ。人気の依頼は何組ものパーティが同時に受けて、最初に完遂した者が報酬を受け取れる。ま、早い者勝ちってやつだな」


 店員はフラゴ茸の依頼票を読んで、


「この依頼は、人数と期間が無制限で要面接ってことだから、票にサインして、そのまま依頼者に会いに行けばいい。面接で落とされたら、そこで依頼終了だ」


 説明を聞きながら、リュリディアは依頼票を指でなぞる。


「この羊皮紙かみ、魔力が織り込んであるわ」


「お! お嬢ちゃん分かるのかい!?」


 お目が高いと店員は大げさに驚く。


「金銭の絡む契約だからな。後で書き換えられないように魔力のくさびが打ってあるんだ」


 なかなかしっかりしたシステムだ。しかし、


「魔力を籠めた契約書に自分の名前を書き込むなんて、危険じゃないの?」


 名前は自分を形作るもの。迂闊に教えれば魂を奪われるというのが、魔法使いの常識だ。リュリディアの不信感を、店員は笑い飛ばした。


「だから冒険者は簡単には本名を名乗らない。サインにはイニシャルや愛称なんかの『通り名』を使うんだ」


 それが、エレーンの言っていた『名前の関係ない仕事』の意味だ。


「フラゴ茸の依頼者だって匿名だろ?」


 票の依頼者名の欄には『山の管理者』とだけ書かれている。


 依頼をする側も受ける側も偽名を使える。なるほど、これならリュリディアも家名を隠して仕事ができる。


「あと、依頼を受けるなら冒険者登録するのがお得だぜ」


「冒険者登録?」


「ほら、これ」


 店員は首に下げた大鉄貨ほどの大きさの三角板を見せる。


「この求人酒場を運営する団体『冒険者ギルド』に名前を登録すると、このプレートに今まで受けた依頼の情報が蓄積されるんだ。この情報は別の街にある同じギルド系列の求人酒場でも共有される。依頼の完遂度の高い冒険者は優先的に好条件の仕事が回ってくるってわけ」


「こんな小さな板に、そんな情報が入るの!?」


 リュリディアは店員のプレートを掴んで目を見張る。材質は合金、厚さは紙二枚分。依頼票同様、強い魔力が込められている。


「帝国の情報通信技術を上回っているんじゃない? 民間にここまで高度な魔導通信システムを構築できる技術者がいるなんて。世の中、広いのね」


 しみじみ呟く。魔法界隈では天才の名をほしいままにしていた彼女だが、上には上がいるものだ。


「冒険者登録も通り名で出来るけど、規約により作れるプレートは一枚だけ。登録しなくても酒場にある依頼を受けれるけど、仲介料が高くなる」


 その『規約』は『魔法契約』と同義で、本人確認ができるから不法行為の抑止につながるというわけか。よく出来た民間企業だ。


「それから、たくさんギルドの仕事をこなすとポイントが溜まって景品がもらえるぜ!」


「詳しく教えてくれてありがとう」


「またいつでもどうぞ。冒険者に良き出会いの風を」


 お決まりの祝福の言葉で締めて、店員は去っていく。

 リュリディアは備え付けの羽ペンで依頼票に『ディア』と署名した。彼女は魔法使い、日常的に使っている名前は真名ではないので、この通り名で問題ない。

 冒険者登録は躊躇ったが、後で登録破棄も出来るとのことで一応プレートを作った。……決して景品に釣られたわけではない。


「よし、これで完璧ね。依頼者の元へ行くのは明日にしましょう。今日はせっかくだから、冒険者の日常を体験しなくちゃ!」


 店の奥で吟遊詩人のセッションが始まり、好奇心旺盛なお嬢様が喜び勇んで観覧に馳せる。


 ……うちのお嬢様、すでに依頼が成功した気でいるのですが……。


 あまりの楽観ぶりに、眩暈がしてくる。いっそ面接で落ちてくれないかなと不謹慎なことを考えつつ、コウはぬるくなったミックスジュースに目を落とした。

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