第1248話 流れる血と隠せぬ悪意

◇流れる血と隠せぬ悪意◇


「風を利用した高速移動…。まさかそんな事が可能だとはな。風魔法を使う剣士と剣を交えたこともあったが、お前ほど激しくは無かった。そよ風ではなく烈風だな」


 アンブールの両手剣と俺が高速で舞台の上を移動する。俺の移動方法を目にしたアンブールは驚愕と共に、どこか楽し気な声を漏らした。

 彼の言う通り、他の風魔法使いならば真似のできない移動方法だろう。多少の追い風を吹かせることは可能だが、俺のように軌道を変える程の風ともなると問題が生じるはずだ。


 瞬時に体を吹き飛ばすような風を体に浴びれば、死にはしないまでも衝撃によるダメージが蓄積する。つまり体が吹き飛ぶほどの風を受けても平然としている頑強な肉体を持つか、あるいは僅かな風でも吹き飛ぶような身軽な体が必要なのだ。


「おもしろい。まさか俺の剣を移動で避けるとは。ははは。燕を相手にしてるみたいだ」


「お前、訓練と称して燕を虐めてるんじゃないだろうな?無意味な狩りは見逃せないぞ」


「比喩に決まってるだろう。第一、こんな牙を持つ燕などいるものか」


 俺は密着するかのような近距離。アンブールは剣の間合いとしてはかなり離れた遠中距離。互いの得意な間合いを押し付け合うかのように俺とアンブールは踊る。

 人の腕では到底不可能な挙動で暴れるアンブールの両手剣だが、決して無作為に両手剣を動かしている訳ではない。むしろ剣術の術理に則って動かしているのだろう。


 癇癪を起した子供のように水の腕を振り回すだけなら簡単に距離を詰められただろうが、アンブールは俺が距離を詰めることを予測して安易な剣を振る事が無い。俺が向こうの剣撃を誘っても、決して乗ることなく自分の剣の形を崩さない。


 奴の腹を叩いたときの俺を真似したかのように、アンブールの剣が地面スレスレを走る。そしてそれこそ燕のように俺の目前で急上昇をし、鋭い突きが俺に振舞われる。

 そしてそれを躱してもアンブールの攻撃は終わりではない。剣は鎌首をもたげるかのように横になると、今度は鎌の如く俺を背後から狙う。


「やりにくい剣術だな。剣筋どころか武器が変わってるかのような気分になる」


「無形たる風に在らず、不変たる岩に在らず。流れ、形を変えるのが水よ。千変万化の剣こそ俺の目指す物だ」


「…突かば槍、払えば薙刀グレイブ、持たば太刀ってことか」


「いいなそれ。そこまでに成れればいいが、今は多機能な武器ハルバート程度だ」


 液体の腕が自由に形を変えるからこそ、両手剣の刃は様々な剣筋に変化する。ルッツエルンのように真横から突きが迫ったかと思えば、その場で剣を風車の如く回転させる。あまりにも液体の腕が自由過ぎて、既に攻撃方法が武器の範疇を越えていた。


 液体の腕を切り飛ばせば制御を失いただの液体に戻るだろうと腕に向かって剣を振るうが、しかしそれをさせまいとアンブールは剣だけでなく腕も巧みに操った。


 激しい攻防に観客が沸き立った。観客の多くは不死鳥の灰を見るために集まっただけで決闘そのものには興味が無かったようだが、しかし血沸き肉躍る剣闘は人々の心を引き付けるものだ。

 歓声で興が削がれるほど俺もアンブールも野暮ではない。むしろ負けて堪るかと張り合うようにこちらの攻防も苛烈になる。


「止めなさい!ランティス!…やはり裏で手を回していたのですね。信じてあなたを連れてきた私が馬鹿みたいではありませんんか!」


 だが歓声に混じって興が削がれるような声が俺の耳に届いた。チラリと声の主を確認すると、そこには立ちはだかるメロヘロエスの姿があった。


 観客席の最前列にある貴賓席。俺らが決闘の途中だというのにメロヘロエスはこちらから目を離して自分の息子であるランティスを睨んでいた。

 彼の背後に庇われるようにしてナナとメルル、タルテの姿があり、彼女達も臨戦態勢へと移行していた。


「何言ってるのさ。父さん。止めろと言われても何のことだか…」


「ならばその鞄の中身を見せなさい。それと、なぜ奴隷騎士を引き連れているのですか」


 メロヘロエスに睨まれたランティスは、何を咎められているのか理解できないと嘯く。しかし彼の背後にはモントロスが雇った残りの奴隷騎士の姿があった。少なくとも彼とモントロスの間には何かしらの繋がりがあり、彼が何かを企んでいるのは確実だろう。


「それ以上近づくなら敵意在りと判断するよ。そのまま引き下がるなら許してあげる」


「父さんも君らも何だっていうんだ。この鞄だって中には大したものは入っていないよ」


 ナナがランティスから守るかのように不死鳥の灰を胸に抱く。そしてナナを庇うかのようにタルテとメルルが立ち塞がり、ランティスと彼が引き連れる奴隷騎士に厳しい視線を向けていた。


 そしてそれは俺の注意を逸らすには十分であった。隙を指摘するかのようにランブールの鋭い突きが俺目掛けて放たれる。

 寸前で躱しはしたが、頬を深く切られ一拍置いてからドロリと血が傷口から流れ落ちた。


「おいおい。余所見は厳禁だぞ。俺の剣はお前を釘付けにできないほど退屈か?」


「…何やらお前の同僚がご乱心なんだが、…お前も一枚嚙んでるみたいだな」


 メロヘロエスの声がアンブールにも聞こえたかは分からないが、少なくとも彼の同僚である奴隷騎士がランティスに引き連れられて貴賓席に乗り込んでいる姿は目に入っているはずだ。つまり異常事態には彼も気付いているはずである。


「…騙して悪いがこれも仕事なんでな。恨むのなら俺を…いや、無茶な仕事を振ってきた奴らを恨んで欲しい」


 俺を貴賓席に向かわせるつもりは無いと、アンブールは一閃、両手剣で石畳に線を刻む。俺を倒して不死鳥の灰を得ることが目的だと思っていたのだが、彼と彼の雇い主の企みはそれが全てでは無いらしい。


 何が目的なのか。少なくとも俺とアンブールの決闘は結末が未だに見えぬ状態であった。アンブールが負けると焦って何かを企むにはあまりにも早すぎる。

 俺が思考を巡らせる間にも時は進み、貴賓席ではランティスが嘆くかのように父親に訴えていた。


「父さん。僕には父さんが何を考えているか分からないよ。どうして僕を咎めるんだい?この鞄の中身が気になるの?なら…ほら、中にあるのは…」


 ランティスは仰々しい動作で嘆いた後、鞄の中身を見せようとメロヘロエスへと近づいた。同時にランティスは鞄に手を入れ、中に入っていた物を取り出した。

 ランティスが取り出したのは白刃煌めく短剣であった。ランティスはメロヘロエスに抱き着くように身を寄せると、自分の父親にその刃を突き立ててみせた。


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