第225話 誰が有希ちゃんを成長させたのでしょうねー(意味深)
本日はオフのため、随分と遅めの起床となってしまった。
もう昼を過ぎた時間にダイニングに行くと、ダイニングテーブルに座った有希が、破ってしまったメイド服の修理をしているのが伺えた。
「グッドモーニング。有希」
ここは英語圏だから極力英語を使うようにしているのだが、俺の挨拶に彼女は幼い子を見るような笑みを浮かべてやがる。これはあれだ。昨日のボールボーイと同じ反応だね、ったく。
「グッドモーニングです。晃くん」
からかってるのか、おちょくってんのか。流暢な英語を喋れるくせにわざとらしいカタコトの英語をぶっぱなしてきやがった。そういところも可愛いと思う俺の負けです、はい。
「はぁ……これじゃあもう着れないですね……」
有希の手元には昨日、正しくは今日の真夜中に着ていた高2の時のメイド服があった。修復していたのだろう。そんなメイド服を広げて見せると、胸元部分に目立った修理跡が残っていた。
「こりゃまた無惨な姿だな」
彼女の大きいバストでこうなったのなら、メイド服も本望といったところか。
「思い出のメイド服だったのですが……」
「そのメイド服を着て、随分とまぁ文化祭ではしゃいでいらした生徒会長様がいたな」
「え……?」
「『変装です』とかテンション爆上がりで言い放って、『同調圧力がなんたら』とかぬかして、こっちが適当に褒めたら、『私は、ただの生徒会長ですよ。ただ、のね』とかドヤ顔満載で占いの館に入ったら即バレしたのは良い思い出だよなぁ」
「ちょ、ちょーっと晃くん? なんでそんなの覚えているのですか!?」
「有希との思い出は全部鮮明に覚えているのさ」
「わ、忘れてください!! そんなこと!!」
「あの時から有希に片思いしてたからなぁ。俺の青春の思い出さぁ」
「……ずるいですよ。そんな言い方したら忘れろって言えないじゃないですか」
唇を尖らせて拗ねた声を出す有希。相変わらず反応の可愛いうちの嫁の正面の席に腰を下ろした。
「高校生の時のメイド服だし、有希ももう大人になったんだ。随分と成長したってことだろ」
「誰が私のこの部分を成長させたんでしょうねー」
含みのある顔をされて、「えっと、あはは……」と苦笑いしか出てこない。
「夜には大きな赤ん坊になっちゃいますもんねー」
「や、やめろおお!! 寝起きでそんな話をするなああ!! つうか、そんな特殊プレイをやった覚えはねえぞ!!」
「はいはい。そうでちゅねぇ」
「え? うそ、ほんとに俺って……」
身に覚えのない性癖なんだが。無意識に曝け出してんの?
脳内から自分の性癖の引き出しを漁るが見つからない。
こちらの焦った様子をくすくすと笑っていやがりますよ、このお嫁様。こりゃ俺がさっき高校の時の恥ずかしい話をした仕返しか。くそっ。
そんな朝からピンクな話をしていると、ダイニングテーブルに置いた有希のスマホが鳴る。
『もしもし。──はい。──はい。いえいえ。──はい』
これは流暢な英語だ。そうだろ? 有希の流暢な英語だ。決して日本語ではない。ウチの嫁の華麗すぎる英語なんだ。
「ふぅ」
英語での会話が終わると、ため息を一つこぼして
こちらを見てくる。
「晃くん。休みの日に申し訳ないですが、ボスが来てくれとのことです」
「ボスが?」
♢
アパート近くの駐車場に止めてあるオンボロの中古車。絵に描いたようなボロボロの車に俺と有希は乗り込む。
「こいつも頑張ってくれてはいるんだけどさ」
エンジンをかけてから、ポンポンとハンドルを叩く。
「やっぱ、有希ほどの美女を乗せるならもっと良い車を買わないとな」
「別に私は車なんて乗れればなんでも良いですけどね」
「でもさ、日本の大人の女性はオンボロの車で迎えに行ったら萎える奴もいるらしいぜ」
「その程度で萎える恋なんですね。私は晃くんが車を運転してくれるという事実だけでベタ惚れです」
「ほんと、一生有希のこと大事にするわ」
「ただの本音です」
そんな嬉しい言葉をもらいながら俺はチームの事務所へと車を走らせた。
家から事務所までは車で20分程度。
内心、ドキドキしながらのドライブ。隣に有希がいるからドキドキしてるってのもあるが、それだけじゃない。
もしかしたらメジャー昇格の話かもしれない。
休みの日にわざわざ事務所に呼び出すってのは重要な話。昇進か降格か、もしくはクビか。
俺のAAAでの今シーズンの成績は10勝3敗。昇進するには十分な成績と言えるだろう。降格やクビはあり得ない。
信号が赤になったところでチラリと有希を見た。
「ん?」
小首を傾げて可愛らしく声を漏らす有希。
「んにゃ、メジャー昇格の話だと思ってソワソワしてる」
「晃くんの成績なら十分にメジャーでも活躍できるレベルですもんね」
「もし本当にメジャー昇格だったら、有希に楽させてやれるな」
「今の生活も楽しいですよ。高校生の頃の延長線上に立っている感じで」
「でもやっぱり有希ほどの嫁にはもっと楽して欲しいかなって思ってる」
「楽って、例えば?」
「例えば……家でゆっくりとか? お隣のマダムとティータイムとか?」
こちらの適当に考えた楽なプランに対し、不満そうな顔をされてしまう。
「私は今まで晃くんの専属メイドとして仕えて来たのです。お嫁さんになっても、通訳になっても、あなたのお世話をするのが生きがいなんですよ。だから晃くんがメジャーリーガーになっても、ずっと晃くんのお世話をするし、晃くんのために通訳のお仕事をします」
「有希……」
「メジャーリーガーだろうが、マイナーリーガーだろうが、普通のサラリーマンだろうがなんだろうが──」
唐突に有希がチュッと俺の唇に軽くキスしてくれる。
「これだけで私は幸せなんですよ♡」
「一生好きです」
「残念ですが、私の方が晃くんのことが一生好きなんだからね」
「俺の方が一生好きだっての」
「私」
「俺」
「私」
「俺」
車内で繰り広げられる幸せな痴話喧嘩の最中に、プッとクラクションを軽く鳴らされてしまう。
信号はいつの間にか青に変わっており、俺と有希は互いに顔を見合わせた。
怒られちゃいましたね、なんて言いたげに舌をペロっと出す有希に微笑みながら、ハザードを出して後続車へ謝罪をした後、事務所へと車を走らせた。
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