キスより熱く、甘い吐息を

霜月このは

プロローグ

プロローグ

 唇を合わせるよりも、もっと熱く。甘い香りを漂わせて、火が移って行った。

 シガーキスなんて、思っていたよりも楽しいものじゃない。こんなの、世界中探したって、他の誰ともしたくはならない。


 姿勢を元に戻して、ただ無心で煙を吸って吐いた。煙の奥のバニラの匂いを感じながら、頭の中は白く溶けていきそうになり、胸の奥がひたすらに熱く、苦しくなる。

 思わず手すりに寄りかかる。この狭いアパートに付属している、ちゃちなベランダは、私の体重を受けてミシッなんて音を立ててくる。まったく失礼な奴だ。


真由まゆ……真由ってば」


 呼ばれてはっとする。心地よい低音のハスキーボイス。そちらに視線をもどせば、さらさらのストレートの髪が、夜風に吹かれていて。宝石みたいなキラキラの目には、赤い煙草の火が映っていた。


「ああ、ごめん。何」

「いや、目がとろんとしてたからさ。ヤニクラ?」


 そう言って心配してくれる真矢まやは、わたしの三歳上の姉だ。


「ううん、大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」


 なんでもないように、そう答える。きっと真矢は思いもしないだろう。その考え事の原因が、まさか自分にあるだなんて。




「考え事って、またスランプかなんか?」

「うん、そんなとこ」


 わたしと真矢は姉妹で二人暮らしをしている。大学に進学を機に実家を出て、先に真矢が住んでいたアパートに転がり込んだ。狭っ苦しいアパートに住んで住居費を浮かせてまで、わたしがやりたかったのは、物語を書いてそれを本のかたちにすることだった。


「小説って大変だよね、なんか浮き沈みあるみたいで」

「真矢はないの? 書けないときとか」

「いやほら私は、頭の中にあるストックを、書き写してるだけっていうか」

「出たよ。あーやだやだ、才能自慢」

「別にそんなんじゃないしー」


 真矢が書くのは小説ではない。彼女を愛し才能を与えたのは、音楽の神様だった。

 わたしは音楽に詳しいわけじゃないけど、そのへんで路上ライブをしているアーティストよりは、真矢の書く曲はよほど魅力的だし、歌唱力もある。それはけして、身内の贔屓目だけではないはずだ。


「まーなんにしても、手動かさなきゃ始まんないっしょ。それ吸ったらまた部屋戻って続きしよ?」


 そう言って真矢はわたしの肩をぽん、と叩く。至近距離で甘い煙が香る。


 なんだかやっぱりずるい。そう思った。

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