第4話
——楽しみ、か。
長らく眠っていた、埃の被ったカードケースを引き出しから取り出す。五年以上も前に有効期限の切れた薬局のポイントカードや服飾系の会員カード、警察官時代に通っていたラーメン屋などのポイントカードが大量に入っていた。そして一番後ろのポケットに探し物はあった。あと一年で更新期限が訪れる、晴自身の運転免許証だった。
「……良かった。まだ使えるな」
最後に車を運転したのは何年前だったか。そもそも免許の期限が切れていても可笑しくなかったのだが、運良く有効期限内であったことに小さく安堵の息を吐く。次の更新は来年の夏頃だった。
——…………それまで生きていられるのか……。
『命の契約』によって日々失われていく晴の
今すぐに失われることはなくとも、余命はあといかほどだろうか。考えるだけ無駄であることは、嫌というほど理解してきたはずだった。けれど、考えずにはいられない。
俺はどうなろうとも構わない。鳴が生きられる未来を取り戻す。
晴は深呼吸をしてカードケースをしっかりと握り締めた。
◆◇◆◇◆
そこからの手配は驚くほどスムーズに進んでいった。
流石は天下の『彼岸屋』と言うべきか? 奈良県にある同業の
なるほど、そこは彼岸屋の姉妹旅館だった。そういうことなら早急の宿泊対応にも頷ける。晴は一度も訪れたことはないが、簡単に調べてみれば雰囲気の良い旅館だった。ここなら鳴もリラックスしてちゃんと休めるだろう。
「——お待たせしました、晴」
「おう。……何だその服」
「え? ……変、ですかね?」
宿も決まったことだし、さあ出発しようかと玄関先で荷物と共に待っていた晴は、やっと準備の整った鳴の声が聞こえてその方向へと振り返ったのだが、そこにはいつもとは変わって洋服に身を包んだ彼が立っていた。
普段から着物を着て、彼岸屋の若旦那としての威厳を壊さないように日々努めている鳴が、洋服を着衣しているというのが珍しい。首元が緩まっており、鎖骨がそこから
涼し気なスカイブルーとホワイトのマーブル柄の半袖シャツに黒いスキニーパンツという、いかにも『現代人』という言葉が似合う姿をしていた。普段は暖色系の着物を着ているイメージのためか、寒色系の服飾が新鮮だった。
「いや……変というか、珍しいな、そういう色を着るなんて」
「あー、うん。この間
いわく——
《お兄はたまにはこういう色も着てみなよ! 夏っぽい服、絶対似合うと思ったので差し上げます。》
——と、送られてきたメールに書かれていたらしい。
確かに、寒色系はあまり好まない鳴なのだが、愛する妹からの贈り物がよほど嬉しかったのか気に入っている様子だった。
以前、晴はどうして暖色系の着物ばかりを着るのかと何気なく鳴に訊いてみたことがあった。その時に言っていたのは、顔色が悪いから寒色系の服を着てしまうと更に顔色の悪さが際立ってしまうから苦手なのだと。けれど今晴の目の前に立つ鳴は、顔色のことなど気にならないくらいにとても似合っていた。
「晴?」
「ん? ああ、いや。とても夏らしくて、似合ってる」
「んふ、ありがとうございます」
「忘れ物は無いか?」
「はい! 多分大丈夫です。もしあれば道中買えば」
「……それも持っていくのか?」
「え?」
晴が指したのは、鳴の鞄の隙間から見えた扇子。それは鳴の仕事道具だった。もしかして、という心配事が晴の頭に浮かんでは消えるを繰り返す。
「ああ、これ? んふふ。これは暑いから持っていくんですよ」
「……そうか。ならいい」
「そういえば、奈良県までどうやって行きますか? 新幹線と電車を乗り継ぐか、飛行機……? あっ、いっそのこと牛車でも使いますか?」
「最後の案は却下だ! 車で行こうと考えてたんだが……」
「それは名案です! 晴、車で行きましょう!」
「お、おう」
こうして急遽決行された一泊二日の奈良旅行が始まったのだった。
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