最終話 花言葉と香り、思い出と終焉、移り変わらぬ気持ち。

 11話 花言葉と香り、思い出と終焉、移り変わらぬ気持ち。

 千春が宿泊しているホテルの前まで良いというので、真也はそこまで彼女を送ると。

 互いに別れた。

 デートとは名ばかりで、とても遊ぶという形ではなかったが、真也も千春も、互いに酷くすっきとした吹っ切れた表情をしていた。

「戻ってきたわね」

 エントランスにあるラウンジで娘の帰りを待っていたのか、春奈が2人に歩み寄る。

「はぁ。少しはまともになったみたいね2人とも」

「えっとぉ、春奈さん。色々気苦労をかけまして・・・」

「真也君、あなたは悪くないわよ。もとはと言えばこのうちのバカ娘が、豆腐メンタルで。シー君に切られたらどうしよう、何てめそめそいじいじしてたのがいけないのよ」

「ちょっ、お母さん!」

 ちゃかすように、春奈さんはいい、少し恥ずかしいながらも、言われても仕方がないかという感じで千春は反論していた。

「まだ、俺自身の答えとかは出てないんですが。明日、千春にも三条さんにも、今の気持ちを話そうと思います」

「モテる男は辛いねぇ」

「俺もまた、千春と五十歩百歩みたいなものですから」

 そう言って真也は春奈に千春を預け、その場を後にした。



「ホント手間がかかるわねぇあなたち」

「ごめんなさい」

「でもぉ、ほんと良い顔になったわ。私の自慢娘だもの、こうでなくちゃ」

 そう言って春奈は千春を抱きしめ、千春もまた、その行為を、あるがままに受け入れ、自分よりも小さいが、とても大きな母の温もりに顔をうずめた。


 

「そろそろかなぁ」

 友香は、お鍋に火をかけた中でぐつぐつと煮える大根と、モモ鶏肉、油揚げを見つめながら一人いそいそと夕食の準備に取り掛かっっていた。

 さながら、疲れて帰ってくる旦那様をまつ新妻、のような気分を味わいつつ、煮物をつつく。

「千春さん・・・約束守ってくれたのかなぁ」

 すでに部屋着に着替え、ペチコートのロングスカートがひらりと舞う。

 友香はこの部屋着がすごくお気に入り、フワリと柔らかく舞、肌触りが良くリラックスできる部屋着なのが、彼女が身に着けているのは透けない少し厚手のもなので、下着というイメージとは少しかけ離れており、部屋着として着用している形である。

 最初、真也の前この姿をしたときは、痴女とかそんなふうに思われないかと心配してはいたが、やはり男の子は、女性の服事情には疎く特に何も言ってこなかったが、妙にソワソワはしていたのをはっきりと覚えている。

 そんなお気に入りを翻しながら、夕飯を作る姿は、やはり新妻に近いものがあるのではと、自分で思いながら悶絶する。

 こんな妄想もまた、いつまで続けて居られるかは分からない、という不安も心を少し締め付ける。

 私ではなく彼女が選ばれてしまったら、おそらくこの生活や、彼の優しは自分ではなく千春に向くのだろうと。

 それでも、この時を満喫はしたかった。

「最初から不利なのは分かってるもの。でも諦めない・・・あ、レイン?」

 スマホが通知を知らせる音を鳴らしたので、台所の手に届く位置においてあぅたスマホを手に取り、通知を開く。

 スマホには、小さなキャラクターが大成功。という文字と同時にピョンピョンと飛び跳ねてるスタンプが表示されていた。

 千春からの返信で、状況が良くは分からないが、どうやら問題なく無事に終えられたようだと、ほっと胸をなでおろす。

 レインの連絡先をしっかりと交換もしておいたため、彼女とのやり取りは、意外と気楽にできていた。

「うまくいったんだぁ。良かったぁ。とも言えないのかな私的に」

 千春に返信で、おめでとう、という言葉を返しつつ、苦笑する。

 喜ぶべきなのか、また不安になるべきなのか、それでも自分で選んだ選択肢である以上、後悔はしていない。

 彼が明日、私たちにどういう返事をするにしても、今は彼の帰りを待ち、暖かいご飯と居場所を提供するのが、今私にできる最大限の事だと自分に言い聞かせながら、友香は

スマホを置き、再度夕食の準備に取り掛かるのだった。



 足早に道行く人たちが家路へ問い速ぐ中、真也は、ぼんやりとしつつ、歩いていた。

 千春の気持ちも聞けた。

 過去の清算も一様出来たような気はする。

 でも、今自分の気持ちがどこへ向いているのか、それがいまいちわからなかった。

 分からないなりの答えを出さないといけない、そう思うと。

「オイこら、何しけたつらしてんだ?」

 不意に声をかけられ、ヤバい変なのに絡まれたかも、と顔をあげると。

「静流さん?」

「何だおめかしして。デートの帰りか? って事はアレか、どっちかとデートして失敗でもしたか?」

 少し茶化すような口調でそう言ってくる静流だったが、真也はこの人が意味もなくこういった事をしないのをよく知っていたので、特に不快には感じなかった。

「2人とデートしたんです」

「え、何それ・・・・お前ぇ、なんかまた変な事になってるんじゃ」

「いえ、どちらかと言うと、ある程度はっきりさせるためと言いますか・・・」

 要点がつかめないためか、静流は一言ため息をつくと、コイやバカとどこかに連行されていく。

 抗おうにも、その力は強く、気が付けば、裏路地にある、すごく薄暗いお店の前に立っていて、あきらかにバーではないかと思われるところに、そのまま来店させられた。

 中はバーというよりかは喫茶店、のイメージに近く、とても大人な静かな雰囲気だ。

「マスター、置く借りる。あと、私コーヒーとパフェ、おまえは?」

「え、あの、ここはいったい」

「マスター、適当にお勧めのドリンクで良いから」

「かしこまりました」

 こちらの質問には一切答える気が無いのか、マスタと言われた紳士的な風貌をした長身の男性も、特に気分を害したりせず、静流さんの荒々しい注文にも、とても堂に入った動作でお辞儀をすると、すぐに注文の品に取り掛かり始めていた。

お配ったとこにある席は、入り口からは見えず、また、ほかの客からも少し見えにくい、いわば個室に近いような、そんな一席だった。

静流さんは奥側に、真也は手前のそれぞれソファーに腰かける。

たいして待つことなく、先ほどの注文の品が届けられ、また洗礼されたお辞儀をされ、真也は委縮するが、そんな真也を見て、とてもや若い笑みを浮かべ、マスターと言われた人は、静流さんのお相手は大変ですよ、と冗談の様に言うので、つい吹き出してしまう。

「マスター・・・勘弁して」

「はいはい、それではごゆっくり」

 そう言い、真也の前に、紅茶をティーカップとポットごとおいていくと、マスターは下がっていった。

 自分で次ぐのが良いだろうと思い、ティーカップに紅茶を注ぐと、ダージリン独特のにおいが鼻を付くが、あまりにも香りが強く、えっとなる。

「先生・・ちょっ、ここ高いんじゃ!」

 まだ飲んではいなが、あきらかに普段自分が飲んでいるものとはグレードが違う事に気が付き、慌てふためく真也に、とても誇らしげになる静流。

「まぁ、子供の来る店じゃないよ。お金のことは気にするな。私は大人だからな」

「子供みたいな大人ですよね」

「ここ割り勘で良いか?」

「いえ、嘘です。美人の司書様」

 馬鹿なやり取りをしつつ、静流が本気でないのもわかりつつも、真也はそれにのっかた。

 静流はと言えば、来たばかりのパフェにかぶりつき、とても幸せそうな笑みを浮かべている。

 この人、こうしてれば普通に可愛いしモテそうなのに、なんで浮いた話なんだろう、などと思ったのが筒抜けだったのか。

「おいクソガキ、今何考えた」

「嫌だなぁ、なんか不快な事でもありました?」

 真也は身の危険を感じ、ごまかす。何この人、なんで今分かったの、というのを面に出さないように必死にこらえながら。

「さて、一体何がどうなってんだ? 前みたいな辛気臭い顔はしてないようだが、それとは別の厄介ごとができたって顔しながら歩いてたぞ」

「何です、エスパーですか?」

「一様教師してるからねぇ、司書だけど。生徒指導もしてるし、分かるんだよ」

「静流さんて、面倒見良いですよね」

「限定的だから、それは面倒見が良いとは言わん。三条と佐藤がらみか?」

 的確過ぎて、もはや見ていたんじゃなかろうかと、言いたくなる真也だった。

 確かに彼女の言うとうり、その二人の件だが、これは俺の問題で、静流さんには関係ない、と思いつつ、この人なら何か助言をくれるのではという甘い期待が脳裏をよぎる。

「私に恋愛うんぬんの助言は期待しないでくれ」

「まだ何も言ってないんですが」

「顔が言ってた。まぁ、あきらかに佐藤はお前を追ってあんなむちゃくちな入学してきたんだし、好きでもない相手にそこまでせんだろ。で、数日前にお前は三条に告白されてる。これで悩まんほうがどうかしてるよ」

 確かに、事情を少しでも知っていれば、これぐらいすぐに思い至るだろう。

「大方、昔の女と、今の女、どっちにしたらいいか分かんなくなってしまいました。とかそんなところだろ?」

「あの、ほんと人の心読むのやめてくれません?」

「顔に出すぎだ。もうちょっと隠せよ」

 指摘され、そんなに顔に出やすいのかと、自分の顔をグニグニとこねくり回す。

「何があったのかは知らんが。三条がお前の事を好きな理由・・・・」

「聞きました。あの事件に関わってたことも。それを抜きにしても、すごく良い事で、優しくて、一緒にいるとすごく暖かい良い人です」

「・・・」

「千春はその。好きでしたし、一緒に居たいと思えた相手です。でも今もそうかと聞かれる正直わからない。付き合いたいかと問われても、一緒に居たいのと恋人として一緒に居たいは少し違う気がするんです」

「・・・・」

「その、贅沢な悩みではあると思います。けど、彼女たちの想いには答えなくちゃいけない気がして」

「答えないというのも、選択肢にはあるぞ」

「それは!」

「クズ野郎のすることだな。分かるだろ。でも時にはクズになることも必要な時がある」

 この人は、何を言っているんだと、一瞬腹が立ったが、確かに答えないという選択肢は存在した。

 今の状態を保てば、どっちつかずだがこれ以上は誰もきづつかない。

 そんな気はしたけれど、それをするのが最終的に自分もあいても破滅していくことをこの3年間で身をもって知っている、だから静流の言うクズには、真也は決してなれないと自覚していた。

「なるほどぉねぇ。これぐらい男前ならまぁ、あの二人がほれるのもわかるかぁ」

「な、何ですいきなり気持ち悪い」

「褒めてんだぞ。ちったぁ喜びなさいよ」

「静流さん。さっきからわざと口調荒くしてません。俺が話しやすい様に」

「ナンノコトカナァ」

 はぁと真也はため息をついた。

 どうにもこの人には、一生かかっても頭があがらなそうだと、真也は思いながらため答えを探す。

「なぁ、過去は過去、未来は今しかない、自分が最初にどうしたかったのか、そこに立ち戻って考えてみたらどうだ?」

「俺がどうしたかったのか、ですか?」

「そう、全部いっぺんに一色たんにするからいけないんだ。三条に告白された時どうだった? 佐藤に思いを寄せられた時は?」

 そこでふと考える、思いもしなかった。

 この一連の流れがすべて一緒で、同時に考えていたから、どうするのが正しいかを永遠と考えていて、どっちかを選ばないとという事に意識が向きすぎていて、その瞬間自分が何を想ったのかを忘れていた。

 そこでふとさっきの出来事が浮かぶ、千春に俺は何て言った。

 好きだった・・・だったんだよ、それって今は好きじゃないという事か?

 そう問いかけ、自分の心に聞くが、特に反応は無い、好きでも嫌いでもない、おそらくそういう感じに近い感覚なのだろう。

 次に友香の事を考える、ここ数日の出来事が非常に濃密で、色々な事が呼び起こされる、好きだと言われた放課後の図書室。寝ぼけて、布団に潜り込んできた彼女の寝顔、そしてサラサラ中身と、女性特有のあの優しい匂い。

 胸が高鳴る、心が震える、失いたくないと感じる。

 この感覚を真也はよく知っていた。恋だ。

 だが、告白されたから恋をしたのか? そんなの不誠実では? そんな事が頭をよぎる。

「静流さん。告白されたから、好きになる。それってありなんですか?」

「ありかなしかじゃないと思うぞ。それに、告白されて、何でもなかったのに意識した時点でおまえの負けだ」

「でもそれじゃぁ、都合のいい女って感じいなりません?」

「お前はアレか、言い寄ってくる女を手籠めにして、散々甘い蜜をすったら捨てるのクズやろうか?」

「しませんしあり得ませんが。先生言い方」

 あまりに言い方がキツク、何かそんなクズ野郎にでも恨みがあるのかと聞きたくなるような口調だったが、それだけ、そういうことはするなよという静流なりの気遣いなのだろうと、真也は思った。

「なら、今の気持ちに従え。ってかなんだ、まさか本当に三条に骨抜きにされてるのか?」

「え、あー、ナンノ話ですかねぇ」

「凄いな三条、ここ数日で一気に落とすとは」

「いや、オトサレテマセンヨ」

 自分の気持ちに気が付いてしまった真也としては、もはや否定をするも心がその否定の言葉を拒否して、うまく喋る事ができない。

 静流はそんな真也を見て、ニヤニヤを満足げに微笑んでいた。

「し、静流さんこそ。そういう話は・・・・」

「私があると思うか?」

「ええ、和也がありえそうなんですよねぇ」

 前々から思っていた、静流の疑惑。

 真也にはなんやかんや接触するのに、2年前の事件で関わった和也には、どういうわけか静流さんは声を頑なに掛けない、和也もまた、何というか静流さんに苦手意識の様な、よそよそしさをいつも出している。

 出しているのだが、彼女の話をすると、よそよそしさはあるものの妙に嬉しそうなそぶりを見せる事が時々あるのだ。

「・・・・・」

「静流さん。和也となんかあったんですか」

「・・・・」

 黙々と、目の前のパフェにむしゃぶりつく教師に、何というか普段とは違う違和感のようなものを感じる。

 さらに、この話題になったとたん、一言もしゃべらなくなってしまった。

 明らかに何かある。

「そっかぁ、静流さんがそういう態度なら、和也に聞くしかないかなぁ。まぁあいつも答えるか分かりませんけどぉ」

 ぴたりと、パフェを食べ進めていたスプーンが動きを止める。

 しかし、静流は何も言わない。

「や、やめて」

「え、何て?」

あまりにか細く、静流さんのイメージとはかけ離れた女性特有の声音だったので、びっくりして聞き返す。

「あ、あの子には、余計な事、言わないでほしい」

「あ、あのぉ、いったい・・・」

 聞いておいてなんだが、あまりにも別人になってしまった静流に、真也の頭は追い付かず、ますます混乱していく中、とても乙女な恥じらった声音でそう訴えてきた。

 流石にそれ以上はこたえたくないのか、頑なに口を閉ざし、ひたすらに、パフェを食べ進め、コーヒーを飲んだ。

 コーヒーを飲み終えるころには、先ほどの乙女静流さんはすっかりいなくなっており、大変聞きたい気持ちを抱えながらも、真也はこれ以上は良くないし、自分の問題をだいぶ解決してもらっている恩人に失礼だろうと思い、問いただすのをやめた。

「お帰りですか?」

「ええ、何か先帰れって。紅茶非常においしかったです。あんな良い茶葉、俺なんかに出してよかったんですか」

「おや、分かるのですか?」

「ええ、少しだけ。この時期だから新茶か何かではあると思うのですが、それ以上に安物ではな決して出ない奥深い香りがありましたから」

「静流さんのお客様ですし。彼女が人を連れてくることは基本ないので、それなりの形だとは思っておりましたが、なるほど・・・・またいらしてください。今度はまた、別のお茶をご用意してお待ちしております」

「えっとぉ、はい。また」

 そういってお店を出て、家路を目指す。

 おそらく帰れば彼女が出迎えてくれるだろう、嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で、真也は足早に家路へと急いだ。



「マスター!」

「はい、どうしました」

「ボトル」

「あのぉ、静流さん・・・」

「ぼ~と~る~!」

 顔を真っ赤に染め、預か視差を紛らわすためなのだろうか、必要にお酒を要求してくる静流にマスターは深いため息をつく。

「彼に何言われたんです」

「痛いところ付かれた。自分の事は気が付かないくせして、なんで他人の事には目ざといのよぉ、はらたつぅ」

 あなたが言えたことですかと、マスターは思ったが口には出さず、はぁ今日はクローズにしてしまおう、この人が飲み倒すだろうしと思い、カウンターに戻るついでに入口へ向かい、そっとクローズへと看板を戻した。



自宅に帰ると、友香が暖かく向かい入れてくれた。

少し遅くなったとはいえ、彼女は特に何も言わず、またある程度の事情を知っているのか千春との事は、先輩、良かったですね。の一言で済まされ、それ以上追及されることはなかった、

 そんな彼女の気遣いがたまらなくここちよくて、ヤバいこれは駄目人間にされる、気をつけねばと自分に言い聞かせた。

「あのぉ、なぜ?」

 互いに風呂に入り、今日の疲れを癒し、さぁ寝るだけだとなって、寝室に向かうと、昨日と同じ状況が横たわっていた。

 確かに風呂に入る前に布団は敷いたし、流石に理性的な問題でそろそろ限界もあったため、リビングに敷いたのだが、それを友香に却下され、渋々ベットのわきに敷いたはず、なのだがやはり布団が跡形もなく無くなっていた。

「何故だと思います?」

「今日はマジで何もしてないぞ。あと、ごめん頼むからそろそろ一人で寝かせてくださいお願いします」

「私とじゃ嫌ですか?」

「理性の問題がありまして」

「先輩エッチですねぇ」

「あのね、男の子ですので、色々あるんです。お願いなので、今日は勘弁してください」

 流石にそろそろ限界であり、真也自身も、このあれやそれやの解消がここ数日できておらず、さらに言えば、彼女が泊まり込んでいるのでできるわけもない。

 よって、限界が目の前なのを真也は沸々と感じていた。

 「分かりました。今日は我慢します・・・・先輩。大好きです」

 そう言うと、布団を頭までかぶり、身を隠しってしまう友香を見て、頬を赤らめつつ、たくぅ、と悪態をつきながら、しまわれてしまったベットを再度敷き直した。

 久しぶりの解放感に、すぐに意識は遠のき、ゆったりと闇の中に意識が沈んでいくのを心地よい感覚のまま、真也は夢に落ちて行った。



 午前10時20分。

 ホテルのラウンジで、真也の目の前には、友香と千春がそれぞれ、座っており、それを少し離れた席から、千春の母春奈と千里が様子をうかがう。

 どういう事なのか分からないが、立会人に静流さんがおり、というかこの人たまたま今朝がたこのホテルでばったり会ったので、なぜか立ち会う事になったのだ。

 あの後何をしていたのかわからないが、自宅に帰らず、このロビーにあるラウンジバーで飲んでいたようだ。

「静流さん、帰っても良いんですよ」

 気をつかい、真也は帰るように促す。

 別に居られることに恥ずかしさなどがあるという話ではなく、単純に彼女が具合が悪そうだったからだ。

「私の事はその辺に居るアリン事でも思え」

「あの静流さん。これ、どうぞ」

 友香が、どこからか薬のようなものを出し、静流に渡す。

「なにそれ?」

「先生、たまに司書室でもお酒飲みすぎた日はこんな感じで、なので私二日酔いの薬持ってるんです」

 千春が疑問に思い、聞くと、とんでもない答えが返ってきて真也は静流さんをジト目で見る。

 バツが悪そうに視線をそらし、受け取った静流さんを見て、昨日の事は感謝してるが、何やってんだこの人はという感じだった。

 まぁ、こんな状態でもおそらく責任感や結末を知っておきたいのだろう、特に変えるとかのそぶりもなく、辛そうだがそのままそこに居た。

「話を戻すわ、時間もないし。結論を、聞かせてください」

 千春が、真也に視線を向け、背筋をただし、大きく深呼吸した後、そう切り出した。

 真也もまあ、緊張で震える手に力を込めて必死で抑え込み、千春と友香を交互に見て、目を閉じ、ゆっくりと開ける。

「結論だけ言うと、俺は千春、おまえとは付き合えない。あの気持ちは3年前のものだ、今じゃない。だからと言って嫌いになったわけじゃない」

「う、うん」

「好きか嫌いかで言えば好きだけど、それはお前の望む恋人としての好きではなく、家族としてというほうがすごく強い。だから愛してるとかではないと思う」

「分かった・・・」

「三条さん。三条さんの気持ちはうれしい、俺からしたら正直一歩を踏み出すきっかけになったと思う、けど、まだ恋人として好きだとは言えない。けど、少しずつ君の事が気になり始めている。ずるい事言ってると思う、だけど、もう少し時間が欲しい」

「それは、必ず答えをくれると思って良いんですか?」

「それは約束する、もし約束を破るようなら、そこの二日酔いの静流さんでも使ってボコボコにしてくれ」

「私は嫌よ、痛いから。でも、分かったわよ、乗り掛かった舟だもの、最後まで見守るわ」

 なんやかんやで本当にいい人である、普通ならば、こんな事に関わり合いにもなりたくないだろうに、こうやってこの場に居て、ただいるだけじゃなくて、しっかりと見守ってくれている。

「先輩、私は待っていますけど。ずっとは待てません、待てなくて、襲っちゃうかもしれません、それでもいいですか?」

「よ、よくは無いんだけど、そこは俺が解消が無かったという事で」

「せ、先輩は、お、襲うの意味を・・・・」

「待ったぁ、それ以上は言わなくていいよ三条さん。分かってる、分かってるからね」

 流石に彼女の口からそんな事を言わせるわけにいかず、真也は慌てて言葉を遮った。

「じゃっ、返事も聞けたし、私・・・帰るね」

 スッと立ち上がり、笑顔で千春がそう答える、その顔には憂いが無く、清々しささえ感じる綺麗な顔だった。

「おう、また」

「うん、連絡、するね」

 本当に短い挨拶を、真也と千春は交わす。

 千春は友香に近寄り、そっと抱き着いた。

 慌てて立ち上がろうとした友香だったが、そのまま椅子にまた体を預ける形となってしまった。

「千春さん?」

「シー君、ヘタレだから襲っちゃったほうが早いよ」

「ちょっ、何を!」

「私、まだあきらめてないから、もたもたしてると、私がシー君寝取って、旦那様にしちゃうんだからね」

 慌てて反論しようとすると、千春はスッと友香から離れた。

 その瞳に大粒の涙が見え、友香は何も言えなくなる。

 千春はそのまま踵を返すと、両親の元まで走り去り、その顔を伺う事ができない距離まで離れて行ってしまった。

 離れた距離で、何かをポケットからだし、すかさず操作する。

 程なくして、友香のスマホに通知を知らせる音が鳴り、レインを開くと。

「(今回は色々ありがとう、これからも仲良くしてね)」

「まったく、直接言えばいいのに」

 一つ年上の女の子でライバルの彼女は、本当に憶病だったけど、友香にとっては本当にいい刺激になって、むしろ自分が感謝したいぐらいだった。

「おいおい、アイツ危なっかしいなぁ」

「先輩、心配なんですか?」

「いや、心配というか」

「可愛いですものねぇ千春さん。逃した魚は大きいかもしれませんよ」

「いたいや、目の前に居る魚が大きいかもしれんよ」

「言いますね」

「まぁ、色々あったからなぁ」

 思い返せば、ここまで1週間あるかどうかというような時間だったのに、酷く長い1か月ぐらいたったかのような錯覚に襲われるほどに、濃密な時間を過ごした気がしていた。

 こうして、一連の騒動は、幕を閉じた。



 1カ月後、10月も中旬、少し肌寒くなってくるころ合いのこの季節、朝が辛く、朝から机に真也はへばりついていた。

 ホームルームが始まっても、お構いなしに机と頬をくっつけたまま、適当に先生の話を聞き流す。

「あー、これはだなぁ、そのぉなんだ。正式に・・・・」

 何の話をしているんだ?

 まったく要領の得ない、歯切れの悪い担任の言葉に妙な違和感を覚え、そろそろ顔をあげるかぁ、などと思っていた矢先だった。

「具合悪いんですか?」

「は?」

 頭上から声がし、ゆっくりとあげると、そこには見知った顔で、まず間違いなくここに居るはずのない、千春の姿がそこにあった。

「俺はついに頭が壊れたか?」

「春奈お母さんに治してもらう?」

「いいえ結構です。多分死ぬから・・・・なぜ居る?」

「そりゃぁ、転校してきたからかなぁ」

「また不正か?」

「残念だけど正式な手続きで、ちなみに、部屋もシー君の家の隣なので、末永くお願いね」

 もはやふざけるなとか、そんな言葉は出てこなかった。

「えっとぉ・・・」

「お父さんとお母さんなら、許可貰ってるのと。シー君のご両親に口きいてもらって隣、借りれることになったの」

「なんで戻ってきた」

「シー君を、私に振り向かせるためです」

 おおや、キャーなど様々な黄色い声が教室内に上がりもはや収拾がつかない。

 どうやら、まだまだ俺と千春、友香の三角関係は続くのだと思うと、胃に大穴が空きそうであった。

 真也は、眩暈とともに、このまま眠ってしまおうと思い、目を閉じて、闇の中に意識を集中させるのだった。

 頭上では幼馴染がさぞ満足な笑みを浮かべているだろうと思いながら。

 移り変わらぬ気持ちもあるのだと、思い知らされながら。

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秋桜 第一章 茶色の花びらは、やがて赤く染まりて 藤咲 みつき @mituki735

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