あなたに、伝えなきゃいけないこと
『明日の夕暮れ、初めて会った岩場でお待ちしてます』
昨日のこの言葉が、1日経っても俺の頭の中でグルグルと渦巻いていた。
エヴァはあの時、伝えたいことがあると言っていた。それもあの場所では伝えられないこと。一体それが何を伝えようとしているのか、俺にはさっぱり検討がついていない。
告白の返事が決めきれず、返事を先延ばしにする為に咄嗟に出た嘘だろうか?
いや、それは無いだろう。エヴァはそんな面倒なことをするタイプでは無いし、だとしたらわざわざ明日なんて期限を自分から設けたりしないだろう。
なんてことをボンヤリと考えていると、居間の方からじいさんの声が聞こえる。
「おーい、新也!買い物行ってくれるか!?」
俺は気分転換も兼ねてじいさんの頼みを引き受けた。
・・・・・・
自転車を漕ぎながら、俺は初めてエヴァと会った日のことを思い出していた。
あの日もこんな風にじいさんから買い物を頼まれていた。あの日たまたま立ち寄ってあの場所で、あんな出会いが待っているとは思ってもいなかった。
エヴァのおかげで、俺の世界は確かに広がったような気がする。エヴァと合わなかったら、俺はきっと死ぬまで都会の喧騒に憧れたまま、この街に骨を埋める事になっていたに違いない。
そんな俺にとって、エヴァはまさしく太陽のような人だ。そんな彼女と一緒にいられたらと、柄にもなく思ってしまう。
そんなことを思っていると、俺は不意にあの時の疑問を口に出していた。
「結局、あの時の歌は何だったんだろうか?」
・・・・・・
そして買い物を終えると、あっという間に時間が過ぎていた。俺は、はやる気持ちを抑えながらエヴァとの待ち合わせであるあの場所へと向かった。
するとそこには既にエヴァの姿があった。俺が声をかけるよりも先にエヴァがこっちに気が付き、優しく微笑みながら手を振ってきた。
「新也さん、来てくれたんですね。嬉しいです」
「そりゃ当たり前だよ。だって俺も聞きたいことがあるんだから」
すると、エヴァは俺の瞳をじっと見つめて言った。
「大丈夫です。新也さんの疑問にもきっとお答えできると思うので」
そしてエヴァは俺に1つ質問を投げかける。
「新也さんは、妖怪とか、UMAとか、そんな生き物が存在すると思いますか?」
突然の質問に俺は困惑してしまった。質問の中身も、その意図も分からなかったからだ。しかし俺はどうにか答えを口にする。
「そんなの・・・いる訳ない。妖怪とか、UMAとか、そんなのは創作か人の勘違いだよ」
「そう、ですよね・・・」
俺の言葉に、エヴァはそう目を伏せながら言った。
そしてエヴァは続けて俺に言った。
「それじゃあ新也さん、最後の質問です」
そのエヴァの言葉に俺は思わず息を呑む。そしてエヴァは俺に尋ねる。
「わたしが次に何を言っても、信じてもらえますか?」
その質問に、俺は心からの気持ちを込めて言った。
「勿論だよ、エヴァ」
するとエヴァはホッとしたのか、緊張してるのか一つ息をつくと、夕焼けを背に言った。
「実は私、人ではないんです」
・・・・・・
エヴァの言葉に俺はただ立ち尽くすことしかできなかったが、時間をかけてどうにか言葉を紡ぐ。
「人じゃないって、どういうことだよ?エヴァは見るからに人じゃないか」
するとエヴァはこの質問を予想していたのか、時間を置かずに答える。
「新也さんは、人魚姫ってご存知ですか?」
人魚姫は有名な童話だ。俺はすぐさま答える。
「それぐらいは知ってるよ。確か王子様に一目惚れした人魚姫が、魔女にお願いして、人の足・・・を・・・」
「そうです、私はその人魚姫の遠い子孫です。」
そしてエヴァは続けて言った。
「それだけではありません。私の血統は異端の血統。私の血には僅かにですが、セイレーンの血が混ざっているんです」
セイレーン、自らの歌で船員たちを惑わし喰らう、空想上の生き物。
確かにそれは、あまりにも衝撃的な告白だ。けれど、それでも俺は!
「そんなの関係ない!それでも俺は、エヴァが好きだ!」
その言葉にエヴァは手で口を押さえ、驚いた表情を見せた。しかし、やがて涙を流しながら言った。
「ありがとうございます・・・っ!でもっ!ダメなんです・・・!」
その言葉に、俺はただただ困惑してしまった。そしてエヴァは涙ながらに話し始める。
「セイレーンは、人を誘惑し、食べることが出来なければ死ぬしかないんです」
「えっ、でも・・・」
そこまで言いかけて俺は悟った。あの日、歌を歌っていたのは他の誰でもなくエヴァだったんだ。
その事に気づいた俺は、行き場のない怒りに似た悲しみを溜め込む事しか出来なかった。けれど、俺は振り絞って俺は質問を口にする。
「じゃ、じゃあ何で俺を食べなかったんだ」
するとエヴァは大声で言う。
「そんなの!あなたに惚れてしまったからに決まったじゃないですか!」
その言葉に俺は呆然としてしまった。この少女は好きな人、俺のためにその命すらも投げ出していた。出会った時からそれを知って、それでも自分の望む選択をした・・・
するとエヴァは不意に俺と額を合わせて、言った。
「あなたに魔法をかけました。私との記憶が消える魔法を・・・」
俺を衝撃を受け、怒り半分に言う。
「何でそんな事するんだ!」
それにエヴァは冷静に答える。
「関わった人間の記憶を消して自分も消える、それがこの世界の決まりだからです。でも私はあなたに忘れてほしくない、だからこれを」
そう言ってエヴァは俺に小さなイルカの人形を渡す。
「これは・・・」
「私がこの世界にいた証です」
俺はただ、この人形をじっと見つめていた。
「それでは、もうお別れです」
「そんな!待っ・・・」
その瞬間、俺の意識がグラリと揺らぐ。嫌だ!俺は、まだエヴァといたい!
「待って・・・エヴァ・・・」
「さようなら、新也さん。愛してます」
その言葉を最後に、俺の意識は水平線に沈む太陽のように消えていった・・・
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