第8話 不可解な交通事故

「くそっ! ふざけんなっ!」


 弘和ひろかずは運転席に座るなり罵声を吐き捨てた。


 三軒の金融会社に行き、すべて融資を断られた。今日中に借金をしている別の消費者金融に、五十万を入金しなければならないのだ。


 本来ならば、今頃は大金をつかんでいるはずだった。ネットで見つけた腕の立つ呪い屋に、祖母の死を依頼してあったのだ。それが未だに効果が出ていない。金を払っているにもかかわらず効果がないのでは、詐欺もいいところだ。詐欺罪で訴えて、莫大な慰謝料をふんだくりたいところだが、その時間がない。とにかく、今日中に現金が必要だった。


 そもそも、こうなる前に祖母が金を用立ててくれたら、ここまで苦労しなくてすんだはずだった。だが金を借りに行ったら、門前払いを食らってしまった。そこでしょうがなく、いろんな金融機関で金を借りるハメになった。


 借金を返すために借金をして、その借金を返すために、また別の借金をするという、自転車操業状態におちいってしまった。もはや、呪いにでも頼るしかない状況だったのである。


 だが、その呪いも効果がなかったらしい。


「もっと遠くまで足を伸ばして、他の消費者金融を探してみるか」


 弘和はカーナビで消費者金融を検索しようとした。そのとき、助手席に置いたスマホが鳴った。どうせどこかの消費者金融からの支払いの催促だろうと思い、放っておくことにする。しかし、スマホの着信音は一向に鳴り止まなかった。


「このくそ忙しいときに誰だよ!」


 とりあえず電話の相手だけ確認することにした。スマホの液晶画面に目をやる。


「なんだ、おふくろかよ。なんの用事だ?」


 一瞬、母親の元にも支払いの催促の電話がいったのかと思った。だとしたら、電話に出ないわけにはいかない。弘和はスマホを手に取った。


「俺だけど、なんか用事か?」


「弘和、今、お婆ちゃんが亡くなったって連絡があったから、すぐに家に帰ってきてちょうだい。うちは父さんが長男だから、お葬式の準備をしないとならないのよ。分かったわね? ちょっと、弘和、聞いているの? 母さんの話、ちゃんと聞いているの?」


 途中から、母親の声は耳に入ってこなかった。



 祖母が死んだのだ。あの祖母が死んだのだ。祖母が死んだのならば、これで遺産が入ってくる。借金地獄から解放されるあてが出来たのだ。



「よっしゃっ!」


 身内が亡くなったというのに、歓声をあげて喜ぶ弘和だった。


「もしかしたら呪い屋の効果かもしれないな。ありがたい、ありがたい」


 さきほどまで訴えてやると息巻いていたが、一転、弘和は呪い屋に感謝した。


「それじゃ、家まで飛ばしていくか」

 

 車のアクセルを強く踏み込んだ。気持ちが高揚しているせいか、スピードをかなり出して、家路へと走って行く。


 前の交差点の信号が点滅し始めた。


「このスピードなら大丈夫だな」


 弘和が車のスピードを緩めずに、そのまま交差点に進入しようとしたとき、フロントガラス一面を漆黒の闇が覆った。


「うおっ! なにも見えねじゃんかよっ!」


 視界が完全にふさがれる。慌てて急ブレーキを踏む。



 タイヤが激しく軋む音があがる。そして、車体を大きく揺さぶる衝撃が走る。



 気付いたときには、車は電信柱に激しく衝突していた後だった。フロントガラスは粉々に砕け散って、めくれあがったボンネットは前衛芸術作品のように、不規則に折れ曲がっている。


 弘和は覚束ない足取りで、原型を留めていない車からなんとか這い出した。体中に痛みがあるが、幸い、命に別条はなさそうだった。


「く、く、くそっ……。さっきの……あの真っ黒い鳥は……なん……だったんだよ……?」


 呆然とつぶやく弘和の耳に、烏の鳴き声が届いた。

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