第5話―3

「えっ、印象ですか」

 フォルジナさんはジブ茶を飲みながら面白そうに俺を横目で見ていた。

「変わった人……ですかね。まだよく分かりません」

「面白い男ではあるわ。でもあんまり気を許さないでね。魔術師である事に変わりはないから」

「魔術師……って、普通の魔術を使う人と何か違うんですか?」

 魔術というなら俺も使う事が出来る。火をおこしたり水を操ったり。だがフォルジナさんが言っているのはそう言う意味ではなさそうだ。

「この世界の真理を探求する者……あらゆる犠牲を払ってね。その犠牲は自分だけとは限らない。だから深入りはしないように」

「はい……分かりました……」

 といっても俺には何が何だかわからなかった。見た目は普通の人だし、悪そうな人にも見えない。しかし本性はそうではないという事だろうか。

 俺は少し喉の渇きを覚えてお茶を飲んだ。

「うば……!」

 渾身のミスだ。またジブ茶を飲んでしまった。とりあえずこの家でお茶が出てきたときは気を付けようと思った。


「お願いするのはこれでいいですかね?」

「そうね。私の服とあなたの服。それと調理器具。あなたは武器は使わないし……これでいいんじゃない」

 俺とフォルジナさんはさっきの客間の隣の部屋にいた。床にはライオネルさんに強化してもらうものを並べて確認しているところだった。

 服も強化してもらうので、いったん泊めてもらう離れで用意してあった服に着替えている。俺もフォルジナさんもそろいのチュニックとズボンを身につけていた。

 何だか旅館で浴衣に着替えるみたいで面白かった。それに帽子をかぶっていないフォルジナさんを見られたのでちょっと得した気分だった。美人の人は何を着ても様になる。

 工房というだけあってこの部屋の机の上や壁には色々な道具が置かれていた。ハンマーやノコギリといったものから何に使うのか分からないものまでたくさん置いてある。部屋の隅には枯れ木が積んであり、他にも一抱えもあるような大きな石や天井から吊るされたドライフラワーもあった。

「じゃあ外に行きましょうか? 畑があるのよ」

「畑ですか? はい、分かりました」

 フォルジナさんと俺は客間を抜けて外に出る。家の横に行くとそこには畑が広がっていた。かなり広い。一〇〇ターフ一八〇mくらいはあるんじゃないだろうか。それに全部同じ作物じゃなくて、場所ごとに色々育てているようだった。キャベツ、トウモロコシ、ナス……他にもたくさんあるようだった。

「あっちにブドウがあるのよ。ちょっと味見していきましょう」

「勝手に取って怒られないんですか?」

「大丈夫よ。ここの作物はライオネルが食べるけど、一人だけじゃとても食べきれない。私たちがちょっとつまんだって文句は言われないわよ。それに……ほら」

 一番近くの畑に行くと、そこにはマーガレットのような案山子がいた。棒と何本かの枯れ木と板で作られた案山子……手にじょうろを持って水やりをしているようだった。

「一本貰うわよ」

 フォルジナさんはそう言い、足元の畑から野菜を引っこ抜く。赤くて細長い人参だった。その様子を案山子はしばらく見ていたが、それ以上は特に何の反応もせず自分の作業に戻った。

「駄目なら止めるわ。でも反応しないからお目こぼしされてるのよ、私たちは」

「そう、何ですかね」

「さ、行くわよ」

 フォルジナさんはニンジンの泥を払い、そのまま生で齧りながら歩き始めた。

「ここはリンゴね」

 そう言ってリンゴを一個むしる。

「これはバジル。いい香りね」

 葉の何枚かを千切り、軽くもんでから口に入れる。

「このバナナはまだ青いから駄目ね」

 そう言いながらもフォルジナさんはバナナを一本をもいで皮ごと食べてしまった。

「ほら、ブドウがあった!」

 確かにブドウだった。何本もの支柱が立てられブドウが生っている。少し実は小さいが巨峰のようなブドウだった。俺はまだこの世界の事を理解していないが、この世界にも俺の元居た地球と同じような植物、果物が存在しているらしい。

「これはちょうど食べごろみたいね……はい、ケンタウリも食べてみて。皮ごといけるわ」

「はい……」

 フォルジナさんからブドウを貰って食べてみる。赤っぽい皮ごと食べてみるが美味しい。サクサクした食感と甘み、酸味のバランスがちょうどいい。皮の食感も口には残らずいいアクセントになっている。

「すごいですね、こんなにおいしい葡萄まで作ってるなんて……」

 本当にすごい畑だけど、何かが気になる。この畑は何かが妙だった……。

「あの……リンゴとブドウって同じ時期でしたっけ?」

 他の果物や野菜にしても旬はそれぞれ違うはずだ。緯度の違う地域なら育つものもあるのだろうが、広いとは言ってもこの庭の中で気候が変わるわけがない。ハウス栽培ならまだ分かるが、そう言う事をしている様子もない。

「え? ああ、それね。ここは季節がないから何でも同じように育てられるのよ。ブドウは夏、リンゴは冬が旬かしら? 森の外は四月だからどっちも旬じゃないけど、それは関係ない」

「それも時間とか空間が歪んでるせい……って事ですか?」

「そうよ。この畑と森の一部はライオネルの魔術で閉鎖した空間になってる。天候も季節も制御できる。全てライオネルの意のままよ。ここからもう少し行くと牛とか羊が放牧されてるし、魚の釣れる湖もある」

「湖まであるんですか……」

 俺はブドウを食べながら辺りを見回す。畑の端から先は森が広がっているが、その森の一部も魔術で操作されているとなると……入る時にも森の中で奇妙な現象が開起きていたが、かなり広い範囲がライオネルさんの魔術の影響を受けているようだ。

「ひょっとして……すごい人なんですか? ライオネルさんって」

 俺の質問にフォルジナさんは少し考え、小首をかしげながら答えた。

「多分すごいんじゃない? 魔術師は自分の意のままになる空間を作ってそれを工房って呼ぶけど、それで言うとこの森や畑も含めて全部工房なのよねェ。魔術師の事は私もあんまり詳しくないけれど、これだけ広い空間に自分の魔力を通して制御するのは相当大変でしょうね。長い時間をかけて作り上げただけのことはあるわァ……」

「長い時間って……どの位ですか? 十年くらい?」

「さァ? 百年くらいじゃない?」

「百年?!」

 俺が驚くと、フォルジナさんは腕組みをして考え込む。

「私もライオネルとの付き合いは三年くらいなのよね。何歳って聞いたこともないけど……魔術師は自分の素性を明かしたがらない。聞いても教えてはくれないでしょうねェ……」

「でも百年って……百歳以上って事ですか?」

「でしょうね。でも二百年、三百年生きる魔術師なんてざらにいるらしいし、ライオネルもそのうちの一人って事でしょ。ずっと同じ場所で研鑽を積んでるから、これだけ広い範囲を操れるようになったんでしょうね」

「そう言うもんなんですか、魔術師って……?」

「どうかしら。私もライオネル以外の魔術師……真理の探究者は知らない。そう言う人は秘密を守るために、大抵人目につかない所にいるそうよ。その点で言うと、私のような冒険者と関りを持ってるライオネルは変わり者かもね」

 変わり者……俺はジブ茶を出されたことを思い出す。ちょっと変わった人かもしれないが、しかしそれはあまり関係なさそうだった。

「じゃ、適当に野菜を収穫しておいて。料理はあのマーガレットがやってくれるから。食べたいものがあれば、お願いすれば作ってくれるわよ」

「はい、分かりました」

 俺が作ります! と言いたいところだったが今は魔獣の肉がない。仮にあったとしてもライオネルさんは食べられないから、普通の肉で調理するしかない。

 そうなると魔獣料理しか作れない俺よりも、あのマーガレットの方が適任なのだろう。あんな案山子のお化けみたいなのに料理で負けるなんてちょっとショックだけど……。

 俺は残っていたブドウを食べ、茎をその辺に捨てる。するとガサガサと草むらから何かが現れた。それは……大きなゴキブリのような虫だった。動きはゆっくりで、大きさも一シュターフ三十cmとかなり大きいが、見た目はゴキブリそっくりだ。そいつは俺が捨てたブドウの茎に近づくと、それをかじって食べ始めた。ゴミ掃除……なのだろうか?

 そう言えば周囲の森の近辺には雑草が繁茂しているが、畑の範囲には草一本生えていない。雑草や生ごみの処理も含めて、この庭は完結した環境になっているようだった。

 俺は感心しながら、今日の晩御飯の献立を考えつつ野菜を収穫していった。





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