失踪。
田畑に地元の駅まで送られ、スーパーに寄ってから夕夏は帰宅した。
「ただいま。あなた遅くなって…あなた?」
自宅の電気は点きっぱなしで、夫の気配はなかった。
「あなた…いないのですか?」
自室にも寝室にもトイレにも風呂場にもいなかった。
疑問に思うも、遅れた分、早く晩御飯の支度をしなければと用意に取り掛かった。
「どこに行ったのかしら」
夕夏は夫の帰りを待つ間、考えていた。
昨日のリモートを見た夫がどんな反応をするのか気になっていた。
達してしまい、身体を落ち着けてから夫に向き合い、話しをし、リモートを切る直前には、勢いでつい言ってしまっただけだと伝えていた。
もしかしたら夫は気付いてるのかも知れないが、昨日の件でもう田畑とは離れられる気がしなかった。
夕夏は嘘を吐くのが嫌だった。でも夫が嫌なことはしたくなかった。
離婚も嫌だった。
歳は一回り上だが、田畑は確かに良い男だった。しかし何人も囲っているような男だった。
将来を考えた時、幸せになれる気がしなかった。
夫は夕夏を愛してくれていた。この三か月で再認識したその気持ちと、今のこの自分の卑しい気持ち。
元々夕夏の嫌がることはしない優しい夫で、田畑とは真反対な性格だった。
しかし、田畑を知ってしまえば、あの快感を味わってしまえば、この関係を維持するためには嘘をつくしかないのかと思い至ってしまった。
夕夏が感じていないと嘘をつけば疑いながらホッとしていて、夕夏が気持ちいいと本当のことを言えば疑いながら苦しむ。
元々表に感情を出すのが苦手な夫だったが、夕夏がそこに見たのは愛だった。
自分を愛しているからこそ、嫉妬しているからこそ、苦しむ。普段表に出さない表情、苦しんでくれている夫の顔が堪らなく嬉しく唆った。そんな邪悪なことに気づいて止まれなくなっていた。
「ふふ」
ふと、髪を風がさらった。
「風…?」
目を向けたベランダの戸はほんの少しだけ開いていた。
ベランダに向かうも誰もおらず、ふと思い立ってベランダから下を覗くも何もなかった。
何か、不吉な予感が夕夏の頭を過った。
◆
結局、その日夫は帰って来なかった。何度もコールするが、繋がらなかった。
不安が募るが、自身の状況からすぐに警察には掛けられなかった。
ショックを受けて、気持ちを落ち着かせるためにネットカフェにでも行ったのだと思った。
翌日、職場に掛けると有給を取っていた。
ただそれは今日だけだった。もしかしたら夫はいつまでも待つつもりで取っていたのでは、そう思った。
だから家を出て探しに行きたいが、もしかしたら入れ違いになるかもしれない。
夕夏自身どうしていいかわからなかった。
そんな時、田畑から連絡が来た。
『旦那さんは説得できたか?』
田畑はこの三回で終わらせるつもりはなかった。また約束させるつもりだった。
夕夏は藁をも縋る気持ちで夫がいなくなったと伝えた。
『…それは心配だな。頭を冷やしてるんじゃないか。心配しなくてもいい。俺も探してみよう』
「は、はい…お願いします」
もちろん田畑には探すつもりなどなかった。
これはチャンスだと捉えていた。
『ああ、そうだ。彼も楽しんでるんじゃないか?』
「…え…? あ、ああ、そう…かも…ですね」
夕夏はそう言われて心臓を掴まれた様な気がした。まともに立ってられないくらい身体が冷えていった。
自分の事を棚に上げ、田畑が教えてくれた浮気相手のところにでも本当に行ってしまったのかと思った。
気持ちは落ち着かず、掃除をしながらウロウロとし、何かないかと夫の部屋のゴミ箱を開けてみた。すると中からプレゼントの包装紙が出てきた。
夕夏の好きな色で包まれた、プレゼントの箱だった。
それがぐちゃぐちゃに丸めらて捨てられていた。
同封されていたであろうメッセージカードを丁寧にシワを伸ばして読んだ。
「夕夏へ。愛してる……」
夫らしい、短い告白だった。
そしてぐちゃぐちゃの箱の中には何も入ってなかった。
必死になって家中探すも、中身は見つからなかった。
「プレゼント…用意してくれていたの…?」
昨日は夕夏の誕生日だった。
子供が出来た時の為に貯めておいて欲しいからと夕夏はプレゼントもケーキも要らないと伝えていた。
夫と一緒に祝えればいいと去年伝えていた。
日付が変わる前には帰ると約束していたことも、夕夏はようやく思い出した。
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