🍑 桃太郎(7)玉門島の合戦

 その時、イネが小屋に掛け込んできた。顔一面に、返り血がしたたっている。


「キジノ様! 一大事でございます。敵が宮殿を奇襲し、女王陛下が討ち死にされました。大将の方々も果敢に応戦していますが、なにせ酒宴中だったため、討ち取られる方が続出しています」

「な、何だと! 敵は誰だ?」

「鬼丸一味と思われます。鬼丸の姿を見た者がおりますし、髑髏されこうべを描いた旗指物はたさしものが多数確認できます。

只今から、キジノ様が新女王です。ご命令をお願いします!」

「そうか。イネ、お前を侍大将さむらいだいしょうに任ずる。外にいる兵を呼べ!」


 女鷲族は一人残らず生まれた時から戦士だ。女王が総大将そうだいしょう(総司令官)で、侍大将は総大将を補佐する副官に相当した。従来、侍大将はキジノだったが、島を離れていたので、実質的に空席だったのだ。


 外にいた兵5人が、小屋に入ってきた。皆、顔に殺気が満ちている。

「いったん引いて、体勢を立て直すぞ。同時に、敵の規模や配置を探索するのだ。山の中腹にある洞窟を指揮所とし、集まれる者はそこへ集合。子供の保護と避難が最優先だ。お前たち3人は、伝令となって、その旨を皆に伝えるとともに、敵情を探れ。敵に見つかるなよ!」

「はい!」

 3人の兵は飛び出していった。


「あとの2人は、私とイネに付いて来い。ただちに指揮所に向かう。桃殿にも同行していただく」

「あの、犬千代と猿若も牢から出して、同行させてください。お願いします!」

「そうですね。しかし、2人は浜にある牢屋にいるはず。方向が逆だ」

「私が行って、お連れします」

 イネが申し出た。


「お前たち、命に代えてでも女王陛下をお守りせよ」

 そう言い残して、イネは出ていった。

「桃殿、こちらです」

 キジノたちは、炎上する宮殿とは逆方向の茂みの中に入って行った。



 そのころ犬千代と猿若は、海岸近くの洞窟を利用して作られた牢の中で、外を眺めたり、立ったり座ったりして落ち着かなかった。上の方から、雄たけびや物が焼ける音が盛んに聞こえてきたからだ。

「これは、何かあったぞ。反乱かもしれないな。どう思う、猿」

「何者かが、島に攻め寄せたのではないかな。海賊とか、鬼丸一味とか」

「鬼丸一味か! それなら、俺が行ってぶった切ってやる。牢を破るから、お前も手伝え」

「止めた方がいいですよ。ここで大人しくしてましょう。戦いが終われば、勝った方が来るでしょうから、カネを渡して出してもらうのです」

「オメエ、まだカネ持ってたのか!」

「あ、これは自分の分です。あなたにはあげませんよ」

「おい! 俺たち仲間だろ」

「どうですかね」

「ほう。なら、ここでお前を絞め殺して、カネを頂戴するまでよ」


 その時、牢の前にイネが現れた。

「鬼丸一味と思われる者たちの襲撃で、宮殿が炎上、女王陛下が討ち死にされましたた。ただちにキジノ様が新女王となり、山の上の指揮所に向かいました。桃三十郎殿も一緒です」

「何だと! 今すぐ、ここから出せ」

「はい。その命を受けて、ここに来ました。お二人には、なにとぞご加勢いただきたい」

 そう言いながら、イネは牢の扉を開錠した。

「俺たちの刀を返してもらおう」

「持ってきました」

 イネは、それぞれに刀を返した。


「お! 刀がピカピカではないか!」

 抜刀した犬千代が叫んだ。

「はい、ぎ師に命じて研がせておきました」

「これはかたじけない」

「ハハハ。なかなかの業物わざものですな」

 実は、犬千代の処刑後に戦利品としてイネがもらい受けようと、研がせていたのだ。


「猿若殿の刀もお返しします。ただ、お見受けしたところ、猿若殿は接近戦には向いておられないようですね」

「おっしゃるとおりです。私は団子屋ですから、武芸はからっきしダメです」

「ならば、刀はいざという時のために身に付け、戦いではこれをお使いください」

 イネは猿若に、小型の弩弓(クロスボウ)と、矢が入ったうつぼを渡した。

「おお、この弓は威力がありそうですね」

「これは子供用ですが、それなりに威力はあります。使い方はあとでお教えします。では、こちらへ」

 3人は、牢の後ろの茂みに入っていった。



 山の中腹ちゅうふくの茂みの奥に、洞窟があった。

 洞窟の出入り口は、外からはほとんど分からない。しかし、中に入ると意外に大きな空間が広がっている。一角には、普段から武器や食料などが備蓄されていおり、いざという時には、一時避難所兼戦闘指揮所となる。


 奥の一段高くなっている場所にキジノが腰かけている。そのまわりをイネを初め、女鷲族の幹部や兵が取り囲む。桃三十郎ら3人の姿もあった。


 子供たちは、いったん洞窟に集まったのち、兵に守られながら、さらに山の上にある避難所に避難していった。


「我が方の損害を報告しろ」

 キジノがイネに命じた。

「討ち死にした大将は以下のとおり。前女王陛下、徒士かち第1隊から第4隊までの各大将、第2軍船および第4軍船大将、長弓第3隊および第4隊大将、弩弓第――」

「兵の損耗そんもうは?」

「討ち死に約30、負傷約50――」

 惨憺さんたんたる大損害だが、キジノは無表情のままだった。


「陛下、前女王陛下のお近くにいたにもかかわらず、お守りできず、誠に申し訳ありません! これは万死に値する失態でございます」

 辛くも宮殿から撤退してきた大将の一人が、声を絞り出した。

「自分の身の処し方は、敵を撃退してからにしろ。次に、敵情の報告!」


「は! 敵の兵力は約500。鬼丸一味と見られますが、西国さいごくの海賊も一部加わっている模様。数日前、密かに本島西岸に上陸し、襲撃の機会を窺っていた形跡が見られます。我が方の奮戦により、敵にも相当の損害が出ていると見られます。

それから、物見の報告によりますと、本島周囲の海上に、正体不明の船が多数集まっております!」

「それらはおそらく海賊船で、鬼丸一味から渡海とかいを請け負ったのだろう。海賊らは襲撃の成り行きを見守っているはずだ。鬼丸一味の企てが成功すると見れば、上陸してくるに違いない」

 その場に、重苦しい空気が流れた。


「よし! 決めた。我々は、鬼丸一味を本島から追い払うのではなく、本島内で一人残らず殲滅せんめつする。そうしなければ、再び襲ってくるだろう」

「私もそれに賛成です。おそらく彼らが上陸したのは、西浜にしのはまと思われます。そこには海賊船から乗ってきた小舟があるはずです。その小舟を破壊し、奴らの退路を断ちましょう」

 イネが進言した。

「そうだな」


 その時、一人の斥候せっこう兵が駆け込んできた。

「お知らせします! 敵主力は、宮殿前の広場に集結中! いったん態勢を整え、こちらに向かってくると見られます」

「フン、この島は我らの家のようなものだ。地の利は断然こちらにある。では、討ち死にした大将の後任を任命し、その後各隊の戦闘配置を申し渡す!」


 キジノは矢継ぎ早に命令を下していく。

「へー、あれがちょっと前まで菊乃だったとはね。信じられねぇ。なあ、桃の実」

「ええ、そうですね。私は、すんでのところで女王――亡くなった前の女王ですが――に、大事なものを食われることろでした」

「そうらしいな。イネから聞いたよ。だが、すでにキジノに食われてるんだろ?」

「ええ。なかなか、いい塩梅あんばいでしたよ」

「そんなふうに、真顔まがおで言うもんじゃねぇよ」


 命令を受けた兵たちは、続々と出撃していった。

「おっと、俺も行かなくては。何としても鬼丸メを倒す。菊乃、いやキジノ……キジノ殿、いやキジノ様か、俺も行きますぞ」

「かたじけない、犬千代殿。鬼丸は、形勢不利と見れば、必ず西浜に来るはずです。西浜に行く隊に加わり、西浜で潜んでいてください。イネ、隊長にその旨伝えてくれ」

「承知!」

「さーて、腕が鳴るぜ。おい、猿、俺についてこい!」

「は、はい。私は犬千代殿の後ろに隠れてますので」


 あとには、キジノ、イネ、護衛・伝令役の兵10人程度、そして桃三十郎が残った。

「私も行かねばなりませんね、キジノ殿」

 桃三十郎は、いちおう言ってみた。

「いえ、桃殿はここに残って下さい」

 桃三十郎は、内心ほっとした。しかし、いちおう、もう一度言ってみた。

「いえ。皆が出撃したというのに、私だけ残ったのでは申し訳ない」

「ハッキリ申し上げると、桃殿が行っても、足手まといになるばかりです。それに、桃殿がそばにいてくれると、なぜか心が落ちつきます」

「ハハハ。そこまでおっしゃるのなら、ここにおります」


 浜に近いあたりから、盛んに声が聞こえてくる。乱戦になっているようだ。

「海上の海賊船から見えるよう、火矢の信号を上げろ。『女鷲族勝利』とな」

 キジノが兵の一人に命じると、兵は走り出ていった。


 しばらくして、伝令兵が飛び込んできた。

「我が方、優勢! 敵は敗走開始」

「おお、そうか! ご苦労。お前は水でも飲んで少し休め。伝令兵! 全隊に追撃するよう伝えろ。一人いちにんたりとも生かしておくなとな!」

「は!」

 別の伝令兵が飛び出していった。


 鬼丸の軍勢は、西浜に通ずる小道を走っていた。

 あたりは暗闇だから、松明たいまつをかざさざるを得ない。

 すると、道の上の方の森蔭から、ひゅんひゅんと矢が飛んできた。そのたびに、何人かうめき声とともに倒れた。


 矢が飛んでくる方を見ても、ただ不気味に静まった暗闇が広がっているだけだ。

 女鷲族は夜目が利いた。それに、島の地理は熟知しているから、松明をかざす必要はない。しかも、彼女らの動きは、極めて俊敏なのだ。


 細道で隊列が長く伸びたところへ、上方から狙い撃ちにされたからたまらない。西浜にたどり着いた時には、鬼丸の軍勢は10人程度にまで減っていた。

 しかも、海賊船に戻るために係留してあった小舟は、ことごとく破壊されている。さらに、沖で待っているはずの海賊船の明かりは、一つも見えない。

 

 西浜で呆然としていると、浜を取り巻く茂みが一斉に動き出し、そこから女鷲族の兵たちが飛び出してきた。中に、ひときわ図体ずうたいのデカい者がいる。


「逃げようたって、そうはいかねぇ。悪逆非道の鬼丸メを成敗しにまかり越した犬千代様とは俺のことよ。鬼丸! いざ尋常に勝負しろぃ!」

 犬千代の獅子吼ししくが響き渡った。

 

 すると、敵はいっせいに槍や刀を放り出し、その場に土下座した。

 そのうちの一人が、哀れげな声で叫ぶ。

「降参しますので、命だけはお助け下さい。鬼丸様はここにはおりません!」

「何だとー! 鬼丸はどこだ!」

「ここへ来る途中で、わしらとは別れて一人でお逃げになりました」


《続く》




 

 

 

 

 



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