第26話 さぁ、真の魔法をお見せしよう

「おいで、ドラ公。君の尽くを砕いてあげる」


 魔眼の魔力を軽く解放した。

 強く握った杖先はヒドラ・ベネヌドラコに向け、大きく顎を開いて威嚇するドラ公の前で、私はただ待つ。


 数秒後、隙を窺っていたドラ公が動き出す。


 赤黒い猛毒液を吐き出すドラ公。

 対し私は、左眼の神眼で見つめる。


「この目に宿りし浄化の光。【暁】──開眼」


 瞳の中に太陽を模した魔法陣が浮かぶと、毒液は私に降り掛かる前に蒸発した。

 これが左眼の力。【太陽の権能】だ。

 どんな世界にも太陽は存在する。

 命ある星の中心に位置し、いついかなる時もその輝きを星に与える太陽は、生命エネルギーの塊である。


 実はそんな太陽自体を宿しているんだけど、これはまだ秘密。誰にも教えていないんだ。


「この目に宿りし破壊の光。【宵】──開眼」


 次は右眼の魔眼をちょびっと解放。

 杖に絶えず魔力を送るだけでいいので、本当に少しだけ。しかし、そのも次元が違う。

 魔眼の名前は【宵】。【月の権能】を有し、破壊の力を宿している。私の持つ無限の魔力の正体であり、魔物が私を恐れる理由。


 底無しに暗い右眼を見た者は、知能が高い魔物ほど精神が崩壊しやすい。



「さぁ、楽しもう。今宵は満月だ」



 杖を掲げると、部屋の中に満月が権限した。

 白く輝く月の光は、浴びた存在に魔力を注ぐ。

 夜になると魔物が活性化するのは月の光が原因だって、前にも言ったっけ。


 ドラ公が大口を開けて突っ込んで来たが、私の前にある見えない壁に受け止められ、大剣の様な牙が二本折れた。

 言ってないけど、太陽光には対魔の力がある。

 光魔法とは、太陽魔法なのだ。


「我が魔力を糧に、破壊せよ。月の根源」


 一級魔法の詠唱を終えると、杖の魔水晶に月光が反射し、光の槍となってドラ公の腹を貫く。

 光魔法とは、ある種の月魔法なのだ。


 月の破壊の力は、太陽が持つ生命の力と対となる。

 生まれ、死に、作られ、壊れる。

 形あるモノはやがて終わりを迎え、終わりを迎えたモノは新たに生まれる。


 輪廻転生を司る二つの星を前に、傍観が許されるのは私だけ。


 のたうち回るドラ公を前に、私は杖を構える。

 大きく息を吸い込み、紡ぐ言葉に魔力を乗せる。



「──放ちたるは鮮血の炎! 咲け、業火絢爛!!」



 ぽふっと、杖の先端から細い煙が出た。

 見守っていたリブラが首を傾げた瞬間、ヒドラ・ベネヌドラコは内臓から大爆発を起こし、詠唱通り鮮血の炎を咲かせた。


 これぞ私の必殺技。

 名付けて『期待外れアタック』と言ったところか。

 猫騙しと言った人には、五分に一度、靴紐が解ける呪いを掛けよう。

 弱いと言った人にはお茶碗を持つとき、三回に一度滑ってひっくり返す呪いをプレゼント。


 これはカッコイイ必殺技である。いいね?



「ふっ、またつまらぬものを爆破した......」


「......能力、使いすぎでは?」


「まずは『カッコよかった』と言いましょう」


「カッコよかったです。で、使いすぎでは?」


「別にいいじゃん! カッコイイんだから!」


 小言を頂いたけど、ドラ公は木っ端微塵になった。

 飛び散った内臓や諸々の肉片はダンジョンに吸収され、また新たなダンジョンボスを生み出すことだろう。


 振り返ると、七人が呆然と立ち尽くしていた。

 私はローブを脱ぐと、手を叩いて進行を促すが、誰も意識が帰ってこなかった。


 もう戦えそうにないので、一度撤退しよう。


「一節──【繋げ】」


 足元に空間魔法を展開し、全員をダンジョンの外に転移させた。

 ふっふっふ、これも驚いてくれること間違いなし。


 なんて甘い理想は砂糖のように溶け、地上に出ても心ここに在らずと言った七人。

 暫くは動きそうにないので、使ったポーション代をリストにまとめつつ、時が経つのを待った。



「あれ? ここは......外?」


「あ、起きた。リブラ〜! 説明おねが〜い」


「雑用係ですね、分かりました」


 言葉に棘が生えてる。頬がチクッとした。

 リブラが雑用係として当たり障りのない説明をしていると、段々と調査隊の意識が回復した。


 流石に月を出したのはやり過ぎたかな。

 一応、その場で作った偽物だから人間への影響は少ないはずだけど、そんなことは誰も知らないもんね。


 さて、念の為ためにダンジョンボスを討伐したら転移したと説明したけど、実際は違う。

 まだあのダンジョンにはボスが居る。



 それも、ドラ公よりも強い魔物だ。



「リブラ、村までお願いできるかな」


「はい。大丈夫だと思いますが、お気を付けて」


「ふふ、ありがとね。行ってきます」



 というわけで帰ってきたのは最初の聖域。

 進むべきは右ではなく左の道。あの時「右に行った方が良い」と言った狩人は、恐ろしく勘が鋭い。


 この先はオークすら発生できないほど、高濃度の魔力が漂っている。並の人間なら魔力酔いを起こすほど、空気が悪い。


 奥に進むと、視覚化した黒い魔力の壁に当たった。

 目に見える濃度の魔力は、ドラゴンですら不可能な力の証。

 相手は......うん、ね。


「こりゃ本当に世界が滅ぶレベルだにゃ。上位の悪魔か、下位の神か。あ、違う違う、鬼が出るか蛇が出るか、だね」


 杖の先端を壁に当て、魔眼の力でちょっぴり魔力を流し込む。すると壁は霧散し、魔水晶が取り込んだ。

 この魔水晶には吸収した魔力の解析能力がある。

 どうやら壁を作った存在は、奥の扉......ボス部屋に居るらしい。


 いたずらに世界を救いたくないけど、今回は事故ということで目を瞑ろう。


 そっと扉に手を触れると、かのように、重たい壁が動いた。



『......アアアアアアアア!!!!!!』


「ほう。神でも悪魔でも無いと。面白いね」



 中央にあったのは、全ての魔物の肉を固めた異形だった。それは生物と呼ぶには冒涜的で、物と呼ぶには愛らしい。


 イレギュラー。理を外れた何かがそこに居る。


「解析しても良いけど、それだとつまらないよね」


 事故防止のため、魔水晶を付け替えた。

 今から起きる戦闘は、人間が魔物を狩る、或いはその逆の摂理に反する。


 魔女によるイレギュラーの救済。


 ただ傷つけ、癒すだけでは無い魔法の使い方をする。

 理を外れた存在には、理の外れた力で対抗しよう。

 私には、それができるだけの力がある。


 異形から伸びる手を躱しながら、言葉を紡ぐ。

 足元、魔眼、神眼、杖の前に現れた魔法陣から、膨大な量の光の魔力が溢れ出る。



「魔女が命ずる。降り注ぐは光の刃物。影を刺し、闇を切り開く。混沌たる膿は嘆きの怨恨。黎明を待つ世に曙を。夜を分かつは日輪の欠片」


 ────【白日顕現】────




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 暗い森の中に、陽光が差した。

 生まれることを拒まれ、生まれた後に棄てられた。

 温かい光が、あたしのことを教えてくれる。




 泣きながらあたしを棄てた、お母さん。

 命をかけてお母さんを愛した、お父さん。

 あたしを棄てたい沢山の獣人。


 不吉とされる桃色の獣人。それも、ずる賢いと言われる狐の獣人のお母さんは、村のみんなに嫌われた。


 お父さんはお母さんが大好き。

 お父さんは、お母さんのことを『聡明だ』と言っていた。

 理由も無くみんなに嫌われるお母さんを、ずっと、ずっと、ず〜っと愛していた。


 お父さんのお家にお母さんが住み始めた。

 「幸せだね」って、二人は喜んだ。

 でも、村の人たちは幸せじゃなかった。


 お母さんのことを「不吉」「穢れた獣人」「化け物」と言って、迫害した。

 お母さんの心と体がボロボロになった。

 お父さんは、「不吉じゃない。幸せを呼ぶ人だ」と村の人に言って回り、そして──


 殺された。


 お父さんのお墓は建てられなかった。

 でも、お父さんのことを信じてくれた人が埋めたとき、お母さんのお腹が大きくなった。

 これが、あたし。


 お母さんは、赤ちゃんが産まれたら、いよいよ私も殺されると思って、お母さんは村を出た。

 一人での生活も、お腹が大きくなるにつれ、難しくなっていく。それでもお母さんは、一人で産んだ。


 あたしが産まれてすぐ、お母さんの背後には、大きな斧を持った獣人が立っていた。

 今までお母さんがひっそりと暮らしていたことを、みんな知っていた。知った上で、泳がせた。


 産まれたあたしが桃色の毛の狐獣人だと分かると、獣人は斧を振り下ろした。


 お母さんの頭に向かって。


 何度も何度も、斧は振られた。

 飛び散った血と、赤ん坊の泣き声。

 必死に斧を振り下ろす吐息と、冷たい雨。


 このままでは、数時間もすれば死んでしまう。

 そんな赤ん坊の声を聞いて、ゴブリンの群れが来た。

 斧を持った獣人は必死にゴブリンの頭をかち割るけど、数の力に負け、生きたまま食べられた。


 そしてゴブリンは、あたしを食べずに洞窟の中に運んだ。

 その時だった。洞窟の入口が閉じ、中のゴブリンごと大きな魔物に食べられた。

 それはやがてダンジョンとなり、暗い、大きな部屋の中に、大量のゴブリンの死体と共に閉じ込められた。


 だけど、赤ん坊の命はもう限界。必死に、必死に手を伸ばしてゴブリンの死体に触れると、赤ん坊の周りを死体が覆い始めた。


 何度も落ちてくるゴブリンの死体を、その死体の塊は吸収し、大きな塊となる。そうしているうちに、人間が入り込んだ。

 二人ほど、人とは思えない力を宿して。


 あたしの前に、銀色の髪が靡いた。

 大きな杖の先に、キラキラした何かがあった。

 そのキラキラを追っていると、お空に明るいお日様が現れた。

 温かい光はあたしの手を優しく取って、醜いゴブリンの死体を割った。


 そして──



「......獣人の赤ちゃんか。幸か不幸か、並の人間の数百倍は魔力があるね。ダンジョンが取り込み切れなかったのかな?」



 あたしを優しく抱きしめたお姉ちゃんは、とても、とても温かかった。

 まるで......死ぬ直前に抱きしめてくれたお母さんのように。

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