第16話 憂いなし
紫の残滓は熱気を残して夜空に消えた。考えるよりも先に体が動いた。木々の間をくぐり抜け、花畑を目指して走る。脚の回転が遅い。自身の体の重さを呪う。
花畑に出る、というところで思い直し、ブロンズは足を止めた。周囲に銅の礫を生成し、身を屈めながら慎重に進む。
木の後ろから顔を出し、様子を確認する。朝とは全く景色が異なり、一瞬、道を間違えたのかと錯覚した。花畑の中央から、夜空を覆い隠すような巨大な花が花畑全体を守る傘のようにして鎮座していた。巨大花には点々と紫の火が付き、淡く空に浮かんでいた。
地上に火は燃え映っていない。このような芸当ができるのは十中八九ブルームだろう。
そして、巨大花の周囲を回遊するようにして例のドラゴンが浮遊していた。リーフを殺し、村を焼き払った元凶。数は一。距離的は遠く、ブロンズの銅は届かない。
ブルームを含めた群れは巨大花の下にいるようだった。皆で固まり、怯えている子も居れば反撃をしようと目を尖らせている子もいる。
ブルームは中でも冷静な表情をしていた。群れは彼に任せておけば大丈夫だろう。
浮遊するゴーストとの距離ができるだけ離れたタイミングを見計らい、悟られないよう、木の影から体を出す。
ゴーストは目が無い故、それ以外の感覚で視覚を補っていると以前考えた。百メートル以上距離は離れているが、木の枝を踏んだ音ですら聞こえてもおかしくはない。
物音を立てないよう、移動を始める。
ブルームの足元から花々が芽生え始めていた。群れのドラゴンたちと攻撃へ転じる判断をしたのか、その他にも様々な植物が姿を現している。
ゴーストが紫の光を収束し始めた。巨大花がそれに応えるように、花弁を更に広げる。一瞬の出来事だった。まるで捕食をするように、巨大花はゴーストを呑み込むようにして花弁を閉じた。
しかし、紫の光が花弁の隙間から漏れ出したかと思うと、爆発が起こった。爆風が通り抜け、ブロンズの背後の木々を揺らし、思わず目を瞑る。
再び目を開けたときには、ボロボロになった花弁から煙を上げながら、項垂れる巨大花と、その中から全くの無傷で現れるゴーストが視認できた。
(自爆狙いか)
ブルームの策略は失敗に終わったようだ。しかし、その間にも慎重に歩を進める。
距離、およそ五十メートル。銅の礫はギリギリ射程圏内だが、良いダメージは期待できないだろう。できるだけ近距離で、不意をつく。
ブルームがさっとこちらに視線を向けた。どうやらブロンズに気が付いたらしい。そして、銅の礫を見て思惑も察したようだ。小さく頷き、彼は再び頭上のゴーストへと視線を移す。ゴーストは敵を見失っているようだった。
「全員、やれっ!!」
ブルームの掛け声にゴーストが反応、身を翻し、口に光を収束させながら、高速で群れへと接近する。だが、途中で無数の植物の葉や茎、根に阻まれ、減速する。その隙に足に絡まった根によってゴーストは前のめりにバランスを崩し、体勢を崩しながらも炎をまき散らす。
無造作にまき散らした炎は効果的であり、周辺の植物や、足に絡んでいた根が燃え尽き、地面の花々にも火種が落ちる。自由となったゴーストは奇声を上げながら再び光を溜め始め、接近を試みる。
残り二十メートル。
瞬間、ゴーストの真下の地面が盛り上がり、巨大な根が彼の顎を上へ弾き飛ばした。紫の炎が真上へ放たれ、巨大花の花弁をかすめた。続いて二つ目の巨大根が地中から現れ、ゴーストを横から鞭のように打ち、吹っ飛ばす。
しかし、空中で体勢を整えたゴーストは、上空へ飛び上がりながら、紫炎を吐く予備動作を始めた。巨大根を脅威ととらえ、地面から離れる戦法を取ったのだ。
五メートル。
すべて予想通りだ。
「させないよ」
ゴーストは頭を勢いよくぶつけ、よろめいた。そこには銅の板が浮遊していた。更に、ブロンズの言葉にゴーストが反応したことが仇となった。意識の隙をついた巨大根が接近し、銅板の上からゴーストを地面に叩きつけた。
ちょうど、ブロンズの目の前。
銅の礫が至近距離で発射される。
鋭利な銅の先端が次々と刺さり、ゴーストは悲鳴を上げた。生成しては飛ばし、生成しては飛ばすを繰り返す。
ゴーストの皮膚が裂け、血が溢れ出す。
「終わってくれ……!」
ブロンズの願いは打ち砕かれた。
根に押し付けられたゴーストは、礫を受けながらもゆっくりと顔を上げた。ブロンズは息をのむ。その口には、光が収束しきっていた。
脳を裂くような光が記憶を刺激する。どうしようもなく、それを受け入れるしかなかったあの日と重なる。
ブロンズの銅の礫などお構いなしとばかりに、その標準が定まる。巨大根がブロンズを助けまいと迫るが、確実に間に合わない。
抵抗できなかったあの日と、今は、違うはずなのに同じだった。
非常にゆっくりな世界の中、ブロンズは目を閉じようとして、やめた。
(まだ何か……状況を打破できる、何かを……)
そして、視界の端に映ったそれに気が付いた。判断は早かった。
ブロンズは礫の生成をやめ、ゴーストとともに下敷きになっていた銅板を操作、引っこ抜き、二匹の間に壁のようにして立たせた。直後、炎が勢いよく放たれ、銅板に直撃する。銅板はみるみるうちに溶けるが、追加の銅を生成し、何度も補強する。それでも圧倒的に間に合わない。良くて、一秒にも満たない時間稼ぎ。
結果的に、ブロンズの決断は彼の命を救うことになった。
「ブロンズー!!!」
何者かに抱き抱えられ、ブロンズは一瞬体が浮いたが、
「うっ、重……」
すぐに引きづられる形になった。目をやると、ブロンズが先ほどまで居た場所は炎に包まれていた。
「ありがとう、ちび」
ブロンズの首元を抱えながら心配そうに顔を覗き込んだ幼いドラゴンに笑みを返す。ちびは誰かの上に乗っているようだ。
「うう、よかったぁ……あぶなかった……ブロンズ〜……わわっ」
ブロンズに蔦が巻きつき、バランスを崩したちびの代わりに身体を支えた。
「なんなのよあいつ。あたしたちの花畑が……!」
グラスはゴーストを敵意たっぷりに睨みつけた。
「君は……」
ちびと、グラス。そして、知らないドラゴン。ちびとグラスはそのドラゴンの背中に乗っている。彼女は足元の水を波のように操り、その上に乗ることで高速移動を実現させていた。
ちびとグラスが交渉をしに行った、海のドラゴンとは彼女なのだろう。
「海の?」
「海の? あ、海ですね、そうです、私は海のウォーターさんです。というか、あのドラゴンさんなんなんですか! 物騒すぎます!」
ゴーストの周りを回遊しつつ、ウォーターはブルームの元へと近づいた。
「火を消すのは任せてください! 皆さんは避難を」
ウォーターの声掛けに背中を向ける者はいなかった。皆、自分たちの住処がめちゃくちゃに燃やし尽くされ、怒りに瞳を揺らしていた。
「ブロンズ、大丈夫?」
「うん」
ウォーターの背中から降り、ブロンズはちびと共に体勢を整えた。横ではグラスが、牙を剥き出しにして横たわるゴーストを睨みつけている。その背後では無数の蔦がゴーストを捕捉していた。奇しくも初めて彼女に会った時を思い出す。
皆、同じ目的。憂いなし。
ちびの冒険 しろすけ @shirosuke0000
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