ブロンズ:池の毒の謎
ちびとグラスが出発した直後、ブロンズは、否応にも自身に突き刺さる視線を実感することとなった。
未だ疑われている身だ。文句は言えない。
ちびがいない今、彼が帰ってきた時に不利な状況に置かれているという事態は避けたい。
欲を言えば、事件の解決。信用を得る行為に不利益は発生しない。
「ブルームさん、僕も池の調査を行ってもいいですか?」
「良いが……」
「疑うのならついてきてください。怪しい行動をした瞬間に殺してもらって構わないので」
敢えて大きな声で言う。群れのドラゴンたちは物騒な単語に狼狽えているようだった。
「……分かった。俺が行こう」
ブルームの言葉に、ブロンズは内心で大きく頷いた。群れの長がついてきてくれるのならば誰も文句は言わないだろう。
調査中に余計な邪魔が入ることもないはずだ。
「皆はウィードの様子を見ていてくれ。あと、数匹は薬草採取を頼む。"声"が聞ける子は万が一のために残っていてくれ」
的確な指示をテキパキと出すと、ブルームはブロンズに向き直った。
「よし、行こう」
「お願いします」
花畑を離れ、木々を抜けると、見覚えのある池が姿を現した。
池は崖に隣接しており、崖自体は洞窟状に、奥側に大きく窪んでいる。洞窟の入り口は広く、奥行きは日光のみでは確認できない。
「この洞窟の奥まで入ったことはありますか?」
「いや、無いな。水はこの奥から湧いてるはずだが」
「なるほど」
視線を巡らせる。池の周辺。土。崖。洞窟。水は綺麗に見えるが、目を凝らすと濁っているように見える。確かに、気づかず飲んでしまうのも納得できる。
「うん」
「何か分かったのか?」
「大体は」
ブロンズを信用しているという流石のブルームも懐疑の目を向けた。
「ただ、確信には至ってません」
「どういうことだ? 説明してくれ」
池の水に片足を突っ込む。横でブルームが叫んだ。
「お、おい!?」
「大丈夫です」
痛みも痺れもない。思った通りだ。
「本当に大丈夫なのか?」
「はい」
「池に毒は含まれてないのか……?」
ブルームが心配そうな顔をしているので、早々に水中から足を引き抜く。
「いえ。池の周りに生えている植物を見てください」
「あ、あぁ……。……茶色いな」
「そうです。枯れています。これは池の水に毒が含まれている証拠です」
ブルームは花の声を聞けるが、花がついていない植物の声は聞けないのだろう。故に、枯れていることに気が付かなかった。と、仮説を立てる。彼の能力にも制約があるのかもしれない。
いけない。今はブルームのことではなく、池の毒の調査をしなければ。良くない癖だ。
「葉の全体が枯れてるな……毒を吸って時間が経ったのか」
「僕が昨日の昼頃に見た時には植物は枯れてませんでした」
「だったら、よっぽど短時間で強い毒にやられたんだな」
予想通りだ。
「洞窟の中を確認したいのですが、光源を持っていたりしませんか?」
「無いな」
ちびがいれば火で松明を作ることができたが、生憎ブロンズもブルームも火を吐くことはできない。
「光なら何でもいいんだよな?」
「はい。……どうにかできますか?」
「花の力を借りればな」
ブルームの足元から真っ白な花が生えた。大きな花弁数枚が重なるように広がり、その中心には綿毛が集まったような球体が乗っている。
「上に乗ってるのは種だ。暗いところだと光る」
ブルームは種を咥えて優しくもぎ取り、空中に放った。種はふわふわと空を舞い、息を吹きかけるとゆっくりと移動を始める。
洞窟内に入った種は心強い光源とまではいかなかったが、その内部を視認できるくらいには優秀だった。
案外奥行きは狭く、種は直ぐに突き当たった。
洞窟の最奥である天井に小さな穴が開き、そこから少量の水が流れ出ていた。
「あれが水源か」
「みたいですね。思った通りでした」
「どういうことだ?」
毒の発生と、ポイズン。わざとらしいほど関連性がある双方は、やはり一つの線で繋がっていたようだ。
ブロンズはポイズンというドラゴンのことをブルームに話した。ポイズンが《聖樹》出身ということはグラスから事前に話されていたが、毒を操るという情報は初耳だったらしい。そんなポイズンの存在に、ブルームも疑うしかないようで眉間に皺を寄せる。
「じゃあ、そのドラゴンが池に毒を?」
「結果的に言えばそうです。ですが、故意かどうかは分かりません」
ブルームは首をひねる。
「僕たちは崖の上から来た、ということは言いましたよね」
「ああ。そのポイズンの背中に乗って降りたってな」
「はい。僕たちとポイズンは崖の上にある池で出会いました」
無言で先を促され、続ける。
「その時、ポイズンは池で水浴びをしていました。その目的は体表から出る毒を洗い落とすことでした」
「まさか」と、ブルームも気が付いたようだ。
「そうです。崖上の池と、崖下の池はつながっているんです」
洞窟の天井から水が湧き出ているのは、崖上の池の水をそのまま中継しているから。もちろんポイズンの毒も含まれている。
「ポイズン自身が言っていたことですが、ドラゴンに対して彼の毒は、口に含むこと以外では効かないそうです。これも辻褄が合っています」
もしもすべてが計算されていて、この情報がミスリードだとしたらまた話は変わってくるが、今は彼の真意を考える段階ではない。
優先するべきは誰が犯竜であるかであり、ブロンズとちびの疑いを晴らすことだ。
「毒の効力を確かめるために片足を突っ込んだのか?」
「確証に至るためです。それに、証拠が少なければ説明にも説得力が出ません。疑いを晴らすため、やったまでです」
「……分かった。仲間たちにはポイズンというドラゴンが関わっていたと、そう説明しよう」
「ありがとうございます」
ほっと息を吐く。完全にとはいかないだろうが、なんとか疑いを晴らすことはできそうだ。
ブルームの視線に気が付き、目を向ける。
「リーフに似てるって、昨日言ったが……」
今度はブロンズが無言で先を促した。
「そんなことはないな。君は、危うい。それに——」
「——分かってます」
遮られ、花々を纏ったドラゴンは少し驚いたように目を開いた。
「誰かに似ようと思ったことはありませんので。僕は僕です」
「……そうだな」
ブルームは一瞬だけ諦めたような笑みを浮かべると、表情を一転させた。
「俺はウィードの容態を見にいく。ブロンズはどうする?」
「もう少しここで調査を続けます」
彼は頷く。
「日も暮れて冷えてきた。早々に引き上げるんだぞ」
そう言って、木々の中へ消えていった。
見上げると、空はオレンジ色に染まっていた。
池を目の前に腰を下ろす。思考を巡らせる。
故意だろうがそうじゃなかろうが、ポイズンは信用できない。
それが今のブロンズの答えだった。
毒の件も信用に関わるが、もう一つ、彼が "嘘をついている" ことがある。
首を切断されたゴーストの死体があったと話した時、彼は「俺がやった」と答えた。だが、それはあまりにも不自然だ。
首の切断面を思い出してみると直ぐに分かる。まるで鋭い刃を一気に滑らせたかのような、綺麗な断面。毒を扱うポイズンの殺し方ではない。毒を使わず、例え喉元に食らいついたとしても、断面は噛みちぎられたようになるだろう。
思い返すと反応も悪かった。十中八九嘘をついていると見ていいだろう。
しかし、何故? 嘘をつくメリットは?
協力者が居て、その存在を隠そうとしたというのが妥当だろうか。
まとまらない思考を嘲笑うかのように時間だけが過ぎ去っていく。
(情報が少なすぎる)
ため息を吐く。ちびにはまだ伝えない方がいいだろう。余計な考え事を増やして欲しくない。
ぶるりと体が震えた。冷えてきたようだ。
再び空を見上げると、すっかり暗くなっていた。忠告をしたはずなのに戻ってこないブロンズに、あの花のドラゴンも心配している頃だろう。
(待て)
寒い?
空気が唸るような音がして、夜空が紫色に染まった。木々の頭上を悪夢のような炎が通り抜けた。
その先には、花畑がある。
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