第13話 猛毒のありか

『そうか……それだけ知れれば、十分だ』



 そう言ってブルームが去ってから数時間が経過した。


 ちびはヒマワリに囲まれた満点の星空を眺めていた。


 こうしていると、あの惨劇の前日――リーフと流れ星を見た日を思い出す。


 一匹にしてほしいというちびの要望もあり、グラスとブロンズは先に帰っていってしまった。今ちびが居るのは、先程まで四匹で話し合っていた場所だ。


 夜空を眺めていると、荒れていた気持ちも幾分か落ち着いてくる。



「さっきぶりね」



 声がして顔を向ける。グラスがヒマワリの間から姿を現した。



「ブロンズに頼まれたの。はい、これ」



 差し出されたのは真っ赤な果実だった。甘い香りが漂い、腹が間抜けな音を立てる。


 礼を言って果実を受け取った。かぶりつくと、想像していたよりも柔らかく、ほんのりとした酸味のあとに甘さが口いっぱいに広がった。果汁が喉の乾きを潤していく。



「ブロンズは?」

「ブルームと話してるわ。《聖樹》のことについて訊いてたわよ」



 どうやら情報収集をしているらしい。


 一匹でただぼんやりしていたちびは少しいたたまれなくなる。



「ねえ……」



 帰ろうとしていたグラスは静かに動きを止め、振り返った。



「ぼく、悔しいんだ……。みんなの役に立ちたいのに、ずっと守ってもらってるばっかりで」



 下を向くと、輝かしい夜空は見えなくなった。闇に包まれる。



「村が襲われて逃げたとき、もしブロンズが居なかったら、ぼくは死んでたと思う。いや、もっとその前――川でゴーストと会ったときにはもう殺されてた」

「それで?」

「悔しい、悔しくて、悔しくて……」



 聞いているのか聞いていないのか、グラスは曖昧な相槌を打った。



「ぼく、強くなりたいんだ。みんなを守れるぐらい強くなりたい。もう……遅いかな」



 大きなため息と共にグラスが迫った。



「知らない」

「えっ……」



 鼻を鳴らし、背を向け、彼女はその場を去っていく。途中で一度だけ振り返り、



「そういうのは、私にじゃないでしょ」



 と、闇に消えていった。



(そっか……ブロンズ)



 確かに、グラスの立場を考えると嫌なことを言ったかもしれない。



「ごめん」



 既に彼女の姿は見えないが、ちびは暗闇に向かって呼びかけた。



「明日、ブロンズに話してみるよ」



 ふたたび寝転がると、優しい睡魔に包み込まれた。


 もしゴーストが現れた時の対処はブルームがしてくれると言っていた。彼なら簡単に負けることはないだろう。


 安心から、ゆっくりと眠りに落ちていく。


 事件に巻き込まれていることも知らず。




△▲△




 翌朝、妙な胸騒ぎがして目が覚めた。空は 薄暗く、まだ日は昇っていないようだ。


 体を起こし、耳を澄ますと、遠くから微かに言い合うような声が聞こえた。


 ブロンズや群れの皆がいるであろう場所からだ。昨日通った道を慎重に戻る。そうしているうちに日が昇ったようだが、生憎の曇りのようだった。


 最初に目に飛び込んできたのは、群れの数匹から詰め寄られるブロンズの姿だった。



「ど、どうしたの!?」



 慌てて駆け寄ると、ブロンズは困った顔をこちらに見せた。


 ブロンズが口を開く前に、群れの一匹がちびに気がつき、飛びかかってきた。



「お前のせいだ!!」

「え、なに、うわぁ!」



 地面に押し付けられる。その一匹の目には涙が滲み、口元は怒りに震えていた。明らかに普通ではない。



「なにがあったの!? 離してよ!」

「何をしてる! 離せ!」



 ちびの弱々しい声はブルームによってかき消された。怒気を孕んだ言葉に多少我に帰ったのか、ちびの上に乗っていた子は不服そうにもその場から退いた。


 ブルームは崖がある方角からグラスと共にやってきた。二匹とも真剣な眼差しだった。



「大丈夫?」



 ブロンズに支えられ、起き上がる。彼は特に怪我はしていないようだ。



「ぼくは大丈夫。ありがとう。これって何があったの?」



 ブロンズは無言で視線をとある場所へと送った。視線の先を辿ると、ぐったりとしたドラゴンが、敷き詰められた葉の上で寝ていた。体の色合い的にも群れの一匹に違いない。



「突然体調が悪くなって、かなりまずい状況らしい」

「そうだったんだ……。でも……ぼくが襲われた理由にはならない気がするよ?」

「急に現れて群れの中で寝て、次の日には体調不良者。疑われない方が可笑しいよ」

「たしかに……」



 しかし、やっていないものはやっていない。もちろんブロンズも何もしていないだろう。


 小声で話していると、ブルームとグラスがちびたちの目の前に到着した。ブロンズが探るような目つきで問う。



「何か分かりましたか?」

「あぁ。いつも俺たちが飲んでいる池に毒が含まれていた」

「毒!?」



 誰がそんなことを、と考えていると、周囲の視線がちびとブロンズに集まっていることに気がついた。疑われているのは自分たちだということを再認識する。



「すまない。状況が状況だ、彼らがそんなことをするはずがないと思いたいんだ、話を聞かせてくれないか」



 ちびとブロンズに声をかけたように見えたが、違ったらしい。ブルームは花に顔を近づけ、ときおりうんうんと頷く。


 そして、顔を上げた。



「昨日、君たちがグラスにここに連れられてから今朝まで、池に行ったドラゴンは一匹だけだ。つまり、水を飲みに行ったウィードのみ」



 ほっと胸を撫で下ろすちびだが、群れの中からすぐさま声が上がる。



「グラスと会う前に細工をした可能性もある!」

「それは」

「他にドラゴンはいないんじゃこいつらで確定じゃないか!」



 もはや収集がつかなかった。ブルームは「本当にすまない」と言って、ちびとブロンズに顔を寄せる。



「俺とグラスは君たちがやっていないと確信している。君たちを疑っているのは、植物の声を聞けず、己で真偽を判断することができない子たちだ」

「グラスも声は聞けないはずでは?」

「あの子は君たちを信用している」



 聞こえていたのか偶然か、少し後ろにいたグラスがそっぽを向いた。



「君たちも大変なのは理解しているが、すまない。この事件が落ち着くまではここに滞在してもらうことになる」

「疑われてるんだよね?」



 ちびの質問に、ブルームは苦々しく頷いた。



「じゃあ、ぼくが犯竜を見つける! そうすれば問題ないでしょ!」

「ちび!? まぁ、確かに、それが手っ取り早いか……」

「そもそもドラゴンがやったわけじゃないかもしれないが……。それでもいいなら、手伝って欲しい」

「うん! いいよ!」

「恩にきる」



 ブルームは皆に向き直った。

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