第12話 リーフの過去

 一分ほど歩いて到着したのは、背の高い花々にぐるりと囲まれた、半径3メートルほどの、広場と呼ぶには狭すぎる場所だった。



「この花はヒマワリってんだ。外から見えないから、こういう時に持ってこいの話し場所だ」



 ブルームがこちらに向き直り、脚を曲げて座った。促され、ちびとブロンズも座り、グラスは彼の横で落ち着いた。柔らかい草が心地良かった。



「まずは、お前らが何者かからだ」

「私が説明するわ。いいわね?」



 グラスは、ちびが池の前で話したことをそのままブルームに伝えた。



「……そうか、リーフが」



 ブルームの表情に影がさす。やはり、グラスと同じでここのドラゴンたちもリーフを知っていると判断して間違いないだろう。



「疑われているのは分かっていますが、僕からも質問良いですか?」



 ブロンズの問いにブルームが頷いて返す。



「貴方たちとリーフの関係を知りたいです」

「そうだな、まずはそこからだ」



 グラスも頭を縦に振って同意を示した。緊張を内包したヒマワリがちびたちを見下ろしている。



「俺がリーフを保護したのは六年前だったか。ちょうどそこの、崖の下の池の前にぽつんと一匹で居た。親も見当たらないし、何を訊いても『分からない』の一点張り。後から分かったことだが、記憶が無いんだと。幸い種族も同じだったから群れに引き入れて育ててやることにした」



 驚いた。ちびもそうだが、崖の上の村の皆はリーフに保護されて生活していた。まさか、リーフも保護された側だったとは思いもしなかった。


 そして、記憶が無いという話は初耳だった。



「あの子は凄かった。生まれてまだ一年も経ってないだろうに、その着眼点から生み出される鋭い指摘の数々には驚かされた。頭の回転が早くてな。おまけに木なら誰とでも心を通わせた。天性の才能だと思ったよ」

「二種類の植物と会話ができる子だってすごく珍しいの。今のところ、群れにそんなドラゴンはいないわ。ブルームを除いてね」

「リーフのあれは、きっと生まれつきだ。俺は後天的なものだ」



 花々なら種類を問わず話すことができる、とブルームは淡々と語った。ちびは目を輝かせる。



「すごい! もしかして、百年以上生きてるの?」

「あー……何年だったかな……若い頃は数えていたが、二百を超えたあたりから自分の年齢に興味が無くなってな」

「二百年以上も生きてるんだ!?」



 ちびはブルームに尊敬の眼差しを向け、何故かグラスが得意げに胸を張る。



「さっき戦ったのが私で良かったわね。もしブルームだったら、あんたたち三秒も経たずに死んでるわよ」

「グラスはブルームよりも弱いんだね!」

「ちょっと、そうなんだけど、他竜から言われると腹立つわね……。特にその悪意無さそうなところ!」



 グラスはちびを睨むが、敵意は感じない。



「リーフとブルームはどっちが強いの?」

「俺の方が強い。だが、リーフはまだ子供だ。成長すれば、確実に俺よりも強くなっていただろう。なのに……」



 ブルームは目を伏せた。口元を歪め、初めて強い感情をあらわにした。

 

 共にした時間は短ろうが、彼にとってリーフは自分の子供同然だったのだろう。その喪失感はちびには計り知れない。



「リーフは崖の上で《マスター》をしていました。貴方たちと別れてまで、どうして《マスター》を?」

「その前に、《マスター》に就くドラゴンはどう決まるかを知っているか?」



 ちびはブロンズを見たが、彼も知らないようだ。少し考え、ちびが口を開く。



「そこで一番強いドラゴンがなれる?」

「半分正解で、半分不正解だ」



 突然、ブルームの足元の地中から一輪の花が姿を現した。黄色く小ぶりで可愛らしい花だが、同じく黄色いヒマワリとは違う種類に見える。


 ブルームによるとルーンという花らしい。


 黄色いルーンの横の土が盛り上がり、今度は赤いルーンが生えた。二輪のルーンが微風に揺れ、柔らかい香りが届く。



「その地に《マスター》と呼べる素質を持った者が二体以上いた時、決闘が始まる。誰がその地を統べる者としてふさわしいかを決めるんだ。最初から《マスター》だったやつなんかいない。大抵は戦って決める。例外もあるが」



 黄色いルーンが地面の中へと引っ込み、赤いルーンが勝者と言わんばかりに背丈を伸ばした。どうやら、このルーンたちはドラゴンを表しているようだ。


 すると、少し離れたところに黒いルーンが新たに現れた。それは赤いルーンを凌ぐ早さでぐんぐん成長し、遂にはちびの顔ほどの花が開いた。更に、黒いルーンを囲むようにして紫色のルーンがぽつぽつと生え始める。



「そうすると、他の土地を欲するドラゴンも出てくる。だが、自分はそれ以上管理する土地を増やすことができない。さて、どうすると思う?」

「傘下のドラゴンを向かわせてその土地の《マスター》にさせる、ですか?」

「そうだ」



 ブロンズに対し、ブルームは満足気に頷く。


 赤いルーンの隣に紫のルーンが生え、たちまち赤は地中へ引っ込んだ。



「こうして自身の支配下に置くんだ」



 ブルームは禍々しい黒いルーンを顎で示した。



「そして、これが今の《聖樹》だ」

「え……!」



 名前とは似つかない黒さに思わず目が釘付けになる。もちろん、この色はブルームの、《聖樹》に対するイメージを投影させたものなのだろうが。



「今や、世界で《聖樹》を知らないドラゴンなんていない。《聖樹》の《マスター》は力を持ちすぎた。傘下のドラゴンも他とは比べ物にならないぐらい強い。だから、《聖樹》から傘下のドラゴンがやってくると、命が惜しいやつはすぐに《マスター》の座を明け渡しちまうんだ。これがさっき言った例外だ」



 ちびは首をひねる。《聖樹》と《マスター》、そしてリーフがどう関係し合っているのかピンとこないためだ。



「リーフが《聖樹》のドラゴンだった、ということですか」



 ちびは驚いてブロンズの方へ顔を向けた。


 ブロンズが「いや、違うな」と続ける。



「もしも記憶喪失が本当で、彼が《聖樹》のドラゴンじゃ無かった場合、リーフは嵌められたことになる。記憶喪失という状態をうまく利用して、《聖樹》の利益のために。『記憶が無くなる前、君は《聖樹》への忠誠を誓った』とでもなんとでも言える。否定はできない。なぜなら、《聖樹》ほどの強い力に逆らえないから」



 「でも――」と、ブロンズは止まらない。ちびは既に理解が追いついていなかった。



「――《聖樹》からここまで離れた土地のドラゴンが何故記憶喪失だって知っているんだ? 物理的におかしい。リーフは生まれて数年、僕たちと暮らしていた時間も踏まえれば、過去に《聖樹》に居たってことも無いはず。……あ」



 ブロンズはようやく止まり、自分に視線が集まっていることに気がついた。



「……すいません。変なところを」

「ははっ」



 ブルームが愉快そうに声を上げた。



「賢いな、本当に賢い。リーフを思い出す。いや、あの子よりも賢いな、ははは」

「ちょっと、リーフがこんな汚い色のやつに負けるって言うの!?」

「汚い色……」



 ブロンズは苦笑いしていたが、少し効いていそうだ。



「まさにその通りだ。ある日突然、《聖樹》からのお達しがきた。《聖樹》へ忠誠を誓ったリーフを讃し、名誉ある地位を与える。リーフをその土地の《マスター》とする。ただし、リーフは崖の上に住むこと。誰も同行しないこと。ってな」

「《マスター》にする? 決闘はしなかったの?」

「元々、ここらの土地は《聖樹》のドラゴンが《マスター》をやってたんだ。それの交換をするって話だった。あまりにもスムーズだったよ」

「リーフは拒否しなかったの?」

「リーフは強い子よ。拒んだらみんなの迷惑になるって考えて、一つ返事で承諾したの。そのあとは、《聖樹》のドラゴンに連れられてすぐに行ってしまったわ」



 リーフはいつも優しかった。それはちびもブロンズも身に沁みて理解している。



「と……俺たちとリーフの関係はこんなところだ。こっちは知っていることをすべて話した」

「そうまでして、僕たちに払ってほしい対価はなんですか?」



 ブロンズが鋭く問う。すでに日が傾き始め、夕日がヒマワリを照らしていた。


 ブルームは優しい目をしていた。



「リーフは……どうしていた? 楽しくやっていたか?」



 意表を突かれたのか、ブロンズは僅かに目を見開いた。



「リーフはね、ずっとにこにこしてて、ぼくたちを元気づけてくれてたよ! ぼくもブロンズも、村のみんなもリーフに救われたんだ。きのみを食べたり、踊ったり、歌ったり、ふざけあったり、いつもいつも笑ってて……」

「ちび……」



 一度は枯れたはずの涙が込み上げ、嗚咽が漏れる。



「ぼく、知らなかった……リーフがそんな辛い選択をしてたなんて……」



 涙がこぼれ落ちる。黒いルーンの葉がするすると伸びてきて、ちびの目元を拭った。ありがとう、と花に告げると、ルーンは葉を使ってぺこりとお辞儀をした。



「リーフは楽しかったのかな……わからない……」



 沈黙が流れた。ブロンズの手がちびの頭を優しく撫でた。


 静寂を破ったのはブルームだった。



「リーフは最期、何か言っていたか……?」



 ちびは一つ一つ、ゆっくりと思い出しながら告げる。



「……『《マスター》でありながら、なにも守れなかった僕を恨まないでくれ。そして、誰も、責めないで』」



 ブルームとグラスはハッとしたように目を大きくさせた。


 次の言葉を思い出し、ちびは、再び自分の表情が歪んでいくのを感じた。



「『楽しかった、ほんとうに。ありがとう、ちび、ブロンズ、みんな』」

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