第11話 リーフの仲間
「誰がリーフを殺したの?」
ちびとブロンズに向けられた殺意は溶け、しかし、彼女の目の奥に滾る炎は消えていなかった。復讐に燃える鈍い輝きは、ちびには理解ができた。
「じゃあ、僕が……」
説明を始めようと一歩踏み出したブロンズを制止し、彼女はちびをツルで指し示した。
「ちっこいのが説明して。あんたはこう、頭が良さそうで、苦手」
「……僕はブロンズ。こっちはちびだよ」
「じゃあ、ちび。お願い」
ブロンズは特に気を悪くした様子もなく、その席を譲った。ちびは拙い言葉選びで概ねポイズンに話した内容と同じ事を語った。リーフがゴーストに殺されたという事実を耳にしても、彼女の表情は終始変わらなかった。
「……そう」
暫くの沈黙のあと、彼女は小さく零した。
「私はグラス。来て、仲間を紹介するわ」
グラスは平坦な口調でそう言い、踵を返した。木々へと歩みを進め、途中で振り返る。
「……さっきはごめんなさい。私も、気が動転してた。あと……守ってくれてありがとう」
彼女を取り巻くツルたちは林の中へ消えていった。ちびとブロンズは顔を見合わせ、お互いの意思を確認する。ブロンズも彼女に着いていくべきだと判断したらしく、僅かに頷いてみせた。
再び歩き出したグラスを追う。
「リーフはね」
道中、おもむろにグラスが口を開いた。こちらに背中を向けているため、表情は伺えない。
「本当に優しい子なの」
「うん、ぼくも知ってるよ」
優しい、なんて一言で言い表せる者では無いとも思う。
彼は自らの命を犠牲にしてまでちびとブロンズを助けてくれた。今こうして新鮮な空気を吸えているのは、間違いなくリーフのおかげだ。
「優しくて、強くて、面白くて……だから私は……」
ちらりとグラスの横顔が見えた。頬を朱に染め、遠い何かを想う、儚くしめつけられるような表情。
その表情を、ちびは知らない。
「だからね」
その目に炎が宿ったかと思うと、グラスは前を向き、再度顔を視認できなくなった。
「私がリーフを殺した、ゴーストってやつを殺す。それまでは死ねない」
「正直なところ……」
ブロンズが口を挟む。
「リーフと戦ってたゴーストは生きているか分からない。相打ちになっている可能性もあるし、もし生きていたとしてもゴーストたちは見分けがつかないんだ。特定のゴーストを探して殺すっていうのは、現実的じゃない」
「それで?」
「えっ、と……」
「じゃあ、全員殺せばいいのよ。そもそも、リーフを殺した見た目のドラゴンがうじゃうじゃいるってのも気に入らないわ」
ブロンズは黙ってしまった。
「もう着くわ」
林が開け、暗い雰囲気を一気に払拭するように、鮮やかな花畑が広がった。
ちょうど雨があがり、雲の間から差し込む日が花々を照らして輝いていた。
花畑の中央に十本ほど木が生え、その付近で動いている者たちがいた。リーフやグラスと同じ、エメラルドグリーンの体をしたドラゴンだった。
「わぁ! すごい!」
花畑に駆け込み、ちびは大きな声で笑った。
「みてみて、ブロンズ! すっごい綺麗! ほら、見たことない色もたくさん!」
「全く、危機感ないんだから……」
そう言いながらもブロンズは微笑んでいた。
絶望にまみれた村の惨状とは正反対の心洗われる景色に、浄化されていくようだった。ブロンズも少なからずそう感じているのだろう。
しかし、花から顔を上げるとすぐに異様な光景が目に入った。ポイズンの背中から見えた花畑はやはりここで間違いないようだ。
中央の木々に繋がる道が花畑の中に伸びており、三匹はそこを進んだ。
(やっぱり……)
ちびは木々を見上げる。青々とした葉っぱをつけている、というわけでもなく、それらは枯れていた。多彩な花畑に突き出た茶色い木々はまるで墓標のようだった。
「あ! グラス! おかえり!」
「帰ったか、早かったな」
「ただいま」
グラスに気が付き、恐らく彼女と同じ種族であろうドラゴンたちが寄ってくる。
「……何か分かったのか?」
身体中に花の装飾を付けたドラゴンが見た目にそぐわない渋い声で言い、ちびとブロンズを一瞥した。声も相まり、隠す気もない警戒心にちびは縮こまる。
「そのことについて、彼らも交えて話したいの。安心して、ちびとブロンズは《聖樹》のドラゴンじゃないわ」
「そうか。なら、いいんだ」
《聖樹》。言いぶりからして、グラスたちは《聖樹》のドラゴンをひどく嫌っているように思える。
「ちび」
ブロンズの小声に耳を傾ける。
「まだ信用できるとは決まってない。あんまり迂闊に行動しちゃ駄目だよ」
「ははっ」
ちびの応答よりも早く反応したのは、花に身を包んだ例のドラゴンだった。
「聞こえてるぞ。いや――花が聞いてるぞ、と言った方が良いか。ここら一帯は文字通り俺の庭だ。内緒話なら他所でやりな。能力が分かってないドラゴン相手に迂闊な行動は取るもんじゃない」
「……気をつけるよ」
ブロンズが気圧されたように呟いた。グラスは静かに見つめているだけだ。
信用されていないのはこっちも同じだ。グラスとは、ようやく対話可能な関係に辿り着いただけで完全に信用されているわけではない。
「あの……」
ちびに視線が集まる。
「その木って、リーフが生やしたもの?」
今度は全員の視線が枯れた木々に移動した。「というよりは、リーフに応えて生えてきてくれたのよ」とグラスが説明する。
「数日前は葉っぱが茂ってたんだけどね……。どうして分かったの? リーフはどんな種類の木とも喋れるから、この木だけを見て『彼が生やした』なんて特定は難しいと思うのだけれど」
「あれ……?」
言われてみれば、よく分からなかった。何故あの木々とリーフが結びついたのか。ほとんど感覚的なものだったと言えば終わりだが、そうではない。もっと、奥深いところで感じ取った。
ざわざわと風に揺れて木々が唸った。……否、葉が禿げた、塔のような木から音は出ないはずだ。
崖の上の森でも同じ感覚に陥ったことを思い出す。その時は意識外の違和感程度だったが、今は違う。確実に、訴えかけられている。
木々が、ちびに、話しかけている。
「——ねえ、聞いてる?」
グラスの声で我に返った。
辺りには花びらが舞い、しかし、木々は風に応えずそこに佇んでいた。
気のせいだったのかもしれない。
「何でなのか、ぼくにも分からない……。ただ、この木たちが、悲しんでる気がして」
グラスは少しだけ目を見開くと、花のドラゴンに意見を求めるように視線を向けた。
「場所を移そうか。……みんなに見られてちゃ緊張もするだろう」
いつの間にかちびたちの周りにはエメラルドグリーンのドラゴンが十匹ほど集まり、皆不安そうに事の成り行きを見守っていた。
友好的な態度も敵対心も見られず、ちびとブロンズを品定めしているようだった。確かに居心地は良くない。
「紹介が遅れたな。俺はブルーム。皆の長をやっている。ちびとブロンズと言ったか、着いてきてくれ。あと、グラスもだ。他は待機」
ブルームは返事を待たず、ちびたちが来た方向とは真逆に歩き出した。
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