第10話 濁る

【一年前】



「リーフってどうしてそんなに強いの?」



 リーフの森の見回りを同行していたちびはふと思い、そんな質問をした。


 木々の間から漏れた細々とした光は、ちびとリーフ、そして地面の上を踊っている。


 森の見回りも終盤、あと数百メートルもすれば皆のいる村に辿り着く。一番最初に出迎えてくれるのはブロンズだ。



「ちびが思ってるほど強いってわけではないけど……」



 リーフは謙遜し、



「ここで《マスター》をやる前の話だけど」



 そう前置きをして語り始める。



「僕は群れの中でも優秀な方でね。そんな中でもみんなの役に立ちたい、って思って毎日鍛錬を積んでたんだ。それが一つ」



 謙遜はどこへ行ったのか、ドヤ顔で鼻を鳴らす。「さすがリーフ!」と尊敬の眼差しを向けるちび。



「そして、僕は群れの中でも珍しい、木々の声を聞けるドラゴンなんだ」

「リーフの仲間? たちは聞こえないの?」

「うん、大抵は一種類の植物や木の声しか聞けないんだ。中にはバイス草っていうツル植物の声を聞く子もいた。結構限定的なんだ」

「でもリーフは木ならなんでも声が聞こえるんだよね? すごいよ!」

「どうもどうも〜」



 剥き出しになった木の根っこを軽く飛び越え、リーフは顔だけこちらに向けた。転びそうになりながら根っこを越えたちびがリーフに追いつくと、彼はゆっくり歩き始める。



「声が聞ければコミュニケーションを取れる。例えば、ツルにハンモックを作ってもらったり」

「さっき言ってた、ツルを操る子の話?」

「そう! 彼女たちが作るハンモックは寝心地最高でさ〜」



 遠い目をして語るリーフはどこか悲しげだった。彼は木漏れ日にわざとらしく目を細め、次の瞬間には元の表情に戻っていた。



「あとは、そうだね……木々に戦ってもらったりとか」



 ちびは周囲を見回す。数えきれないほどの木々が風に揺れ、踊り合っていた。



「僕はまだ未熟でさ、戦うとなったら葉っぱしか協力してくれないんだけどね。あと、逆に僕たちが植物や木の病気を治したりもする」

「病気も治せるの!?」

「薬草を塗ったりしてね。ぱっと治せるような万能な力は持ってないね、残念ながら。この見回りもみんなの健康状態を確認するって名目があったりするんだ。ねっ」



 木々がざわざわとリーフの問いかけに答えた。ぽとり、と、ちびとリーフの足元に真っ赤な果実が落ちる。



「くれるみたい」



 リーフは笑みを浮かべながら森に礼を言った。ちびも大きな声でそれに続き、二匹一緒に果実にかぶりついた。



「「あま〜い!」」



 意図せずハモり、顔を合わせ、笑い合う。



「そうだね……こんなの全部建前で、結局僕はカッコつけたかっただけなのかも」

「……? どういうこと?」

「……ううん、なんでもない。ほら、着いたよ」



 道の終点、森が途切れ、光が差し込んでいる。その奥でこちらに気がついたブロンズが笑顔で手を振っていた。




 △▲△




 分厚い雲が空を覆い、大粒の雨は大地をぐちゃぐちゃに溶かし、ぬかるみを形成する。


 足を取られないよう、慎重に体勢を立て直す。


 見間違いではない。彼女の体はあのリーフと同じ色、同じ模様をしている。


 つまり、リーフと同じ種族のドラゴン。



『あんたたちだったのね……リーフを殺したのは……ッ!』



 先ほど、彼女は確かに『リーフ』と言った。



「偶然ってわけでもなさそうだね」



 困惑と警戒の色が混じった表情でブロンズがそうこぼす。彼も気づいたようだ。


 その数三十を超えるツルが森の奥から伸び、ちびたちにその先端を向けて漂っていた。



『中にはバイス草っていうツル植物の声を聞く子もいた』



 リーフの言葉が脳内をよぎる。


 彼女が操っているツルはちびたちの村の近辺では見ることのなかった植物だ。



「バイス草、だよね」



 彼女は怪訝な表情を見せた。ちびの言葉の意図が掴めなかったかのように見える。



「リーフからあなたのことを聞いたんだ。一緒に森の見回りをしてて、そのときに!」

「ふーん? それで、彼は私のことなんて言ってたの?」

「ハンモック……」

「……何?」

「あなたが作るハンモックは寝心地が最高だって、そう言ってた」



 彼女の目尻がぴくりと動いた。


 再び鋭い眼光をこちらへ飛ばすが、こころなしか、先程までの威圧はないように感じる。



「あんたたち、リーフに何をしたの?」



 相手から対話の意思が読み取れた。


 返答は決まっている。ちびたちは何もしていない。その時も、その前も。



「なにもーー」



 不意に言葉が詰まった。胸の奥が苦しくなった。それが何なのか、理解するには時間が足りなかった。


 いや、既に問題なのはそこではない。今の返答は明らかに不自然だった。


 祈るように彼女を伺うが、



「……やっぱりリーフを殺したのはあんたなのね。少しでも信じた私が馬鹿だった」



 しまった。



「ちびっ!」



 高速で飛来するツルをすんでのところで避け、追尾してきた数本を火球で燃やし、おとす。



「違う! 信じて!」

「信じてほしいならなんで否定しなかったの!? あんたが殺したからでしょ!?」

「……っ」



 まただ。また言葉が出ない。



「ちびっ! もうやるしかない!」



 ツルにマークされていないブロンズが、彼女本体に銅の狙いを定めていた。彼女が気がつき、慌ててツルで防御しようと動くが、ブロンズの方が速い。



「やばっ……」

「ブロンズ、だめだよ!」



 泥を蹴り、方向転換する。ツルが身体中を掠めるが、厭わない。彼女とブロンズの間、銅の射線上に飛び込む。ブロンズが目を見開いた。発射された銅は空気を切り裂きながら進み、ちびの左脚に命中してあらぬ方向へと飛んで行った。



「ぎゃっ」



 転がり、倒れ込む。顔面蒼白のブロンズが駆け寄る。



「そ、そんな……、ちび……! ごめん……!」



 痛みで立ち上がれない。今狙われたら間違いなく避けられないだろう。



「ねぇ……どうして守ったの?」



 純粋な疑問から来る問いかけ。雰囲気から、直ちに攻撃されることはないと判断する。



「あなたは……」



 ブロンズに支えられながら起き上がる。



「……悪いドラゴンに見えないから」



 雨が泥をうつ音だけが飽和する。その奥で「ふん」と彼女が鼻を鳴らした。



「なにそれ、馬鹿みたい……」

「無謀な事はするなってあれほど言ってるじゃないか……!」

「ご、ごめん」

「訊きたいんだけど」



 彼女が言う。ツルの先端はこちらに向いていなかった。殺気立った重苦しい空気も雨に溶けていったように感じる。



「崖の上ーーリーフに何があったの?」



 彼女は奥歯を噛みしめ、苦悶の顔で崖の上を睨みつける。



「誰がリーフを殺したの?」

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