第19話 王子、孤児院を訪問する

 読み聞かせも終盤になった。


「『王子さま、今お助けします。』

 聖女さまがそう言って、両手を組み、詠唱を唱えると、聖女さまの身体から光の粒が舞い上がり、王子さまに降り注ぎました。するとどうでしょう。王子さまの傷が見る見るうちに塞がり、止まりかけた心臓がまた動き出したのです。」


 物語もクライマックスだ。子供たちは期待を込めた眼をして大人しく聞いている。


「『ありがとう。僕は一人で全てを成し遂げようとして、全てを失う所だった。だが今度は一人じゃない。一緒に戦ってくれるかい?』


『もちろんです。王子さまに私の力の全てを捧げますわ。』


 そう言って、王子さまと聖女さまは最後に残っていた魔物の王に再び立ち向かいました。


 聖女さまが再び魔法を唱えます。王子さまの身体が聖なる光で包まれました。魔物の王はとても強かったのですが、王子はその光に守られながら戦い、とうとう剣を魔物の心の臓に突き刺しました。魔物は最後のうめき声を上げて、ついには動かなくなりました。


 こうして魔物は倒されたのです。


 そうして世の中は平和になり、二人は結ばれて幸せに暮らしました。」



「王子さま、かっこいい!」「聖女さま、すてき!」


 子供たちが満面の笑顔で口々に感想を述べる。良かった。俺の読み聞かせでも楽しんでもらえた。俺も自然と笑顔になった。


「・・・おねえちゃん、せいじょさまみたい・・・」


「うんうん。そんな感じがする!」


「え? 私が? どうして?」


 俺が驚いて聞くと、「ほら、おねえちゃんにてるでしょ。」と言って、女の子が絵本の最後のページの聖女を指した。


 なるほど、この絵本の聖女は腰まである真っ直ぐな銀髪で、眼も碧眼だ。似ていると言えば似ているのかも知れない。


「聖女さまに似ているなんて光栄だわ。そんな事言われたのは初めてよ。」


 俺は男だからな。というか、男だったからな。聖女だなんて言われた事は無かった。内心で苦笑する。だが悪い気分ではない。



「ねえねえ、お姉ちゃん! 今度は庭で遊ぼうよ! 魔物退治ごっこしたい!」


 今度は男の子からリクエストがあった。やんちゃな盛りの6、7歳位の男の子たちで、今のお話しで魔物退治ごっこがしたくなったようだ。ふむ。俺が剣の使い方を教えてやろう。


「いいわよ。じゃあ、お庭に出ましょう。」


「わー! やったー!」


 皆で庭へ移動したが、庭と言っても子供たちがちょこっと体を動かす事が出来る程度の広さだ。初夏と言うにはまだ早いが、これからの季節を予感させるような少し強い日が差し、その狭い庭の端には背の高いオリーブの木が一本、足下に居心地の良さそうな木陰を作っていた。時折吹く風も穏やかで気持ちが良い。年長の男の子が室内から椅子を持ってきて、その木陰に置いた。俺はこの庭の特等席と呼べるようなその席に案内された。


「はい。お姉ちゃんはここにすわって!」


 男の子がトントンと椅子を叩く。


「ここ?」


「うん。 おねえちゃんは聖女さまの役ね! 出番が出るまでここでまってて!」


 は? 俺が聖女?


「あ、あの、剣とかは?」


「おねえちゃんは聖女さまなんだから、王子さまのピンチの時に魔法で助ける役だよ! いつもの役ね!」


 はい! 剣を教える所か、持たせてももらえませんでした!


 まぁ、子供のごっこ遊びだから、剣などではなく木の枝だし、良いと言えば良いのだが。でも、最近は体を動かす事が無かったからな、ちょっと残念でもあった。


「オレ、王子さまのやく!」「わたしも王子さまのやく!」「あ、ずるい! 僕も王子さまのやく!」


 圧倒的に王子の役が多かった。王子、人気だな。


 そんな中、年長の男の子が不人気の魔物の王の役をやってあげる事になったようだ。王子役の子と対峙する。


「ははははっ! 王子よ! お前に私は倒せん!」


「くそう! もはやこれまでか!」


 王子役の子が膝をつき、バタンと倒れる。迫真の演技のはずなのだが、子供らしくてとても可愛らしい。


 ここで俺が出て行く訳だな。


「王子さま、今お助けします。」


 俺は絵本にあったように、倒れている王子役の男の子の背中に手を当てて魔法を使う真似をすると、男の子が少し赤い顔をして起き上がり、抱きついて甘えてきた。


「えへへ。おねえちゃーん!」


 あれ? 魔物はどうした?


「あ、トマったらずるい! 私も!」「あ、私も!」「ずるい! ぼくも!」


 子供たちが次々と駆け寄ってきて、俺はあっという間に子供たちに抱きつかれて身動きが取れなくなってしまった。魔物の王役の男の子も役を放り投げてやって来た。


 何だ? 何がどうなってる?


 俺は今までこんなに子供たちにもみくちゃにされた事はない。だが、そうだな、これも悪い気はしない。俺は自然と笑みをこぼした。


「「おねえちゃん、きれーい!」」


 男の子も女の子も、子供たちの頬は赤くなり、見ていて不思議と暖かい気持ちになった。自然と子供たちの頭を撫でてあげている事に気付き、俺もこの子たちの力になってあげたいと思った。それは、今まで孤児院などを慰問した時にはあまり感じた事の無い感情だった。



「あらあら。うちの娘はいつの間にこんなにモテるようになったのでしょう。」


 お母様が笑いながら庭にやって来た。


「さぁ、お話しも終わったし、そろそろお暇しますよ。レティシア。」


「はい。お母様。」


 俺が頷くと子供たちが途端に悲しそうな顔になった。


「「えー! お姉ちゃん帰っちゃうの? もっと居てよー!」」


 口々に子供たちが俺を引き留める声を上げる。小さい女の子は俺のスカートを引っ張って、帰っちゃいや!と半べそをかいて駄々をこねた。


「ごめんなさい。また来るからね。また本を読んだり、遊んだりしましょうね。」


 また来ると約束すると、子供たちは渋々と離れた。


「「お姉ちゃん、絶対来てね! 待ってるね!」」


 聞き分けの良い子供たちだ。きっと、今までにも駄々をこねたりして、注意されて来たのだろう。


「大丈夫。約束は守るわ。」


 俺は笑顔でそう告げると、お母様と馬車に乗り、帰宅の途についた。



「随分子供に懐かれていたわね。どう? 今までにも孤児院の慰問などにもいった事があると思うけど、その時と比べて。」


 馬車に揺られながら、街の景色が流れている様を見ていると、お母様が笑いながら話しかけてきた。


「そうですね、今までは、今回のように子供たちから懐かれたり、一緒に遊んでとせがまれたりする事は無かったので、びっくりしました。以前は王子として訪問していたという事もあったでしょうが、私が今は女性の身になった事も大きいと思います。男のままでも一緒に遊んであげたりは出来たでしょうが、きっと子供たちが懐くまでには時間がかかったでしょうから。」


「そうね。そういう面もあるかも知れないわね。でもね、今のレティシアにはあなたなりの魅力があるわ。レティシアはもっとこう真面目な感じがして、貴女ほど表情が豊かじゃなかった気がするわ。そういう所に子供たちは敏感なのよ。今日の子供たちはいつもより楽しそうだったもの。」


 そう言われて、俺は改めて自分を肯定された気持ちになり、今までレティーに対して劣等感ばかり感じていた自分は一体何だったのだろうと思った。

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公爵令嬢の私と第一王子の俺、階段から落ちたら入れ替わってました。 此小路ゆきな @yukinarin

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