第二章 いろは村と鬼ヶ島
第二章 いろは村と鬼ヶ島 1
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いろは村に住み始めてからおよそ、一ヶ月。私はようやく日々の生活に慣れ親しんでいた。
お父さんとお母さんにはこの村が驚きに満ちたもので溢れていること、色々なものを見て知るために、しばらくは帰れない旨を手紙に書いて送った。
返事には、私が息災であれば何も言うことはない。自身のしたいことをしなさい、とありがたい返事が返ってきていた。
私は足繁く図書館へ通った。今まで自分自身が知らなかった言葉や事柄などを学び、知識をつけ、知力を練磨し研鑽した。図書館にいる方や近所に住む方からも様々な話を聞いて回り、知らなかったことを沢山吸収した。
他の村では見たことも聞いたこともなかった活版印刷、ラジオ、電話という技術には大変驚いた。他にも色々と驚くことはあった。
このいろは村が農業だけでなく農園や牧場、漁などで作物や食べ物を得ていることも、物を作る工場や娯楽産業といったものもきちんと仕事としてあることに驚いた。特に工場はここ十数年ほどで工業化が著しく進み、物の大量生産が可能となっていた。
このいろは村では仕事をみんな自由に選んで、働くことが出来る。働いて給料をもらい、その給料で必要なものを買って生活を送っていた。私がいた村や他の村のように、自分で生活に必要なものや食べ物を作ったりするのではなく各々、会社に入って一つのものを作って売るということをしていた。
この分業、協業という仕組みを知った時はなんと効率的なのだろうと感嘆した。
そして貨幣もこの村独自で他の村と違い発展していた。他の村ではお金を持っていない時、砂金や米といったお金の代わりになるものを出して支払いをしていたが、この村ではそれが出来ない。
まだ暮らし始めて間もない頃はそれで何度か苦労した。ここでは物を買う時には必ず貨幣を通してでないと商品が買えない。砂金や米のような現物があれば、それをまず交換所か販売所に持っていき貨幣、お金と変える必要があった。
このお金の仕組みもとても効率的であると驚いた。働いた分の給料もお米ではなくお金で支払われるのだ。
知らないことが沢山あり、知れば知るほど面白かった。目からウロコが落ちるようにここの村の仕組み、体制は画期的であった。
私は日々新たに知ったこと、驚いたことを毎晩家に帰っては犬助、猿彦、キジ尾たちに話して伝えた。そして犬助、猿彦、キジ尾たちからもその日にあった出来事や知らなかったことを聞いた。
「とにかくここは大変素晴らしい所だよ。全てが画期的でなんというか、合理的な
食卓に集い夜ご飯をみんなで食べながら、私は喋った。
部屋内には最近購入したラジオから心地よい静かな曲が流れていた。
「僕も桃太郎さんの言う通りだと思うよ。とても毎日楽しくて服とか靴とかカバンとか、沢山あって見ていて全然飽きないもん」
キジ尾は大きく頷きながら答える。犬助も猿彦も同様に頷いた。
「それにどこに行ってもガス灯、水道といった設備が整えられていて、大変便利だよ。みんな満ち足りた生活を送れるのだからさ。それにしてもキジ尾の着ている服は毎日派手な違ったものを着ているね」
キジ尾が着ていた、つややかな緑色の服を褒める。
私は最近着始めた服にようやく慣れ始めていた。着物もよかったが、この村と鬼ヶ島特有の上下別々に別れた服も、着心地がよく快適だった。
襟がある服と、紺や黒のズボンを私は好んで着ていた。
猿彦は白いシャツに薄茶色のズボン、犬助は水色のシャツに黒のズボンが今日の格好だった。
「村で通りすがりに見かけては、良いと思ったものはついつい買っちゃうんだ。これも凄いだろう、鮮やかな染色、精巧な縫い方!」
キジ尾は身にまとった服をその場で立って披露し始める。
「随分と派手好きだねえ。俺は服なんて全然関心ないよ。俺が一番ここで楽しいのはやっぱり賭け事さ。ここでは賭け事をする専用のお店がいくつもあって、札や回転式の賭け事から馬の順位を競う賭け事なんかもあってさ、楽しいんだぜ」
猿彦は手を大きく広げ、嬉しそうに話す。
「ほどほどにしておいたほうが良いよ。賭け事って必ず勝てるわけでもないし、負ける確率のほうが大きいんだから」
犬助は目を細め、訝しがりながら猿彦に言った。
「なに、勝てば一攫千金の時もあるから楽しいんだよ。……とは言うけれども、実はみんなで分けたお金がもう俺はなくなってきてしまってさ。それで実はそろそろ仕事をして、働いてみようと思ってんだ」
「働くって仕事は何をするんだよ?」
「実はな犬助、村では色々な求人があるだろう。その中でも俺が得意で出来そうなものがいくつかあってな、建築の仕事をするつもりさ。家を建てたり建物を建てたりするあれさ。俺は高い所は平気だし、身軽に動き回れるから良いと思ってんだ」
猿彦の仕事内容を聞き、自分の得意なことを活かすということに得心した。これが分業か。
「なるほど、猿彦にはぴったりの仕事そうだね。怪我には気を付けるんだよ。犬助やキジ尾はお金は大丈夫なのかい?」
「実は服なんかを沢山買っているから、僕もだんだんとお金がなくなってきていてね。僕も猿彦と同じようにそろそろ仕事をして、働こうと思っていたんだ。服飾関係の仕事でも探して始めてみるつもりさ」
キジ尾の後に犬助も口を開く。
「僕も近々働いてみようと思ってたんだ。僕は食べ物や料理くらいにしかお金は使わないし、そんなに減ってないんだけれども、飲食関係の仕事をしてみたいと思ってるんだ。なにせ僕は美味しいものが好きだからね。美味しい料理の作り方を学びたいし、美味しい料理を作って多くの方に食べて喜んでもらいたいんだ」
互いの話を聞き、みんなでそうかそうかと頷いた。
「犬助もキジ尾もみんな仕事を始めるのかあ」
「桃太郎さんも仕事をするんですか?」
「私はまだ仕事はしないつもりさ。色々と図書館などで学んでみたいことが沢山あるし、まだまだ知らないことが多いからね。お金もあまり減っていないから、必要になったら働き始めようと思うんだ」
まだまだ学んでみたい事、読んでみたい本は沢山あった。働いてみたい気持ちもあったが、仕事はもう少し先にすると決めていた。
「そうですか、やはり勉強熱心ですね桃太郎さんは」
「犬助も勉強熱心だよ、働きながら料理を学ぶんだから」
「いえいえ、僕は働かないと暇だってのもあるんで。お互い頑張りましょう!」
明るく笑いながら、犬助はみんなに言った。
「そうだね、みんな。お互い頑張って楽しみながら暮らそう」
温かい目をみんなに向けて、ともに成長していけることの喜びを噛みしめた。
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