第21話 無数のヒビ割れ

 ◆


 よく見ると女の顔や手足には無数のヒビ割れが生まれていた。

 

 柔らかな肌はみるみる精気を失い、石像のような硬く無機質な物体へと変わっていく。そして、小さな光が粉のようにパラパラと散っている。

 それは閃輝とそっくりだった。


 男に噛みつかれた首筋から、女の体に無数の亀裂が広がっていく。


 激しく抵抗していた女の体は、ブルブルと震えていたが、少しずつ動きが小さくなり、やがてまったく動かなくなった。


 そして女の体はキラキラと輝く光の粒へと変わり、空中に拡散していった。


 その光の粒を男が舌を出して、ペロリと舐める。

 光は男の口の中に吸い込まれ、女が着ていた衣服だけがそこに残された。


 理解不能な光景が広がっていた。


 おそらく女は、男に噛みつかれたことで、閃輝と同じ石群にされてしまったのだ。そして閃輝となったその体は、男に食われてしまった。


 いや、逆か? 食われた女の体が閃輝となって男の体に取り込まれたと考えるべきか? 女を喰らい、恍惚とした表情を浮かべている男の目が、ボクの姿を捉えた。

 

 ガバッ。

 男は車のドアを勢いよく開けると、ボクに飛びかかってきた。


 ◆◆


 逃げなきゃ。

 逃げなきゃ殺される!


 そうボクは思った。

 でも気持ちと裏腹に体は動かない。

 体がブルブルと震え、心臓がバクバクと鳴る。

 呼吸が乱れる。

 胸が苦しい。


 ヘビに睨まれたカエルって、こういうことか?


 震えて動けないボクに男が掴みかかる。

 そして、駐車場の柱に体を押し付けた。


 男の握力は凄まじく、指先が腕にグイグイと食い込んでいく。

 ボクは男の顔を見た。女と同じく男の顔も全身ヒビだらけだ。


 瞳は黒く濁っていて、光がまったく感じられない。

 その姿は、獰猛な獣といった感じだ。だけど生気は感じられない。

「ガァウガァウッ」


 叫びとも嗚咽ともつかない声にならない声を吐き出しながら、男はボクに噛みつこうとする。

 やばい。動かなきゃ。

 恐怖心を生存欲求が上回ったのか、なんとかボクの体は動いた。

 首筋を狙った男の口はよれて、ボクの右腕にぶつかった。

 急所はなんとか外した。でも男はそのままボクの右手に噛み付いた。

 コートと制服を貫き、男の歯が皮膚を食い破る。


 焼けるような痛みが全身を包んだ。

 熱い。あまりの痛さに意識を失いそうだ。


 でもだめだ。ここで意識を無くしたら、すべてが終わる。

 逃げなきゃ。逃げなきゃ。殺される。

 右腕に男は噛みつき、両腕で強く掴む。

 右腕は強く固定されいる。

 このまま握り潰されそうだ。

 ボクは強引に体を引っ張って男を振り切ろうとする。

 ブチブチッ。

 幾重にも編み込まれた縄が千切れたような音が耳に響いた。

 ボクの体は男から離れた。

 その反動でボクの体はバランスを崩して地面に叩きつけられた。

 なんとか男から離れることができた。

 でも、ボクの右手は男に持ってかれてしまった。


 ◆◆◆


 引きちぎったボクの右手の断面を男はしゃぶる。

 表情は読み取れないけど、どこか嬉しそうだ。

 

 ボクはさっきまで、自分の右腕のあった場所をみる。

 

 断面はささくれだっており、痛々しい傷口を晒している。

 でもなぜか出血はない。


 「服、破れちゃったなぁ」

 

 あまりに現実感がないからだろうか。

 ボクは千切れた腕よりも破れたコートと制服のことを母に何て言おうと考えていた。

 焼けるような痛みが全身を包む。

 

 はやく病院に行かなきゃ。

 錯乱寸前のボクに男は考える隙を与えない。

 ボクの右腕を放り投げると男はボクに飛びかかる。

 ボクは必死で逃げた。

 でも今度は左足を掴まれ、また噛みつかれた。


 さっきと同じように男は噛んだ場所からボクの左足を食いちぎった。

 次に男は右足に噛み付き、足首から引きちぎった。


 両足を切断し、ボクの動きを封じると男は、ボクに馬乗りになった。

 男の肌は冷たく、まるで石像に抱きつかれているかのようだった。

 

 馬乗りになった男は、ボクのマスクを剥ぎ取った。

 剥き出しになったボクの口を男は覗き込む。

 男の口角があがる。

 どこか嬉しそうだ。

 まるで下着を無理やり剥ぎ取られて性器を見られたような気持ちだ。

 屈辱と恐怖が全身を包む。


 このままだとあの女と同じようにやられる。


「誰か! 助け……」


 助けを呼ぼうとしたボクの口を男の手が塞ぐ。


 慣れている。

 こいつはたぶんこうやって、いろんな人間を毒牙にかけてきたんだ。

 

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