第2話 閃輝暗点

 ◆


布都野ふつのさん? 布都野さん?」


 看護師の声が頭に響く。


「大丈夫ですか?」


「すいません。眠ってたみたいです」


「よかった。先生からお話があります。お入りください」


 ボクは医者の部屋に案内された。


 ◆◆


「ストレスによるアトピー性皮膚炎ですね。幼児がかかる病気というイメージが強いですが、大人になって発症する方も多いですよ」


「子供の時、アトピーでした」


「心因性のストレスが原因です。何か心当たりはありますか?」


「この一週間ほど」


「一週間ほど?」


「勉強を」


「勉強を?」


「毎日していて……」


「プハッ!」


マスクで口元は見えなかったが、医師が笑っているのがわかった。


 ◆◆◆


 ボクの名前は布津野ふつのミチオ。

 17歳の高校生2年だ。


 受験にむけて図書館で猛勉強していたら目眩がして、強い偏頭痛に襲われた。

 その後、痒みが全身を襲い、まともに勉強できる状態じゃなくなった。


 自分は死ぬかもしれないという不安を抱えながら、なんとか家に帰った。


 翌日は学校を欠席。


 朦朧とした意識の中、とりあえず皮膚科に向かったところ、強いストレスによってアトピー性皮膚炎を再発したと、医師に言われた。


「なるほど……学生にとって勉強は一番のストレスですよね」


「どういうことですか?」


「普段やらないことを無理してやろうとすると身体が拒絶反応を起こすことがあるんですよ。あなたの場合はそれが皮膚の痒みとなって現れたのだと思われます」


「拒絶反応……」


「しっかりと睡眠をとってストレスのない日々を送れば改善しますので、安静にしていてください。お薬、出して起きますね」


「それってつまり勉強は」


「しばらくは控えた方が」


「来年、受験なんですが……」


症状よりも、一週間ぶっ通しで勉強したぐらいで、ぶっ壊れた自分の体のふがいなさにショックを受けた。


「まぁ、進学だけがすべてじゃないですから」


 医者に一番言われたくない言葉だ。


「あと…」


「なんでしょうか?」


おそるおそるボクはもう一つの症状について質問した。


「何か光の点滅みたいなものがたくさん見えるんですけど……ボク、目もおかしくなっちゃったんですか?」


 ◆◆◆◆


閃輝暗点せんきあんてんですね」


「センキ…アンテ?」


医師が漢字を書いてくれた。


閃光が…輝き…暗闇が…点? 光と闇のコントラストがとれた四文字熟語は格闘技の必殺技みたいでカッコいいと思った。


「ギザギザとした光の波が現れて、四方に広がり、その後、視界が真っ暗になっていくという現象です。その時に偏頭痛が起こるのですが、症状は人によってまちまちで……。頭痛だけの場合もあれば、激しい嘔吐を引き起こす場合もあります」



「頭痛は最初だけで今はないです。ゲ……嘔吐もないです。ただ、光がずっと点滅してるのが見えて眩しいんですよね……」


「「ずっと」って、どのくらいですか?」


「倒れてからずっとです」


「今も?」


「……はい。目を瞑っても消えないんです」



実は痒みよりも、こっちの方が煩わしかった。

頭がおかしくなりそうだ。



「まぁ、これもストレスや睡眠不足が原因だと思います」


「確かに睡眠時間は削ってましたけど、気持ち的にはまだまだ大丈夫な感じでしたよ」


「ストレスって自分では気づかない時があるんですよ。強い目的や意思があると、自分はまだまだ大丈夫なのだと、気持ちに蓋をしてしまう。そういう時の方が実は厄介で、身体には強い負荷がかかってるんですよね」


「……」


「あと、閃輝暗点は脳の視覚を司る血管が収縮した時に起こる現象なんですよ。だから、喫煙やアルコールの摂取によって起きることもあるのですが……」


「……ボクは未成年です。酒もタバコもやってません」


「最近の若い子は真面目ですね。私が学生の時は……」


「あの、先生……」

 アンタのことなんか聞いてない。


「すいません。話が逸れましたね。ではやはり、心因性のストレスですね」


 英語の長文が読んでいて意味がわからずに頭がクラクラすることは何度もあったけど、その時のストレスが偏頭痛となって現れたという感じだろうか?


「とりあえず睡眠をしっかりとって日々安静にしておけばいずれ治ると思います。くれぐれも無理はしないでくださいね。まぁ、何事も向き不向きがありますから」


 死刑宣告を受けたような気持ちだった。


 「勉強するな」と言われることが、ここまで屈辱的だとは思わなかった。

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