第14話(2) 鋼の刃
「観念してナイフを捨てよ」
獲物を見据えるような鷹の睨み目がよく効く。
男は卑しく舌打ちをしてから渋々と持っていたナイフを地面に放った。跳ねて転がった金属音が路地裏に響き渡る。
「大人しくしろ」
「あ、あんたは……何もんだ……」
「私はオリーズ家の使用人だ」
「使用人だと? 使用人がどうして……オリーズ家なんかの為になぜ生きる。国境の外にゃ、ニーア王国のオリーズ家のせいで何十年もひでぇ思いをしてきた人間がごろごろいるんだ。どうせあんたも城じゃ酷い扱いを受けてるんだろ? オリーズ家の従僕は皆奴隷のように働かされてるって話は誰だって知ってるぞ。あんたも早く逃げたほうがいい」
「……いつの時代の話だ。現オリーズ候はそのような人ではない。言いたいことはそれだけか」
油汗を浮かす男の目が僅かに下へ動く。まだじりじりとシドの隙を探しているのがよく分かる。
「わ、悪いことは言わねぇよ。あんただって、本当は侯爵の奴隷なんかやってられねぇんだろ? そのままその仕事してたって一生人間的な人生は送れねぇんだ。どうだい、良かったら俺達の所へ来ねぇかい」
「それには及ばぬ。今のままで事足りている」
「そんなこと言わ――」
突如、男の眼光が醜く光り、次の瞬間にはその体が地面のナイフめがけて飛び込んでいた。その驚くほど稚拙な捨て身の行動は、まるで残り一つのキャラメルを奪いに行った子供のようだった。目の前に差し出された背中を手刀で叩きつけてやると、ぬかるみに顔から突っ込んで「ぐぁあ」とうめき声を上げる。
ドロドロの地面に四つん這いになった所を、腕の急所をつきながら後ろ手に捻りあげると、男は大声を上げて許しを乞うた。
「痛ぇええええ! 悪かったぁ! 悪かったよ! やめてくれ、もう何もしねぇよ。許してくれぇ」
「オリーズ家を愚弄する者は許さぬ」
「シド!」
突然、聞き覚えのある呼び声が聞こえた。見ると、先刻走って来た道に一人の女が息を切らして立っていた。
黒いヴェールを纏い、顔は見えないがそれが誰なのかは言及するまでもない。しかし、シドはその正体を犯人に気付かれるわけにはいかなかった。
「来るな! ミーナ、あっちへ行っていろ!」
叫んだ途端、フィリアは足を止めてそれ以上近付くことを控えた。ヴェールの下でどんな顔をしているかは分からない。
さらにそのすぐ後ろからバタバタと走り来る音が聞こえ、サプラスと馬を降りた一人の護衛が、暴漢を取り押さえているシドの元へ追いついてきた。
「シド殿、この男は」
「サプラス様、これがフィリアお嬢様を襲ったあの時の暴漢です。オセ国を祖国とする反乱分子のようです。後をお願いします」
「なんと、この者が例の……シド殿はまたお手柄というわけですか。先ほどの話を横から聞いておりましたが、あなたは騎士団学校におられたわけですね」
「……はい……」
「どうりで基本ができていると思いました。しかしながら、長らくフィリア様を欺いて来たとのこと、相応の処罰はご覚悟下さいよ。私には与り知らんことですが、侍女があれだけ怒っていたからには相当のことをしたのでしょう。正直私としては不愉快至極です。恩赦が出るとは思いませぬように」
「…………」
世に名高い歴戦の英雄は、以前にも増して見下すような一瞥をシドに送って来た。そして憮然としたまま暴漢を引き取った。
護衛が男の体をきつく縄で縛りあげている間、サプラスは正面へまわって顔を上へ向かせる。
「お前は何者だ。なぜ侯爵家の馬車を狙った」
「オリーズ家は敵だ。それ以外に理由はない!」
以降、男は目を瞑って黙秘を決め込んだ。サプラスも元から期待などしておらず「後でみっちり聞いてやろう」と声をかけると慣れた様子で男をその場に立ち上がらせる。
シドはフィリアの元へ駆け寄り、暴漢が暴れても問題ないよう盾となっていた。その腕を、背後から彼女がつついて来る。
「シ、シド様……、大丈夫ですか。お怪我は?」
「あ……ああ、大丈夫だ。ありがとう」
「な、なんだとっ?」
二人の会話を聞いたサプラスが素っ頓狂な声を上げた。
フィリアだと思っていた女とシドがその口調で会話を始めたら当然驚くだろう。声で気付けそうなものではあるが。
シドが説明しようとするのも聞かず、顔を真っ赤にしたサプラスは「これはいかんっ」と叫び、未だに暴れようとする男をもう一人の護衛に押し付け、来た道を全速力で駆け出した。もちろん、もう一人のヴェールの女を探しに行ったのだろう。
後で難癖を付けられなければ良いが――そう思いつつ、もう一人の護衛が男を連行して歩き始めたので、仕方なくシドもフィリアと共にその後へ続いた。
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