第51話

 卯敷は思い出す事に抵抗があるのか表情はやや引き攣っていた。

 

 「出くわしたのは本当に偶然だったんすけど、タイミングのお陰で命拾いしました」

 「――っつーと?」

 「角を曲がった時にそのままばったりって感じっすね。 向こうも想定していなかったのか驚いている感じでした。 歳は俺達と同じぐらい、何処かは知らねーっすけどどっか別の学校だと思います」

 

 同年代、女。 そのキーワードに祐平は少しだけ嫌な予感を覚えた。


 「歳が同じぐらいって事の根拠は?」

 「? そりゃ制服着てるんですから間違えようもないっすよ」

 

 制服。 特徴が不自然な程に一致している。

 嫌な予感が加速し、違って欲しいといった願いもあって鼓動が速くなった。 


 「とにかく、出会った時から何かおかしい奴だと思ったんすよ」

 「さっきからおかしいとかヤベーって話は聞くが具体的にはどうヤベーんだ?」

 「まず、怯えた表情を作る癖に真っ先にやったのは魔導書を隠す事でした」

 「なるほど、咄嗟でそんな真似してりゃ確かに手慣れてる感はあるな」

 「そうなんですよ! で、戦う気はありませんとか言いながら視線は俺達の魔導書、心臓、首と急所をざっと見て来るんであぁこいつやべぇって思って不意を突いて逃げました」

 

 卯敷の話は盛られている可能性もあるので、鵜呑みにするのは良くないのではないか?

 嫌な予感から逃れる為に祐平はそんな事を考えていたが、他は聞くに当たって信じてから気になる点を指摘するつもりでいたので関心とも納得とも取れる態度で頷いたり首を傾げたりしている。


 「咄嗟の時に相手の視線なんてよく見ていられたわね」

 「あんたの時も視線で怪しいと思ったから逃げたんだよ。 何かするんならもうちょっとスケベ心を隠せ。 性根っつーか魂胆が透けて見えてたんだよ」

 「ぐっ、このガキ……」

 「煽り合いは後でいい。 実際、櫻居は仕掛けようとしていた訳だし、卯敷の感覚もあながち勘違いって感じじゃなさそうだな。 って事はその女がマジでイカれている可能性は充分にあるぞ」


 祐平と違い冷静に話を聞いている水堂は櫻居を窘めつつ卯敷の話を頭の中で整理していた。


 「あの、信じて貰えてなかった感じっすか?」

 「話でしか聞いてねぇから、どうしたって百パー信じろってのは無理だ。 その辺を埋める為にこうして色々と聞いてるんだろうが。 取りあえず、そのヤバい女の特徴とか他にないのか? 魔導書は――まぁ、話が本当なら結構な数を殺してるっぽいし、五から十ぐらい持っててもおかしくはねぇか」


 五から十と区切ったのはこの迷宮で他の人間と遭遇する事の難しさを考慮しての事だ。

 水堂や祐平も今までに何人かと会って来たが、指で数えられる程度の人数なので余程偏った運か、他の人間を探し当てる能力か何かがなければ難しい。


 御簾納とい偏った例もあったので決めつけは危険と判断しており、あくまで目安でしかなかった。

 卯敷はその女の情報を少しでも思い出そうとうんうんと唸る。

 祐平は少し悩んだ後、決定的になり得る質問をぶつける事にした。


 知らない可能性は高く、違っていて欲しいといった願いもあっての事だ。


 「名前とか聞いてないか?」

 

 質問しておいておかしな話ではあるが、知らないでいてくれ、答えがない事を彼は期待していた。

 そうすれば狂った殺人鬼がここを彷徨っている。 そんな奴がいる場所に笑実を一人にしては置けない。 捜索に力を入れられる。 


 ――そんな彼の期待は――


 「あ、名乗ってましたよ。 確か――なんだっけ?」

 「トッシー、藤副って言ってたぞ!」

 「あぁ、そうそう、そんな名前だった」


 ――あっさりと裏切られた。


 祐平は卯敷達の言葉を信じたくなくて思考が真っ白になる。


 「藤副って……マジかよ」

   

 水堂達は事前に話を聞いていたので自然と祐平へ視線を向ける。

 祐平は認めたくないといった気持ちで、一縷の望みをかけてスマートフォンを取り出すと中に入っている写真を表示させた。 笑実だけではなく、友達数人と映っている写真だ。


 「その娘ってこの中にいる?」

 「あ、居ますね。 こいつっす。 ってか知り合いだったんすか!?」

 

 迷う素振りすらなく、真っ先に笑実を指差す。


 「……こりゃ疑う余地なしだな。 祐平、取りあえずこいつらが出くわした相手はお前の連れだ。 そこは呑み込め。 その上で彼女が何でそうなっちまったのかを考えるんだ。 出来るな?」

 

 水堂にそう言われ祐平は気持ちを落ち着ける為に何度も深呼吸をして無理に平静を装う。

 

 「まずは君らが会った娘は藤副 笑実。 俺の幼馴染だ。 一緒にここへ放り込まれて探していた相手だ」

 「あー、何と言うか俺ら嘘は言ってないっすよ。 いや、マジで」

 「そこは疑ってねぇよ。 取りあえず生きて居たって事ははっきりしたが、話を聞いた限りそんな事をするタイプとは思えねぇな」


 少なくとも祐平から聞いた笑実の印象は何処にでもいる普通の娘と言った感じだった。

 祐平の話と卯敷の話では印象に差があり過ぎる。 つまりここに来た後に何かがあったのだろう。


 「まぁ、魔導書の力でトチ狂ったのか、操られてるのか、それとも化けているのか……」

 

 祐平は魔導書で得た知識を用いてあらゆる可能性を模索する。


 「笑実は具体的に何をしてきた?」

 「逃げた後、何かぶっぱなしてきましたね。 俺が呼んだ悪魔の足をぶっ飛ばされました」

 「銃声みたいな音がしたから銃だな!」

 「他は? ちなみに傷口が溶けたりとはなかったか?」

 「特にはなかったと思います。 すぐに逃げたんで他は見てないです」


 本当に銃だとしたら『08/72バルバトス』だろう。

 『14/72レラジェ』の可能性もあるが、あちらは腐食毒を扱うので溶けていないなら決まりだろう。 狩人の悪魔なので精神に変調を与えるような能力は持っていない。

 

 ――祐平はもう彼女に何があったのかをほぼ悟っていた。


 だが、認めたくなかったのだ。 それをしてしまうと彼女はもう――

 ポンと水堂が彼の肩に手を置き、力なく首を振る。


 「前に言ってた奴だろ? 知り合いなのは分かってる。 だからそれは俺が変わる」

 「ちょ、ちょっと? あんた達何を言ってるの? 主語がないわよ!」

 

 水堂は櫻居に黙ってろと睨み、口を閉じさせる。

 全てを察している水堂の気遣いはありがたかったが、もうどうにもならない可能性が極めて高い。

 だから、祐平は覚悟は決めていないが諦めの混ざった口調で答えを口にした。

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