ブラの紐 2/3
釈迦は極楽浄土を全力で走っていた。
彼が全力ダッシュをしたのは何万年ぶりである。
そのときは急にうんこが出そうになって、全力ダッシュしたものの間に合わないと悟り、蓮の池でやむおえず野糞をしたのだ。
彼の放ったうんこは現世へと勢いよく落下し、恐竜という種族が絶命してしまった。だが釈迦はそれも仕方ないことだと思っている。遅かれ早かれ、あらゆる生命はいずれ終わるのだから。
家まであと少しというところで釈迦は速度を落とし、その場で休憩することにした。これなら「月曜から夜ふかし」になんとか間に合いそうだ。それに、なんだかもう疲れてしまったのだ。
釈迦は蓮池の淵にある小石に腰掛けると、どんよりと濁った池の中を覗き込んだ。ここから下界の様子を観察することができるのだ。
釈迦はため息をついた。
人間という生命をつくったものの、こいつらは本当にどうしょうもない奴らだった。自分のことしか考えておらず、常に誰かを蹴落とそうとしている。
「もうめんどくせーから絶滅させちゃおっかなあ」
釈迦は蓮池を覗き込みながら一人ごちた。
人類滅亡。しかしそれを躊躇させる要素が一つだけあった。「月曜から夜ふかし」の存在である。
釈迦は桐谷さんのコーナーが特におきにいりだった。人間はたまにああいった面白い番組を作るからタチが悪い。ただ、桐谷さんのコーナーが突然終わったりでもしたら、人類は確実に滅亡させるつもりだ。もちろん一人残らず地獄行きである。
それにしても最近の地獄は人で溢れかえっている。それもこれも、人間どもが揃いも揃ってクズばかりなのが問題なのだ。
釈迦は尻をボリボリとかきながら地獄の様子を伺う。罪人たちが拷問を受け、断末魔をあげている。こんな様子をもう何万年と見てきたのだ。正直いってうんざりしてしまう。
そろそろ家に向かおうと立ち上がったとき、一人の罪人の姿が目に止まった。
おや、と釈迦はおもう。
釈迦は人間を一目見ただけで、その人物がどのような人生を送ってきたのかを知ることができる。
この男は確かにクソみたいな人間に違いない。
しかしたった一度だけ、誰かのために善い行いをしたことがある。
男が救ったのは、正確には救おうとしたのは、一人の風俗嬢だ。
箱ヘルのボーイとして働いていた男は、ある風俗嬢を助けるべく組の金を盗んで二人で逃げ出さそうとした。しかし途中で見つかってしまい殺されてしまったというわけだ。
その風俗嬢は、男がかつて生き別れた妹にそっくりで、だからこそ男はその女に対して特別な感情を抱いたのだ。自分の命に変えてでもこの女を救いたい。その一心で男は動いたのだ。
なかなか泣ける話じゃないか。しかも男は気づいていないが、風俗嬢は男の実の妹なのだ。
普段ならこんなことはしないが、釈迦をこの男を試してみたくなった。
釈迦は一本の細い糸を蓮池から垂らした。
それは風俗嬢のブラを何枚も束ねて作ったものである。
これを登っていけば、見事人間界に復帰できるわけだが……。
釈迦は蓮池を覗き込む。
「おい、てめーら! これは俺のブラだ! いや、まあ俺のじゃねーけど俺のためにあるブラだ! だからさわんじゃねぇ!」
釈迦は思いっきりため息をついた。
やっぱり人間はクソだ。
ブラの紐にしがみつく男の足に、たくさんの罪人たちが群がり、罪人達の重みでブラの紐が下方向に引っ張られしまっている。あれでは紐が切れてしまうのも時間の問題だ。
仮に男が他の者に紐を譲っていたら?
そして他の罪人たちも他者を思いやり、一人一人ゆっくりと紐を登っていたら?
しかしどうやら釈迦の予想通りの展開になってしまったようだ。紐が切れ、このまま男たちは地獄の底へ逆戻り。ジエンドだ。
さて、そろそろ「月曜の夜ふかし」の時間だ。
釈迦が家に帰ろうとした、そのとき。
「……っ!?」
予想外の光景が広がっていた。
大量の人間がブラの紐にぶら下がったことにより、紐は伸び切り男たちは地面に足をついている。それなのに。
「ブラの紐が切れてない……だと?」
釈迦はメイドインジャパンクオリティを侮っていた。その昔、百人乗っても壊れない的な車庫のCMがあったが、日本製のブラは百人の罪人がぶら下がってもちぎれないのだ。なんという伸縮性。
月曜の夜ふかしといい、ブラの紐いい、まったく人間という生き物にはたまに驚かせられる。
「おいおまえら! さっきは掴まんなとか言ったけど前言撤回だ! 地獄中のやつらに伝えろ! このブラの紐に掴まれってな!」
罪人たちがどこからともなく現れ、みな紐にしがみつく。
そして極限まで引っ張られたブラの紐は……。
「いくぞてめぇらああああ!」
ものすごい勢いで縮んだブラの紐は、罪人たちを引き連れて現世へと駆け上っていった。
打ち上げ花火のように上昇する罪人たちを見つめながら、釈迦は「まあそんなことより、はやく家に帰って月曜から夜ふかしを見なきゃ」と思った。
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