AI時代のデリバリーヘルス 4/4
降り続いていた雨は次第に小雨になり、やがて止んだ。
予定より5分ほど過ぎたところでライトバンの扉が力なく開いた。
「……いま、もどりました」
俺は運転席のミラー越しに女に向かって「おつかれさん」という。
「ずいぶん乱暴なプレイをされたみたいだな」
俺の声かけに女は答えなかった。よほど疲れているのか女はぐったりと横になっている。この女にはこの後指名が入っていないから、まあ寝かせておいても問題はないだろう。
俺はエンジンをかけてホテルを出た。
しばらく車を走らせているとスマートフォンが鳴った。ハンドルを握ったまま電話に出る。客だ。
『あ、今からすぐいける子がいいんだけど』
この仕事を長くやっていると、声だけでだいたいそいつの年齢、顔、体つき、性癖がなんとなく分かるようになる。ちなみにこいつは40代前半のハゲデブで床オナするタイプのクソ野郎だ。
「ありがとうございます。ご指名はありますか?」
『ヒメノちゃんって子がかわいいから、この子がいいんだけどイケる?』
今ならいけますよ。そう言おうとしたタイミングでバックミラーに移る女の顔が視界に入った。どうやら前の客にぶん殴られたらしく、目元にはパンダみたいなデカい痣ができていた。なんてこった。
「あの……お客様……ヒメノちゃんはイケるといえばイケるんですけど……その、なんというか、ちょっとボディが傷ついてしまして……」
『えー。ボディって、どこなの?』
「顔です。前のお客さんがけっこう本気で殴っちゃったみたいで。すぐに修理に出しますが、今日となると少し厳しいですねえ……」
『ふーん、そうなんだ。まあ、だったら別の子でいいよ。じゃあ……この、マキマちゃんって子にしようかな』
「マキマちゃんですね。かしこまりました。メニューはいかがいたしますか。中だしからスカトロまで何でもアリも【ありあり☆アリーヴェデルチ・プラン】がオススメになっておりますが」
『じゃあそれにするよ』
「ありがとうございます」
通話を終えて、俺はいったん事務所に戻ることにした。今積んでいる女を捨てて次の女を拾いにいくためだ。
早く帰りてぇなと思いながら国道を飛ばしていると、後ろから女の声がした。
ミラーを見ると、女が苦しそうな表情を浮かべながら俺の方に手を伸ばしている。
「うう、水を……ください」
「うるせぇな。おまえはロボットなんだろ? なんでロボットが水飲むんだよ」
「わたしは……ロボットじゃないです」
俺はいったんそこで車を留めた。
女が車に入ってきたときからずっと思っていたのだが……くさいのだ。
後部席をあけて女を車外に引っ張り出す。女の体は綿菓子のように軽かった。
うずくまる女の肩を足で蹴とばす。
「てめぇ、顔中ゲロまみれじゃねえか!!」
「お客さんがゲロチューさせろ、っていうから……それで」
女はそのときのプレイをリフレインしたのか、盛大にゲロを吐いた。
「きったぇな! 死ね!」
俺は女をその場に残してそのまま車に飛び乗った。
女が降りても車内はまだゲロのにおいがする。最悪だ。
最近、この業界では人口知能を搭載させたロボットにデリバリーヘルス嬢をやらせるのが流行っているらしい。最大手では、客に好みの外見を選ばせて、3Dプリンターで出力してその場でデリヘル嬢を生成してしまう、なんてところもあるらしい。
デジタル化ってすげぇなぁと思う代わりに、なんでうちはいつまで経ってもアナログなんだろうという不満が喉元まで押しあがってくる。勤怠管理は未だにタイムカードだし、給料だって現金手渡しだ。そんな店が堂々と「業界最先端の技術を一早く導入しました!」なんて広告を出しているのだから笑っちまう。でも客も人間の女をロボットだと信じ込んでいるらしく、うちの店は今やけっこうな人気店だ。
人口知能が人間様の仕事をたくさん奪った。まあそのおかげでたくさんの女(若いだけで何の能力もないような)が露頭を迷うことになり、風俗業界は潤沢な人材を確保できたわけだけど、さすがにうちの店のやり方は『今風』じゃないって感じがするんだよな。
あーあ、うちはいつデジタル化するだろう。
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