エロエロパン
エロエロパン
クラスの友達たちが「彼氏ほしー」なんて言いあうのを、私はいつも冷めた目で見ていた。
結局みんなが欲しいのは「彼氏がいるわたし」というステータスだけで、心が通じ合った大切な人が欲しいわけじゃない。そのことを友達に話したら、「ユカリは真面目すぎ」ってバカにされた。
でも真面目のいったい何が悪いんだろう。せっかく付き合うんだったら、文化祭が終わったあとにすぐ別れるようなインスタントなやつじゃなくて、仮に関係が終わったとしてもずっと心に残る、素敵な恋をしたい。
そんな恋なんてできっこないって思ってた。たぶん私にはこの先もずっと恋人ができないんだろうと諦めていた。でもそんな私でもちゃんと恋に落ちてしまうのだから、神様ってやつはいじわるだ。
「ユカリちゃん、いらっしゃい」
お店にいくと、その人はいつだって私を笑顔で迎えてくれる。だけどそれは私がお客さんだからであって、それ以上の意味があるわけじゃない。そう思うと、胸の奥のほうがきゅっと苦しくなる。
「ちょうどいいところに来た。いまパンが焼きあがったところだよ」
パンのにおいって不思議だ。やさしくて、心が落ち着く、しあわせなかおり。
はじめてこの店を訪れたとき、私はものすごく憂鬱な気分だった。いったい何があってそんな気持ちだったのかはもう忘れてしまったけれど、確かなことは、店に入ってパンのにおいをかいだ瞬間、そのいやな気持ちが全部ふっとんでしまったということだ。
パンを選んでいる間、彼の視線が私に向けられているのがよく分かる。このままずっとパンを選び続けていれば、彼は私のことをいつまでも見てくれるんじゃないか。そんなバカなことを考えるくせに、私はお決まりのパンを取って足早にレジへと向かう。
パンを袋に詰めてもらっている間は私にとって至高の時間だ。だって、堂々と彼をみつめることができるから。
すらりとした長身に白色のエプロン姿が良く似合っている。やさしそうな口元。きれいな鼻筋。意志の強そうな瞳。ぜんぶ、好きだ。
「いつもありがとう。気を付けて帰るんだよ」
いつものフレーズ。いつものスマイル。いつものお別れ。
あーあ、って感じ。この「いつもの」に愛おしさを感じる一方で、ずっとこのままなのかなという焦りみたいな気持ちがある。
私はたくさんいる客の中の一人で、つまるところただのa lot of。なんか英語にすると特別感が出るけど結局私はただの客。彼からすれば、よく店に来る「食いしん坊JK」くらいにしか思っていないだろう。
食いしん坊JKが私一人だけだったならいいのに、残念なことにライバルは多い。彼女たちはおいしいパンを求めているとみせかけて、虎視眈々と彼を狙っている。
このまえ、隣の高校の女子生徒が彼に手紙を渡している場面を見てしまった。その子は女子目線から見てもいわゆる美少女と呼べるルックスの子で、私に勝ち目がないのは火を見るよりも明らかだった。しかもショックなのが、その子が彼と一緒にお店の裏口に入っていく現場まで見てしまったことだ。まあ見てしまったというか、こっそり後をつけて見たんだけど。
名前を覚えてもらって、少しくらいなら世間話をできるようになった。つい最近はなしたのは、ここのパンは焼くときにある特別な「音楽」を聞かせてるってことだ。どんな音楽なのかはキギョーヒミツらしい。
彼との会話を少しでも長引かせるために、その話を聞いたあとネットでいろいろ調べてみた。するとパンの中には酵母という成分があって、音楽を聞かせることによって活性化するのだということがわかった。
次に店に行ったときに「お腹の赤ちゃんに音楽を聞かせるのに似てますね」って言ったら、彼は「確かにね。このパンたちは僕にとって赤ちゃんみたいなものだよ」と笑ってた。ああ、この人間違いなくいいパパになるじゃんって思って、そのママは誰なんだろうとか考えながらパンを食べてたら、涙が出てきた。
チャンスがないと分かっていても、何も努力しないのはダメだ。できることをして、最後は当たって砕けたい。友達が言うように自分でも真面目だなって時々おもう。でもこれが私だから仕方ないじゃん。
現状を変えたいと思った。ただの食いしん坊JKと思われるのはいやだ。名前を呼ばれるだけじゃいやだ。どうでもいい世間話だけじゃなくて、もっと彼の話をききたい。私の話をきいてほしい。お客さんとしてではなく、私を一人の女として見てほしい。
「あ、あのっ!」
彼がパンを袋に詰めているとき、私は勇気をふりしぼって声をかけた。
客は私以外に誰もいない。店内は静かなクラシック音楽が流れていて、私の声は思った以上によく響いた。
好きです。
でもそう言おうと思った瞬間、一夜漬けで覚えた数学の公式がぶっとぶみたいに頭が真っ白になった。
彼はぽかんとした顔で私を見ていた。
ハズい。ハズすぎる。いっそこのまま死んでしまいたい。
告白だ! 告白するんだ! 私!
「す、好きです…………ここのパン」
私、死んだほうがいいかもしれない。
「ありがとう」
彼はそう言うとさわやかに笑った。
私は「他の店のパンはもう食べられないですよ~あははは」とか適当なことを言って場をつないだけど、内心泣きそうだった。
「うちのパンを好きって言ってもらえてとってもうれしいよ。そうだ。もしよかったらパンを作ってるところを見るかい?」
「え……いいんですか? ぜ、是非みせてほしいです……あはは」
あれ。なんか思ってた展開と違うくない? そう思ったけど、ま、なんでもいっか。いまさら告白する気にもなれないし、もうなんでもいいや。
彼が「おいで」と言うので後ろをついていく。彼はいったん店を出ると、店の前に「準備中」という札を立て店の裏側へと回った。
店の裏口の扉を開けると、あのしあわせのにおいがふわりと鼻先をかすめた。しかも店のなかでかぐよりも数倍濃度が濃い、言うならばめちゃくちゃしあわせのかおりだ。
そのかおりをひとかけらも逃がさないように思いっきり息を吸い込んでいると、盛大にむせた。前を歩く彼は肩を揺らしながらくすくすと笑っている。私、完全にバカキャラだ。
「おいしいパンをつくるにはちょっとしたコツがいるんだ」
彼はそういって立ち止まると、私の方に振り返った。
彼と目が合う。私の体は固まる。彼が一歩だけ私に近づく。彼の革靴が床にこすれて、きゅ、という音が鳴る。
「コツ、ですか? もしかして前に言ってた音楽をきかせるってやつですか?」
彼はさらに一歩、私に近づいた。
「ああ、よく覚えててくれたね。そうそう。パンってね、音楽を聞かせるとすごくおいしく焼けるんだよ」
さらにさらにもう一歩彼が近づく。
今までは私たちの間にはいつもレジカウンターがあった。だけど今はそれがない。
しあわせのかおりとは別のにおいがした。彼のにおいだった。
「音楽って、やっぱりクラシックとかですか?」
彼はにっこりと微笑み、「違うよ」と言った。
「じゃあいったいどんな音楽なんですか?」
ふいに、彼の右手が私の左胸の上にのった。ぴくん、と体が固まる。恥ずかしさのあまり彼の顔が直視できない。彼はパンをこねるように、ゆっくりとリズミカルに私の左胸をもんだ。AV女優みたいな「んっ……」っていう甘い声が自分の口から出てびっくりした。
その声を合図にするかのように、今度は彼の左手が私の制服の内部に侵入してくる。ブラの隙間をヘビのようにするりとかいくぐると、パンの上に乗ったレーズンみたいな私の乳首をくりくりとこねだしはじめた。触られているのは胸なのに、なぜか下半身がじわりと熱くなる。
彼は私の耳に優しくキスをすると、こうつぶやいた。
「その音楽を、今から君とつくりたい」
***
【朝日新聞】
パン屋店主、女子高生に性的暴行の疑いで逮捕
XX県警察は5日、XX県内のパン屋を経営する男性(36)を、女子高生に対する性的暴行の疑いで逮捕した。
逮捕された男性は、パン屋に通う女子高生(16)に暴行を加えた疑いが持たれている。女子高生が通学途中に立ち寄っていたパン屋内で、男性が胸や尻を触るなどの行為を行ったとされる。なお男性は行為の音声を録音しており、店内からは複数の音源が発見された。
男性と女子高生が店の裏口に入っていくのをみかけた近隣住人が不審に思い、警察に通報。捜査によって男性の犯行が発覚した。男性は容疑を一部否認しており、「おいしいパンをつくるためだった。性的行為が目的ではなかった」と供述しているという。
警察は今後、詳しい調査を進めるとともに、同様の被害者が複数人あるとみて捜査を行っている。
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