令和五年のメリーさんの電話
令和五年のメリーさんの電話 1/1
人間どもは、わたしのことをメリーさんと呼ぶ。
でもわたしの本当の名前は佐々木・メリージュン。
ささっきーとかじゅんちゃんとか、もっと親しみを込めて呼んでほしいのに、ばかな人間どもは「メリーさん」と、嫌いな先輩とちょっと距離をおくみたいに「さん」づけで呼ぶ。
わたしはそう呼ばれるたびに強い不快感を覚える。
だからわたしは人間を殺す。
人間とコンタクトをとるとき、わたしは目を瞑って意識を集中させる。しばらくすると真っ暗な視界にたくさんの糸のようなものがみえてくる。その中から一本を手に取り、「繋がって」と強く念じる。すると、人間たちが発明した「電話」という機器とわたしの意識が接続されるのだ。
「あたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの……」
いつもわたしは自分がいる場所を偽る。だって、駅のトイレで前髪を入念にセットしてます、なんて恥ずかしくて言えるわけがない。
たいていの人間は、わたしの声をきくと不機嫌そうな態度を取る。
「は? 誰?」
「いたずらはやめてください!」
「二度とかけてくんな!」
汚い言葉を吐き捨てられるたびに、わたしは泣きたい気持ちになる。しかしわたしは目にたまった涙を指先で拭い、今度こそは友達になってもらえるかもしれない、そんな希望をもって人間たちに語りかける。
「あたしメリーさん。今タバコ屋さんの角にいるの……」
ほんとうは、すぐにでもつながった人間のもとへ向かい「わたし佐々木・メリージュン! ささっきーとか、ジュンとか、好きに呼んでいいからねっ☆ にこっ」と自己紹介したいのだが、いきなり目の前にワープされたら人間もびっくりするだろうし、こっちもなんだかんだで心の準備ができていないから、少しずつ距離をつめたい。
コンビニの前。歯医者の駐車場。家の前の電柱のうしろ。
少しずつ、少しずつ、わたしは人間に近づいていく。その間、心臓はバクバクと鳴りっぱなしだし、手も汗で湿っている。そんなわたしの気持ちを、あいつらは言葉の暴力で踏みにじる。
「めんどくせーからイタ電話すんなやボケェ!」
「警察に通報するぞカス」
どれだけ汚い言葉を浴びせられても、わたしは人間への興味を捨てることができなかった。この世界にはゴキブリの卵ほどの人間がいる。中にはバケモノのわたしを受け入れてくれる人間がいるかもしれない。そう信じてわたしは人間とつながり続けた。
しかし「令和」という時代になって、ある問題が生じた。
「あたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの……」
「はあ……」
「あたしメリーさん。今セブンイレブンの駐車場の前にいるの……」
「ふーん」
「あたしメリーさん。今あなたの家の前にいるの……」
「えっ、まじ? 俺いま外なんすよ。ごめんなさい。ってかすいません、最初の電話できくべきだったんすけど、その、誰でしたっけ? スマホ買えたばかりで電話番号の移行がまだできてなくてー。あはは。できればLINEで連絡してもらっていいっすか?」
それまで人間たちの「電話」は家にあった。しかし技術が進み、電話は外に持ち運べるようになってしまった。
それに伴い問題が発生した。
わたしの意識は電話と接続しているのだが、人間がちょこまかと動くので電話の座標が特定しにくくなってしまったのだ。だから人間の近くにワープしようにも、座標が逐一かわってしまいそれも上手くできなくなってしまったのだ。だから最後の決めセリフ、「あたしメリーさん。今あなたの後ろにいるの」が言いたくても言えない。
そんなある日、わたしの意識はある男と繋がった。
「あたしメリーさん。今ゴミ捨て場にいるの……」
いつもの決まり文句を言いながら、わたしは心のどこかで今度もダメなんだろうなと思っていた。しかしその一方で、鏡の前に立って入念にメイクしている自分がいる。矛盾していると思った。
「あたしメリーさん。今ツタヤの前にいるの……」
おや、と思う点があった。それは、どうやらこの人間は「固定電話」しか所有していないということだった。いつもなら電話の座標がころころと変わってめちゃくちゃうざいのだが、今回はそうではない。脳内で、ちょっとデジタルに弱い役所広司のような、ダンディなおじさまをイメージした。渋い声が返ってくるんだろうなと淡い期待を抱いていたのだが、しかしそうはならなかった。
「あたしメリーさん。今郵便局の前にいるの……って、もしもし?」
「……」
長い間バケモノをやってきたが、汚い言葉を浴びせられることはあっても無視をされることはあまりない。だんだん腹が立ってきた。
「ねえ、聞いてるの!? ちゃんと返事しなさいよ!」
しかし電話の先の人間は相変わらず黙ったままだ。わたしはバケモノだから凸電しても許される存在だが、こいつは人間。無視をするなんて失礼なやつだ、わたしは声を荒げた。
「あんたそれでも人間!?」
すると、すんすんと鼻をすするような音がきこえてきた。湿った人間の声が鼓膜を揺さぶる。
「ありがとう……ございます」
意味が分からず戸惑っていると、人間は「実は僕、たった今死のうとおもっていたんです」と、決壊したダムのような勢いでしゃべりだした。
「いままで、誰も僕のことを人間として扱ってくれなかった。でもあなたは、あなただけは違った。僕を人間だといってくれた」
男は嗚咽を漏らしながら、「ありがとうございます」と連呼した。
この世に生まれてからこれまで間、わたしは一度も「ありがとう」と言われたことがなかった。たった数文字のその言葉は、わたしの冷めきった心をユニクロのヒートテックのようにあたためた。
それからしばらくの間、わたしは人間の男との会話を楽しんだ
「メリーさん、今期のアニメなら『108等分の花嫁』がおすすめですよ! ヒロインが108人もいるんですけど、どの娘もかわいいくて選ぶのに苦労するんですよー。あ、そういえばメリーさんの声って、声優の花絵かにゃたんに似てますよね。でゅふふ」
さっきまで死のうとしていたくせに、男はアニメの話になると水を得た魚のように饒舌に話しはじめた。わたしもアニメは好きだったので、男の話はどれも興味深いものでまったく退屈しなかった。
「もう少しこのまま繋がっててもいいですか? あの、もしよかったらでいいんですけど、今度はメリーさんの話もきかせてほしいです」
今度はわたしが話す番だった。
男は話の腰を折ることもなく、じっとわたしの話をきいてくれた。ただそれだけのことなのに、涙がでるほどうれしかった。
この人なら。
わたしは意識を集中させ、男のもとへとワープした。
とはいえ、いきなり男の背後にワープするのはやはり恥ずかしかった。
そんなわけで、男からほんのすこしだけ離れた場所へ着地する。はやる気持ちをおさえながら男が住む場所へと早足で駆け出す。
古びた木造アパートの二階、廊下のつきあたりに男の部屋はあった。
人間のルールでは家の敷居をまたぐときは呼び鈴を押すのだが、幸いバケモノのわたしにはそのルールは適応されない。物質透過能力をつかって色のはげた扉を悠々と通過する。板張りの廊下をそうっと歩き、男がいるはずのリビングへと向かう。
「あれ、メリーさん? どうしたんです? さっきから黙って」
わたしは人差し指を顔の前にあて、「しぃー」のポーズをとる。ここでバレたら今までの苦労が水の泡だ。最後は慎重にいかないと。小声で「あ、ごめんなさい」と答える。
「それにしてもメリーさんの声ってほんとうにかわいいですよねぇ。花絵かにゃたんにそっくりすぎて、まるでかにゃたんと話してるみたいでござるよ。ぢゅふふ」
さあ、最後の仕事だ。
あとは男の後ろに立ち、「あたしメリーさん。今あなたの後ろにいるの」と言えばいい。
男はどんな反応をしてくれるだろう。
驚きのあまり声を失うだろうか。それとも「わあ、びっくりした~」と、どっきりにひっかかったお笑い芸人のような変顔をしてくれるだろうか。もしかしたら「想像の100倍くらい美人ですね」と言ってもらえるかもしれない。うふふ。前髪の位置を整えながら男の後ろに立つ。
男は体を横向きにして、畳の上で寝転んでいた。
太った豚が休憩しているみたいだった。
男は小声で何かをつぶやきながら、しきりに下腹部をいじっている。
「はぁはぁ、かにゃたん。もっとかわいい声をきかせて……かにゃたん、かにゃたん、かにゃたん、かにゃたん。ああ、もうだめいっちゃういっちゃう……」
わたしは男の首に両手をそっと回し、力いっぱい締め上げた。
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