依頼は終わっていませんでした
「あー、そうか。来栖は常にストレスが溜まっていて情緒が不安定でしたね。ストレスを解消しようと他者に刃を向けていたができなくなる。となると……今度は自分に刃を向ける可能性が出てくるってことですか?」
律が改めて確認すると、槙島教諭は大きく首を縦に振った。
「暴力行為は絶対にやっちゃダメだけど、使い走りをさせたり犬食いをさせたり、実際に律君がやられたことをしてみたら? 来栖さんも、自分がやったことをやられたら身に染みるでしょう」
「なるほど」
やり方としては一理あるし、参考になるなと律は思った。
「あと、来栖さんは常に学年トップの成績だから、勉強を教えてもらったら? そう思えばメリットもあるでしょ?」
「あー。ただで勉強を教えてもらえるのは、ありがたいですね」
全然やる気が起きなかったが、学力が低く勉強が苦手な律にとって、無料で勉強を見てもらえるのは朗報である。これは便利じゃないか、と律は目を輝かせていた。
律が若干やる気を出し始めたのを見て、槙島教諭はニヤッと笑う。
「それに来栖さん……おっきいから!」
槙島教諭は両手を胸の下から上下に動かした。
「……はい?」
何してんだこの人?
と、律が呆気に取られている中、槙島教諭は律に身体を寄せる。
「おっぱい好きでしょ? バレないようにセクハラしまくりな!」
槙島教諭は手を口に添えて囁いた後、親指を立て満面の笑みだった。
「茜先生……教師ですよね?」
律は疑いの目を向けるが、槙島教諭はうんうんと満足げに頷くだけだった。
「それとも、私の方がいい? もう、今回だけだよ」
槙島教諭はハッとした顔になった後、恥ずかしそうに白衣を脱ぎ始めた。
「違う! 脱がなくていいです! チッ……はぁ……疲れるなぁ」
慌てて止めに入り、律は大きな溜め息と共に文句を口にした。
——フフッ可愛い可愛い。
白衣を着直しつつ、ご満悦の槙島教諭。それにげんなりする律であった。
「来栖は更生が必要でしょうけど、他の三人も俺がやるんですか? 三人はそこまで性格が歪んでいないので、来栖から引き剥がせば大丈夫ですよ」
「確かにそうねぇ」
槙島教諭は飴を口の中で転がしながら呟いた。
「ペナルティとしては奉仕活動とかでいいんじゃないですか?」
「妥当かもね。期間は半年くらいにしようかな。ボランティア部と相談してみるわ」
「じゃあ、三人は茜先生に任せていいですよね?」
菜緒一人でも重労働になりそうなので助かると思い、律は笑顔で聞き返したが、
「構わないけど、その説明は律君がやるのよ」
槙島教諭の返事で笑顔は消えた。
「……めんどいなぁ」
そしてまた愚痴が出てしまう律だった。
「実際にイジメられたんだから、思うところがあるでしょう? 彼女達の意識を変えるような言葉を伝えて頂戴」
宥めるような声色だったが、槙島教諭は真っ直ぐと律を見て言った。
「それって教師の役目なのでは?」
律は口を尖らせた。
槙島教諭は律の言動に仕方なさそうに笑いつつも、
「今の子達は教師が上から言っても、素直に聞かないのよ。特に今回に関しては、律君が言った方が効果はある。完全に騙された相手であり、恐怖を感じたでしょうからね」
しっかりとした理由を述べた。
表情からも嘘ではないとわかったので、律は覚悟を決めた。
「わかりましたよ、俺がやります。じゃあ放課後、四人が部室へ来るように茜先生から言ってもらえますか?」
「オッケー。その後、来栖さんは律君が面倒を見てね」
槙島教諭は念押しをしてきた。
「了解でーす」
わかってはいても面倒事には変わりないので、機械的な口調になる律だった。
「あ……そうだ。あいつら、もう逃げているかもしれませんよ?」
ふと、律がそう言った。
ネタばらしをし部室を出たのは昼休み中で、残り時間は十五分以上あった。急いで帰り支度をすれば間に合うだろう。と律は思った。
「逃がすわけないでしょ。律君から連絡をもらった後、速攻で捕まえたわ。今は生徒指導室で美穂ちゃんに見張ってもらってる」
槙島教諭は真顔でそう言った。
「……仕事が早い」
相手が悪すぎた、四人共残念だったな。と律は苦笑した。
「こっちもデータを移させてもらった。色々ありがとね、律君」
槙島教諭は微笑み、律へフラッシュメモリを渡してきた。
「まだ終わってませんよ。できるだけ頑張ってみます」
律が表情を引き締めると、
「殊勝な心掛けで嬉しいわ」
槙島教諭は目を細めた。
五時限目も終わりそうだったので、律は立ち上がり部屋を出ようとした。
「ちょっと、律君。お菓子を忘れているわよ」
槙島教諭は出ていこうとする律を止め、テーブルの隅で山になっているお菓子を指さした。
律は菓子に一旦目を向けたが、槙島教諭へと目線を戻し大きな息を吐く。その様を見た槙島教諭が不可解そうな表情する中、
「どうせ、また何回もここに来ますよね? 常備菓子にしますよ」
律は半目で睨みながら言った。
「本当に殊勝ね」
槙島教諭は心底嬉しそうな顔をしていた。
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