#69 懐かしき思い出

 ふう、と僕は息を吐く。

 緊張してきた。いつまで経っても、この瞬間は慣れない。

 紙を二枚準備する。

 一枚には文字をびっしりと書いた。僕がこれからいう言葉だ。言い換えればこれは『台本』。それをしっかり、噛まないように言えるよう何度も繰り返す。

 もう一枚は僕が通っている小学校のクラスメイトの名前と電話番号が書かれている。『連絡網』と呼ばれるこの紙。僕の名前の後ろにはクラスメイトの鍋島なべしまさんの名前がある。僕は普段鍋島さんと会話はほとんどしない。内気な僕とは違って、鍋島さんは活発な女の子だ。うまく伝えられるだろうか。


「鍋島さん? 泊です。学校からの連絡網です。明日──」


 何度も、何度も繰り返す。


「──よし、いくぞ」


 僕は意を決して受話器を手に取る。

 番号をプッシュして、呼び出し音を耳にしながら、高鳴る心臓を抑える。

 お母さんが出るか、鍋島さんが出るか……そして、


『もしもし』


 と、声が返ってきた。




 ☆★☆★☆★



 ふう、と僕は息を吐いた。

 画面には今送信したメールが表示されている。


(いい時代になったな。今じゃ、メールひとつでクラス全員に連絡がいく。連絡網がなくなったって知ったら、昔の僕は大喜びしただろうな)


 僕が小学生時代にあった連絡網というのは、今の時代はもうない。小学生ですらスマートフォンを持っている時代だ。必要な連絡はメールで済ませることができる。

 昔の僕みたいに電話が苦手な子にとっては嬉しい時代の変化だ。

 

(ただ、少し寂しい気もするな。電話をかけたら母親が出るか、本人が出るか、連絡網だけじゃなくて、友達を遊びに誘う時のあの緊張は今はもう味わえない……ふふ、今はいい思い出だもんな)


 学校の先生になってから実感する、自分が小学生の時に『あったもの』と『亡くなったもの』。それの変化に良い面と少し残念な気持ちを抱きながら、今日も僕の先生生活は過ぎていく。

 いつか、今の時代にあるものが、未来でなくなっているものもあるのかな、と思いながら。

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