28 敗走の魔将

「うぅ……痛いぃ……痛いですよぉ……」


 悪魔のような女騎士からどうにか逃げ切った魔王軍幹部『八凶星』の一人、『奇怪星』トリックスターは今。

 そのへんにいた魔獣を、残った力でどうにか操り人形に変え、その魔獣の背に乗って魔王城への帰還を目指していた。


「ホント、なんだったんでしょうかねぇ、あの女騎士さんは……。

 せっかく支配できたダンジョンがパー。護衛も失い、両腕も失い、前に他の迷宮で手に入れた魔王様にも内緒の護身用アイテムまで失い……踏んだり蹴ったりです」


 もう戯ける余裕すらなく、ただただトリックスターは脱力して魔獣の背に体を沈める。

 通りかかってくれたのが、前に支配を試みた化け猫の下位種のような猫の魔獣で良かった。

 毛皮のベッドが疲れた心を癒やしてくれる。

 支配しようとした時に、うっかり丸呑みにされそうになったのは怖かったが……。

 トリックスターは自らに与えられた力が『魔獣を操る力』だったことに感謝した。


「はぁ……」


 自らの能力を研鑽すること、幾星霜。

 同じくダンジョンより生まれた存在であることを利用し、他のダンジョンに自分を仲間だと誤認させて、支配権を奪うという研究を始めて、幾星霜。

 その成果が実を結び、ようやく支配率100%のダンジョンを手に入れたというのに、結果はこのありさま。


 これでも、トリックスターは相当頑張ったのだ。

 ダンジョンは長年をかけて自然界の魔力を取り込み、更に迷宮内で死んだ侵入者を栄養として吸収することで、どんどん魔力を蓄えて大きく強くなっていく。

 その蓄えられた魔力に干渉し、ダンジョンの拡張に当てられていた分を、ボスの強化とゴーレムや罠の生産に当てた。

 これは数百年〜数千年に一度生まれる知性あるダンジョンボス『魔王』にしかできなかった所業だ。

 つまり、トリックスターはあの瞬間、小さな魔王と言える存在に至っていたのだ。


 それだけの成果も台無しである。

 今回のような都合の良いダンジョンは、そうそう見つからないだろう。

 トリックスターの能力で支配できるのは、基本的に自分よりも弱い存在のみ。

 長年の研究によって、他のダンジョンの懐に潜り込んで、自分より強い魔獣を支配することもできるようになったが、それも相手の自我が強ければ不完全な支配にしかならない。


 前回の化け猫がその典型だ。

 あれには『もっと魔獣を生産して、迷宮の外を襲え』という命令を出したつもりだったのだが、何をどう間違ったのか『自分がボス部屋を出て侵入者を襲う』という命令に変換され、勝手に飛び出してしまったのだ。

 多くのダンジョンに似たような仕掛けを施してきたが、こういう不具合はしょっちゅう起こる。

 おまけに、化け猫に関しては変換された命令すらロクに果たせないうちに、どこかの誰かに討ち取られて黒焦げ死体になってるのを発見してしまったので、あの時もガックリきたのを覚えている。


 ちなみに、他の魔獣は外に出せても、ダンジョンボスだけは迷宮の中から出られないので、化け猫に外の世界を襲わせるというのだけは不可能である。

 同じ理屈で、魔王も魔王城からは出られない。

 だから、四大魔獣や八凶星のような、外での実働部隊がいるのだ。


「四大魔獣を動かせれば、あの女騎士さんも倒せますかねぇ」


 トリックスターは、魔王の支配を外れて久しい強獣達のことを思い浮かべてそう呟く。

 護衛として魔王に借りていたミニチュアドラゴンの攻撃力は四大魔獣並みと称したが、あれはあくまでも四大魔獣の最弱の攻撃と同等という意味だ。

 その気になればもっと強烈な攻撃を『広範囲』に『連打』してくるのが、あの化け物達。

 さすがの彼女でも、あれらには勝てないと思うのだが……。


「でも、どこにいるかわからないんですよねぇ」


 あれらは魔王の『裏技』によって生まれた存在。

 当代魔王が生まれてからの数百年間、先代魔王すら隠れ蓑にして身を潜め続け、溜め込みに溜め込んだ魔力をたった四体の魔獣の作成に費やし、魔王城を無敵の要塞にした四つの『鍵』だ。

 ダンジョンの制約のギリギリを攻め、支配権を手放すことと引き換えに、彼らは魔王城を守る無敵の結界の柱となった。

 その結界のおかげで、魔王が今の人類では倒せないほど強くなるまでの数百年という時間を稼げたのだから、これ以上を求めるのは欲張りが過ぎる。


 一応、トリックスターの能力があれば、見つけることさえできれば大雑把な指示を与えることくらいはできるだろう。

 制御権が失われているとはいえ、一応は同じダンジョンから生まれた同族なのだから。

 結界自体、魔王と魔王城が充分に成長した今となっては半ば無用の長物と化しているため、四大魔獣を使い潰しても特に怒られないはずだ。

 しかし、世界にたった四体しかいない怪物を探して回るというのは現実的ではない。


「大人しく、今までと同じ方針で動きますか」


 すなわち、チクチクとダンジョンに細工をして、たまに魔獣の軍勢を率いたり、同僚の『軍傭星』に預けたりして人類を攻める。

 あの女騎士を倒す手段に関しては、他の八凶星にも情報共有して、気長に探していくしかない。

 自分が気を揉むまでもなく『力の三将』あたりが倒してくれるとありがたいのだが……彼らも忙しいので難しいか。


 まあ、彼女は防御力こそ頭おかしいが、攻撃力は大したことがない。

 人類最強と謳われる『賢者』『剣聖』『帝王』の『北の三英雄』と違って、単騎で軍勢を押し返せはしないはずだ。

 脅威ではあるが、まだ放置していても大丈夫なレベル。

 彼女がいくら硬くとも、それだけで魔王軍の侵攻は止められない。


「とりあえずは、魔王城に戻って傷の治療。その後はまた魔王様のために、生まれ持った使命のために、ですねぇ」


 そうして、トリックスターは猫の魔獣に乗って歩を進める。

 魔王城というダンジョンより生まれた知性ある魔獣として、己の役割を果たすために。






 ◆◆◆






 そうして、異端の女騎士と魔王軍との因縁ができてから、一年と少しの時間が流れた頃。

 魔王軍にとって、彼女以上に因縁深い存在が現れる。

 歴代の魔王達が必ず相手にしてきた因縁がやってくる。


 ━━異世界の扉が開かれた。

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