22 エンカウント
「なあ、グラン。ホントにいいのかよ?」
「本当にくどいぞ、ワルビール」
最近Aランクに上がった期待の冒険者パーティー『グラウンド・ロード』の四人は、ギガントロックの町近くのダンジョンを突き進んでいた。
このダンジョンは攻略難度Bとされているが、たまにいる上位種のゴーレムを加味すれば、Aに近いBといったところだろう。
Aランクに上がりたての彼らからすれば、最もレベルに見合ったダンジョンと言えた。
「ああ、ラウンちゃん……そのうち、私が優しく
「アドリーヌさん、ホントいい加減にしてください」
パーティーの魔法支援担当の魔法使いにして、中性的であどけない少年が大好物の『アドリーヌ』がふざけたことを抜かし。
そこに治癒術師の少女『カナン』がツッコミを入れた。
アドリーヌも別に性的な意味だけでラウンを好いていたわけではない。
ちゃんと、仲間としての深い情を持っていた。
ただ、それはそれとして性的な意味でも狙っていただけだ。
少々アタックが過激すぎたせいで、ラウンは歳上の女性が若干苦手になってしまったが。
そんな彼女にツッコミを入れたカナンだが、彼女は彼女で、グラン✕ラウンの腐った妄想に大変お世話になった口なので、実はアドリーヌのことを言えない立場だったりする。
ギルドでバッタリ会った時、「ずっと鬱陶しいと思ってました」なんてことを口にしたが、その言葉は真っ赤なウソもいいところだ。
引退するならするでいいから、せめてグランの嫁に来てくれと心の中では叫んでいた。
しかし、ラウンを非戦闘員のサポーターとしてでもパーティーに置き続けたら、彼は間近で自分達の活躍を見せつけられ続けるという、拷問のような苦しみを抱えることになっていただろう。
だからこそ、二人ともラウンを遠ざけるというグランの決定に、血の涙を飲みながら従ったのだ。
ちょっとばかり歪んだ性癖があっても関係ないほどに、彼女達は良い奴らであった。
「くそう。ままならねぇなぁ……」
そんな仲間達を見て、悪人面の盾役『ワルビール』も観念する。
地頭の良いグラン、元は商家の娘で教養のあるアドリーヌ、アドリーヌに学んで知恵をつけたカナンと違って、彼はあまり頭がよろしくなく、パーティーで最もラウンに助けられてきた。
ゆえに、ラウンの幼馴染であるグランの次に、ワルビールは彼と仲が良かったのだ。
だからこそ、一度は飲み込んだラウンを置いていくという決定を飲み込み切れず、時間が経って再び反論をしてしまったが。
仲間達の悲しそうな顔を見ていれば、自分一人がワガママを言うわけにはいかないと思い、もう一度ままならない現実を飲み込んだ。
性癖のブーストが無い分、彼の思いが一番真摯かもしれない。
「おい、集中を乱すな。ここはダンジョンなんだぞ。あいつのことを気にして死んだら、それこそあいつに合わせる顔がない」
「ああ、すまねぇ」
「その通りね……。切り替えるわ」
「了解です。……ご迷惑をおかけしました」
ワルビールの言葉をキッカケにして、再び気持ちが沈んでしまった仲間達を、リーダーのグランは叱責する。
声音は冷たく、眼光は極悪人のように鋭かったが、これは彼が苦しみを堪えている時の顔だと理解している彼らは、リーダーの気持ちを汲んで、即座に気を引き締め直した。
さすがは高ランクに登り詰めた歴戦の冒険者達と言えよう。
そんな彼らは充分な安全マージンを取りながら先へ進んでいく。
グランが罠を警戒し、ワルビールが直感任せながらも精度の高い索敵を行い、アドリーヌがそのサポートをして、カナンはマッピング。
役割を分担することで、彼らはラウンがいた頃と遜色ないとまでは言えないまでも、かなり安定して歩を進めることができた。
ずっとラウンの働きに助けられ、そんな彼を見続けてお手本にできたというのが大きい。
それでも、ラウンがいれば、各々の負担は最小限に抑えられ、戦闘に全力を注ぐことができただろう。
しかし、Bランク上位の迷宮の奥地は、彼らでも幾度となく苦戦を強いられる魔境。
そんな魔境で戦闘力皆無の、しかもピンチになればテンパって動けなくなるチキンハートを守るのは難しい。
できなくはないがギリギリだ。
Bランク上位でこれなのだから、Aランクの戦場へ行ったら、確実にこれまでの戦法は通じない。
それを強く実感したからこそ、ここでラウンを置いていく必要があったのだ。
(あの心の弱ささえ無ければ……)
そんな思いがグランの胸に満ちるが……もし彼の心が強かったとしても、身体能力が低すぎる点は変わらない。
ここならともかく、Aランクの戦場で彼を守り切るには、自分達の力量が足りない。
もう何度も考えたその結論に今回も辿り着き、グランは悔しげに歯を食いしばった。
だが、彼はすぐにその感情を封じ込めた。
集中が乱れている。
仲間達に集中を乱すなと言っておいて、自分がそれを実行できないなど許されない。
その一心で、グランは脳裏に浮かぶ大切な幼馴染の顔を、強引に振り払った。
冒険者達は進む。
ネタとはいえレベル99が敗走したダンジョンを、危なげなく進んでいく。
苦戦を強いられる強敵もいたが、敗北の二文字が頭を過ぎるほどに追い詰められることはない。
彼らの能力は、そこまで優れているわけではない。
一般的な基準で見れば精鋭だろうが、異世界人のみが観測できるレベルという概念に照らし合わせれば、せいぜい20前後。
しかし、己の力を効率的に運用し、仲間達と協力して欠点を埋めることで、彼らはこの迷宮の攻略者に相応しい強者となっていた。
とはいえレベル20には変わりないので、彼らが進める迷宮で敗走したどこかのレベル99が、いかに一点特化で安定性皆無の尖り切った性能をしているか、よくわかるだろう。
まさにネタキャラ。
冒険者達は進む。
どんどん凶悪になっていく罠をくぐり抜け、どんどん強くなっていく敵を倒し、時にはやり過ごし、奥へ奥へと。
そして、辿り着いた。
ダンジョンの最深部。
迷宮の『心臓』にして『最強』の存在、ダンジョンボスの待ち構える場所。
そこに……おかしな奴がいた。
「コ〜ングラッチュレーショ〜ン!」
ふざけたことを言いながら、手に持ったクラッカーをパーンと鳴らしたのは、ピエロのような格好をした一人の男だ。
冒険者にはとても見えない。
しかも、彼の後ろでは、ダンジョンボスと思われる甲冑の姿をしたゴーレムが、不動のまま佇んでいた。
ダンジョンボスに襲われない人物。
それどころか、こうして彼らがボス部屋に足を踏み入れているというのに動かぬままということは、
ダンジョンボスを。
あの『魔王』の同類である化け物をだ。
それだけで、『グラウンド・ロード』が目の前の存在を最大限警戒し、武器を構える理由としては充分すぎた。
「誰だ、あんたは?」
剣を構えながら、グランがピエロに問う。
「な〜に、ただのしがない研究者ですよぉ」
「研究者?」
ピエロは
「ええ、ええ。色んなダンジョンに赴いて研究しているんです。どうすれば、ダンジョンを操れるのか。どうすれば、この強大な戦力を我がものにできるのか。もう本当に長いこと、ずっと、ずぅ〜〜〜とねぇ」
そこで、ピエロは陶酔したように「ふぅ」と息を吐き、
「本当に、ほんっっっとうに長い研究の日々でした。まだ完成ではない。完璧とは言えない。自我の一切無いゴーレム型のボスだったからこその成果。それでも今日、━━私はダンジョンボスを『完全に』支配することに成功した!」
小躍りを始めるピエロ。
彼は踊りながら、ニヤニヤとした目をグラウンド・ロードの面々に向ける。
「いやー、あなた達は運が良い! これから数多の人類を殺戮するだろう技術、その栄えある犠牲者第一号となれるのだから!」
「「「「ッ!?」」」」
甲冑ゴーレムが動き出した。
奥地では当たり前のように湧いてくる巨大ゴーレム達より、更にひと回り大きい巨体に相応しい巨大な剣と盾を構え、剣の切っ先をグラウンド・ロードの四人に向ける。
「貴様!? 何故こんなことをする!!」
「何故? 何〜故〜? これはこれは、おかしなことを仰る!」
ピエロはケタケタと腹を抱えて爆笑し、言った。
「私は魔王軍幹部『八凶星』が一人! 知恵の五将の一角『奇怪星』トリックスター! 人類の駆逐を至上命題とする、あなた達の敵ですよぉ! 敵を殺すのに、何故も何もないでしょうに!」
魔王軍幹部『八凶星』。
その名を聞いて、グラウンド・ロードの面々に戦慄が走る。
それは各国の精鋭やSランク冒険者が相手にするような『怪物』の名だ。
魔王の軍勢を率いる、八人の将軍達の名だ。
下手をすれば、どこにいるのかわからず、たまに思い出したかのように現れるだけの『四大魔獣』よりも恐れられている存在。
そんな恐怖の代名詞がこんな場所にいて、自分達に牙を剥いている!
「さあ、行きなさい『ナイトゴーレム』! 我々と同じ抹殺の使徒として、勇敢なる人類の戦士達を殺戮するのです!」
「━━━━━━━━━━」
甲冑の姿をしたダンジョンボスが襲いくる。
八凶星との戦いが始まる。
生きて帰れない確率の方が遥かに高い死地。
そこでグランは…………大切な幼馴染をこの場に連れてこなかったことに、心底安堵した。
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