第16話 決断

「ちょっと遊んでくる」

止める間もなく部屋を出て行くナギを追いかけるべきか迷ったが、二人だけで話し合う機会などそう多くない。


魔王を野放しにする危険性よりも今後の話をしておくべきだと考えたユーリはスイに向き合う。

「クラウドに――私の後見人に連絡を取る。だからお前はもう私の傍にいなくていい」


クラウドに前世も含めて全て打ち明ける覚悟は既に決めていた。

魔王の存在は教会に衝撃と混乱をもたらすことになるだろうが、ユーリ1人で抱えておく案件をはるかに超えている。

その場合問題となるのはスイの存在だった。


クラウドは変わった性格をしているが現実主義なので、きちんと話せば理解してくれると踏んでいる。だが他の教会関係者からすればスイも倒すべき魔族にすぎず、攻撃対象となるだろう。それはユーリの望むところではない。


(スイも貴重な戦力には変わりないからな)

戦力となる聖女や祓魔士を全員集めたとしても魔王を倒せるかどうか分からない。少しでも生存率を上げるために必要ならば、魔物でも何でも使うつもりだ。

少しだけ胸の奥がざわつくのは、夢の記憶がかすかに残っているからだろう。そんな思考に何かが引っ掛かり、それを辿る前に難色を示すスイの声で引き戻された。


「今のお前は自由に動けないだろう。あれがユーリを逃すとは思えない」

直接会うことができなくても関係者経由で連絡を取ることはできる。ユーリ自体は快く思われていないが、准枢機卿であるクラウドへの手紙を握りつぶすような馬鹿は流石にいないだろう。教会がいつ動くか分からないがスイが傍にいれば必ず巻き込まれる。だからその前に離れておく必要があった。


「魔王から逃げるつもりはない。でもお前がいると邪魔になる」

生きるために戦うと決めたのはユーリ自身だ。今逃げれば一生逃げ続けなければならない。そんなのはごめんだった。


どうして自分が、と思う気持ちは確かにある。けれどそうやって自分を哀れんだところで物事は改善しない。死が逃げることと同義なら、前世の清算をする機会を与えられたということだろう。たとえ勝算が誰だけ低くても何もせずに諦めたくない。その気持ちがユーリを生かしているのだ。


「ユーリを護ることだけが俺の存在理由だ。だが今の俺にその力が及ばないのは分かっている。一時的に傍を離れるが、必ず戻ってくるから最後まで諦めないでくれ」

スイは忠誠を誓う騎士のように片膝をついてユーリを見上げる。その瞳は懇願の色を帯びていて無意識に手が動いた。

わざと乱雑に頭を撫でて視界を塞ぐと、一言だけ返した。

「……待ってる」



陽光も通さない魔の森の最奥部に転移したナギはどこへとなく彷徨っていた。

「面白くないな」

口に出すと不快感とともに破壊衝動が湧きおこる。


遠巻きにこちらを窺っている魔物を魔術で切り裂く。悲鳴を上げる間もなく絶命した魔物の残骸をナギは冷めた目で一瞥した。

「簡単すぎてストレス解消にもならない」


もともとユーリが簡単に堕ちてくるとは思わなかった。それよりも彼女を観察しているほうが飽きなかったから、ささやかな嫌がらせ程度で済ませていたのだ。

わざわざ準備した幼体のドラゴンは二人の結びつきを強める要因にしかならなかったし、親ドラゴンをおびき寄せたもののユーリはナギに縋ることなく、あっさり死にかけた。


どうせならスイのほうを殺しかけてくれたなら、ユーリの懇願する様を見ることが出来たかもしれないのに、役に立たないことこの上ない。

楽しみを奪われそうになった原因を腹立ちまぎれに殺したが、気分は晴れなかった。


かねてからの思惑通りに人口の多い都市に連れてきたのはいいが、目覚めるなり警戒しスイの姿を探している様子に苛立ちを覚えた。


「ドラゴンを処分したのは僕なのにね。手を出さないなんて言わなければよかった」

素直に感謝されるとは思っていなかったが、他の男を寄せ頼ろうとする姿は不快で仕方がない。目の前で殺してやりたかったが、一応誓約内容に含まれているため牽制程度に押さえておいた自分はかなり我慢したほうだと思う。


「この僕が我慢をするなんて……本当に面白くない」

食事を与えたり、薬を作って看病をしたのにユーリはちっともナギに関心を払おうとしない。あの時ナギの差し出した食事を拒否していたなら、そのまま城に持ち帰っていただろう。

彼女が賭けに勝ったら解放すると言ったものの、期間中については何も定めていなかったので、そのまま拘束したとしても誓約に触れることはない。


不穏な気配を感じ取ったのか、ユーリは渋々といったように匙を取ったものの挑むような目でナギを見ていた。その瞳に自分だけが映し出されたことで、苛立ちが薄れたためやめてあげただけだ。

「そろそろ誓約を履行させようか。そのほうがきっと楽しめるからね」


甘くてほのかに苦いユーリの血の味を思い出して唇を舐めた。

昏い笑みを浮かべるナギの姿は暗闇に紛れて、誰の目にも留まらなかった。

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