エピローグ

 ゴトンゴトン、魔駆動の車輪を動かし機車が平原の中を走って行く。

 空は晴れ渡り、青空の中にいくつかひつじ雲が浮かんでいた。

 機車の終点は王都だった。いくつかの田舎の駅に停まり、人々を王都へと連れて行く。 乗り込んでいる人々は皆どこか朗らかだ。

 王都の知り合いに会いに行くのか、夢を叶えるために故郷を発ったのか。

 この国が、少なくとも表面上は平和な証だった。

 そんな客車の中にアリシア・ルフェーブルは座っていた。透き通ったブロンドの髪を窓からの風にそよがせ、右腕を動かしていた。

「まだ痛むのか?」

 足下から声がする。影から声がする。パックの声だ。

「いや、もう問題ない。多分」

「多分っていうのは?」

「まだ、少し違和感があるな」

「おいおい、あの治癒術士本当にまともなやつだったのか?」

 アリシアとパックは今朝ミンスターを発ったばかりだった。

 屋敷の厄介にならず、さっさと王都に引き返すつもりだったが、さすがに右腕の怪我の状態がかなりのもので治癒に一晩かかったのである。

 術士はオムニの指示でシェハードが手配した人間だった。

 オムニが絡んでいることでどうもパックは信用ならないらしい。

「大丈夫だろう。聞いたことのある名前の術士だった。オムニはよほど金を積んだんだろうな」

「それで治療が終わったらお前に袖の下でも渡して仕事自体を世間から隠すとかそういう算段だったってとこか」

 結局、アリシアはシェハードの計らいで早朝にこっそりと屋敷を後にすることが出来た。アリシアは袖の下だの黒いやりとりだのまっぴらごめんなのだ。

 金は欲しいが後ろ暗いことに関わるのは極力避けたい。今までの経歴が清廉潔白かといえばまったくそんなことは無かったが、避けれるものなら避けたいのだ。金は欲しいが仕方が無い。面倒ごとはごめんだった。

「結局なんだか良く分からない仕事になっちまったな。依頼主をハメた形になって、全然関係ないはずのやつが依頼主になって、しっちゃかめっちゃかな目に遭ったが報酬は予定通り貰えると」

「私は仕事はこなしたよ。そういう事後処理は上の仕事だ」

「そうだな。そういうところぐらいやってもらわねぇと俺達はいつまでも貧乏くじだ」

 ケタケタとパックが笑った。隣の席のおじさんが怪訝そうにアリシアを見た。

 列車の走行音でパックの声はかき消されているが、今の笑い声は聞こえたらしい。しかし、気にするアリシアではない。

「今回も暗い仕事だったな。その辺の魔物狩りだの民兵だのが聞いたら笑いものだな。騎従士セインなんかろくなもんじゃねぇってよ」

「さてね。いつものことだよ」

 経歴が真っ黒な依頼主。普通に考えて死地としか言えない依頼現場。全体としてみればまっとうとは言えない仕事だった。

 しかし、アリシアにとってはそんなことはいつものことだった。

 騎従士に、特に特級に回ってくる仕事などというのは上層部の癒着と見栄で引き受けたようなろくでもない仕事だけなのだから。

「あの酒がちゃんと最後まで魔除けを果たしたのは驚いたがな」

「だから今回のは間違いないと言っただろう」

 少し怒り気味のアリシアにパックはまたケタケタ笑うのだった。

「そういや、もうそろそろ昼だろう。あの執事にもらった弁当食っちまえよ」

「ああ、もうそんな時間か」

 アリシアが懐から取り出した懐中時計はもう正午を示していた。

 出発前に昼食だけでもと、シェハードが弁当を渡してくれたのだ。

 アリシアは脇に置いていたバスケットをひざに乗せる。

「やけに高そうなバスケットだな」

「まったく、その辺の安物で良いんだけどね」

 バスケットは細やかな作りをしておりひと目で良いものだと分かった。

 シェハードのアリシアを色々な駆け引き巻き込んだお詫びの気持ちが現れているようだった。

 アリシアは包みを開ける。中身はベーグルにチキンやゆで卵や野菜をはさんだもの、その横にマフィンが包装に包まれていた。

「ちゃんとしてるなぁ」

 いつも適当なものしか食べないアリシアは感嘆の言葉を漏らした。

「なんか落ちたぞ」

 そういうパックが影から手を伸ばし床に落ちたものをアリシアに渡した。

 それは一枚の紙だった。

 アリシアはそれを手に取る。そこには文字が書かれていた。書いたのはもちろんシェハードだろう。

『私達の2人の英雄の行く末が幸多きものであるよう願っています』

 書かれていた言葉を見てアリシアは微笑んだ。

 私達とは、シェハードとその今までの一族、そして黒騎士のことかもしれなかった。

 最後の黒騎士の言葉をアリシアは思い出した。

 そして、こんな風に誰かにまっとうな感謝をされるだけ今回の仕事はましだったかもしれないと思った。

「さて、いただくとしよう」

「なんだ、機嫌が良くなったな。あとでなに書いてあったか見せろよ」

 そんな風にしてアリシアはベーグルを頬張り、パックはそれを下から眺める。

 窓の向こうの景色は相変わらず絵本のような草原がどこまでも続いている。

 王都まではまだしばらくかかるだろう。

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楓剣の騎従士と黒い亡霊 @kamome008

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