二章
第6話 進攻開始
――……朝三時。早朝と呼ぶにはまだ早い時刻だ。
この時間の見張りを担当していた俺は、そろそろかとみんなを起こしに立ち上がる。
「そろそろ仕事の時間だ。ほら、起きた起きた」
「んぇ、なぁにぃ……?」
「……朝、ですか……?」
テントの入口を開けて、二人に声をかける。
まだ寝ぼけてはいるが、この様子ならすぐに起きるだろう。問題は――
「ぐがぁぁぁぁ、ぐがぁぁぁぁぁ……」
――隣のテントで大きないびきを立てて眠っている、この大男である。
わざわざ一人だけ防音魔法のかけられたテントで眠っているのも納得のいびきだ。
……さて、どうしたもんか。野営でここまで熟睡できるのはいいことだが、今は起きてもらわないと困る。
「バロルス、仕事の時間だぞ。起きろ」
「ぐがぁぁぁぁ、ぐがぁぁぁぁぁ……」
「これはそっとやちょっとじゃ起きないな……ふむ……」
とはいえ、俺も寝起きの悪いやつを相手にするのは慣れている。一旦テントの外に出て、こんな時のための秘策を持ってくると、彼の耳元それを鳴らした。
――カンカンカンカンカン!!
「襲撃だ!!
「んがっ、な、なにぃッ?! どこだ!? ライナ、マリネ、無事――か――?」
飛び起きたバルロスはすぐさま大剣を手に取り構える。
だが、俺の姿とその手に持っていたアイテム――鍋のふたとおたまを見て、きょとんとした顔を浮かべた。状況が飲み込めていない彼に、俺はいつもの調子で語りかける。
「おはよう、バルロス。よく眠れたみたいだな」
と。
「あ、おはよー」
「おはようございます」
テントから出てきた俺たちを出迎えるライナとマリネ。テントの片付けに取りかかっており、少しすれば彼女たちは出発できそうだ。
バツが悪そうな表情を浮かべるバルロスを見て苦笑するライナは、こちらに視線を向けるとニヤニヤとした顔で俺に語りかける。
「やるねぇレイオスくん、中々起きないバルをこんなにあっさり起こしちゃうなんて」
「身内に似たようなやつがいたもんでな」
彼と同じように寝起きが悪い幼馴染を思い出す。あいつを起こすのにも苦労したもんだ。……パーティを抜けてからもう二日経つが、あいつはちゃんと起きれているだろうか?
後ろで控えていたバルロスをひとつ咳払いをすると、威厳を取り戻すために声を上げる。
「そんじゃあ今度こそ黒トカゲ狩りといこうじゃねぇか!」
「バールー、先にテント片付けてよね」
「あ。お、おう」
結局威厳を取り戻せない彼の様子に苦笑する俺たち。
こんな調子で、
+ + +
遠方から望遠鏡を使い入口の様子を伺ってみるが、やはり昼間より警戒は薄れていた。
燭台の炎で見える範囲では高台に二匹、下に三匹。これなら作戦通りに事を進められそうだ。
今は別行動しているバルロスとマリネに
――合図を受け取ったマリネは、指定されたポイントに辿り着くと、弓を構える。
目標は、高台の
そして――最後の合図。バルロスが定位置についた合図を受け取ると――指先に力を込め、今だとその矢を解き放った――。
「……? ギャハッ?!」
「ギャギャ?!」
――眠そうにしていた高台の
バランスを崩して落ちてきた一匹に
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
敵襲に気付いた反対側の高台の
「ギャ?! ――……ギュエッ!?」
クリーンヒット。怯んだ
そいつが最後に見たのは、次の瞬間自分を貫く三本の矢の姿だった。反応が間に合わず、つぶれたカエルのような声をあげてその身に受けると、先程のリザードマンの後を追うように高台から落ちていった。
「シャイ、シャアッ」
「シャーッ!」
これはまずいと気付いた残りの三匹の
「そうはさせないよー!」
「……?!」
バルロスが前で騒いでいる間、密かに柵を乗り越え回り込んでいたライナが立ち塞がる。
当然リザードマンは襲いかかってくるが、ライナはそれを軽く一蹴。適切な立ち回りで攻撃を捌き、素早い連撃を黒い鱗に叩き込んでゆく。
「はあっ!」
「おらよっ! 一丁あがりッ!」
三匹の
「うーん完璧! 最高の連携だったね、お疲れ様!」
「まっ、俺たちにかかればこんなの余裕よ!」
ハイタッチをかまし余裕を見せる二人。そんな彼らの気を引き締めるように、俺は口を挟む。
「気をつけろ。ここからが本番なんだからな」
「へいへい、わかってますって」
俺の鋭い視線も意に介さず、調子に乗るバルロス。……まぁ、油断に繋がらなければいいが。
全員合流したのを確認すると、改めてマリネが今回の作戦を説明する。
「それでは簡潔に今回の作戦を説明しますね。今回の目標は
彼女の説明に全員が大きくうなずく。数が多くなればなるほど苦戦は必至。できれば早い段階で数を減らしておきたい。
「できればこの群れを統べるボスを先に倒したいところですが……」
「別に全員ぶっ倒せばいいだけだろ、優先したい理由でもあんのか?」
「えっと、それは……」
極論を言えば、バルロスの言う通りだ。だが、マリネの言いたいこともわかる。
上手いこと言語化できず、あわあわしている彼女に見かねた俺は、横から言いたいであろうことを代弁する。
「ボス個体は群れで最も強い個体であると同時、部下の統率や指令を出している司令官の役割でもある。いるだけでやつらの士気も高まるだろう。先に倒せればそれだけで統率が乱れ、戦況が有利に運ぶ。俺たちに恐れをなして部下が逃げ出す可能性まである」
「は、はい! レイオスさんの言う通りです。とはいえ、無理は禁物ですから」
雑魚を優先するかボスを優先するか、結論からいえばその時々による。
この〝トラベルウォーカー〟というパーティは意外にも練度の高いパーティだが、ボス個体を取り巻きを無視して強引に仕留められるかといえば怪しい。慎重になるにこしたことはない。
マリネはこほんとひとつ咳払いをすると、説明の続きを話す。
「先頭はバルさん、続いてライナ、最後尾を私とレイオスさんが担当します」
異論なし。全員がうなずいたことを確認すると、マリネは最後に注意点を告げる。
「おそらく昨日、斥候部隊が倒されたことは相手も認識しているはずです。道中の罠には気をつけてください」
各々が「了解」と返事をすると、改めてこのパーティのリーダーが声を張り上げる。
「それじゃあてめぇら、行くぞォ!!」
「おー!」
目指すは殲滅。
巣に突入する二人に続いて俺も足を踏み出した時、何かに手を引かれたかのように振り返る。
「どうしました? レイオスさん」
「………………気のせいか?」
誰もいない。だが、視線のようなものを感じた気がしたが……。
なんだか嫌な予感がする。俺は気を引き締め直すと、彼らに続いて歩き出した。
+ + +
洞窟の中は暗い。ヒカリゴケが発光しほのかに明かりを提供してくれてはいるが、暗いことには変わりない。ランタンを取り出してもいいが、戦闘が想定される以上片手が埋まるのは得策ではない――となると。
「ライナ、
「うん、覚えてるよ~」
「全員の武器に頼む」
ライナが軽い舞と共に祈りを捧げると、各々の武器がまばゆい光を放つようになる。
明るさに問題がないことを確認した俺たちは、改めて洞窟の奥へと歩を進めた。
「でも
「
「あ、そっか。なるほどー」
火炎弾を吐いてくることからもわかるように、奴らは炎に耐性がある。
単純な攻撃力では
――……攻略は順調に進んだ。
二、三匹の群れを数回相手にしただけで、いまのところ特に問題はない。むしろ相手の陣地にしては少なすぎると思ったほどだ。
「洞窟の中じゃ私の出番がありませんね」
一応いつでも矢を射る準備をしているが、狭い室内じゃ出番はなさそうだと苦笑するマリネ。
それにフォローを入れるように、俺は「後ろを見張るのも大事な仕事だ」と語りかける。
「でも、後ろから襲撃されたら私だけじゃ対応できませんよ……」
「安心しろ。そのために俺がいる」
ふっと笑って剣を見せる俺に、マリネは小首を傾げる。
「……レイオスさんって、ヒーラーでしたよね?」
信用していない――わけではないのだが、治癒術師にどうこうできる話だと思えない。そんな視線で苦笑いを浮かべる彼女に、俺は軽く笑うだけに留めた。
――……おかしい。
ある程度進んだところで、妙な違和感を感じていた俺は一度待ったをかける。
「妙だな。
「奥で寝てるんじゃねぇのか?」
「その可能性もあるが……斥候部隊が帰ってこなかったことは認識しているはず。にしてはあまりに無警戒すぎるというか……」
結構奥まで進攻しているが、罠らしい罠は見当たらない。
順調なのはいいことだが、何か引っかかる。違和感を感じていた俺に、ライナが口にする。
「もしかして、この巣自体が罠だとか?」
「いや、知能が高いといってもそこまでじゃない。偽の巣に誘導するなんて狡猾な作戦、練れるはずがないんだが――」
だが、そんな理屈がありながらも、罠の可能性は一定数あると頭が警笛を鳴らしていた。
「狡猾……狡猾といえば、昨日襲撃された時、完全に不意をつかれたんですよね。潜伏スキルも発動して結構距離も離れていたはずなのに、それでも気付かれてしまって……」
「なんだと? それは本当か?」
険しい表情でマリネ問い詰める。
ありえない。高い知能を持っていると言っても、所詮は魔獣だ。たまたま目に入った――としても、彼女の服装は森に合わせた迷彩色の緑。見過ごす可能性が高い。
だとすれば、なんだ? ……普通じゃない何かが起きているのか。
そういえば、洞窟に入る前に何者かの視線を感じたような気がしたが――もしかしたら、
「バルロス、一旦引き返すぞ! この巣そのものが罠だ!」
「あぁ? ここまで来て何言ってんだよ、臆病風にでも吹かれた「いいから! 早く――」
だが、遅かった。
「「――!?」」
轟音。後ろから響き渡る爆発音と共に、洞窟が崩れ落ちる。
「うおっ?!」
「わ、わわ、なにこれ、どうなんってんの!?」
「爆発は後ろからだ! 前方に逃げるぞ!!」
「は、はいっ!」
最初から疑うべきだった。思い返せば、気付けるだけの要素があったはずなのに。
後悔よりも、いまはただ罠だと知りながら奥へ奥へと走ることしかできなかった。
「はぁ……はぁ……」
「……ここまで来れば大丈夫、だよね?」
「だと、思いますけど――」
ここが、洞窟の最奥か? 広間になっており、彼らが暮らしていた跡がある。
玉座に座るのは、一匹の
興味をひかれるまま、あるいは抗えない誘惑により、バルロスが手で触れようとする。そして触れた瞬間、俺たちのいた広場の床が、丸々消え去った――
「は?」「っ?!」「ふえっ」「きゃあっ!」
突然の出来事に困惑することしかできず、ただ下に落下することしかできない。
落ちる。
落ちる、落ちる。
どこまで落ちるのか。そんな疑問の答えは自ずと出ることになる。
どすんと身体に衝撃を受け、だが不思議なことに死ぬことはなかった。
立ち上がった俺たちは立ち上がって、状況を確認すべくあたりを見渡す。ヒカリゴケも生えていない真っ暗な世界。紫の炎が燭台に浮かび上がり、部屋の床には魔法陣が刻まれている。血の匂いが絶えないこの部屋は、なにかの儀式場のようでもあった。
「ようこそ、哀れな子羊どもよ」
人間の声。よく見てみると奥にある玉座に、黒いローブを着た謎の人物が座っていた……。
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