一章

第2話 新パーティ加入(1)

「――……ということがあった」

「はあああああッ?! なんでっ! どうしてっ! あなたはっ!! そんなギルドマスターの理不尽な言い分を当然のように受け入れてるんですかぁぁぁッッ?!」

 ――冒険者協会、セントレア支部にて。

 様々な冒険者が依頼を求めて集まる整然としたエントランスに、一際大きな受付嬢の声が響き渡る。

 時期が時期なだけに、別の街からやってきた冒険者はなんだなんだと声の方向に注目するが、主にこの地で活動している常連の冒険者からは、声だけで誰と誰が言い争っているのか察し、いつもの光景だと納得する。

 そんな冒険者達の視線の先。俺と今まさに俺に向けて指を突きつける受付嬢――協会の制服に身を包み、あどけなさの残る背丈や顔立ちの、黒い長髪の彼女の名は――アヤ・クサナギ。上級冒険者以上に向けた窓口を主に担当する、このセントレア支部で最も優れた受付嬢だ。

 ……事の発端は、先程のギルドを除名された件を彼女に伝えたことから始まる。

 あまりに大袈裟なリアクションを見せる彼女だが――まぁ、大袈裟なのはいつものことだ。声を荒げて取り乱す彼女に、俺は淡々と事実を述べた。

「受け入れるもなにも、ギルドマスターの決定だ。簡単に下せる処分の重さじゃない。それ相応の調査と協議を行った上で、今回の判断に至ったのだろう。なら、俺が異を唱えたところで意味はない」

「その察しの良さはもっと別の方向に活かしてください! ここは子供みたいに駄々をこねて粘る場面でしょう?! そんなんだから頭いいのにバカバカ言われるんですよこのバカちんがっ!」

「……子供みたいに駄々をこねたところで解決はしないだろう。……それに、俺がガキのように喚いたところで一体誰が得をする?」

「私は一度見てみたいですよ! 子供みたいに駄々をこねるレイオスさんの姿!」

「そうか。今後見れる機会があるといいな」

 素っ気ない態度で彼女の言葉をさらりと受け流すと、そんなことよりと話を切り替える。

「それで、だ。結局、俺が一人でこなせそうな依頼はないのか?」

 今日冒険者協会を訪れ、彼女に相談をしていたのはこっちが理由だ。除名された経緯を話したのは、そのついででしかない。

 新しい地に旅立つにしても、ここで生活を続けるにしても、先立つものは金だ。

 これまではパーティの共有資産から捻出していたので、パーティを抜けた今、俺の手持ちはわずかに財布に入っていた金貨十数枚だけなのである。

 金を集めるなら冒険者として依頼をこなすのが一番効率がいい――だがアヤは俺の問いかけに、ジト目を向けながら手を横に振る。

「いやないですってば。上級冒険者向けの依頼なんて、大体難易度バグってるものばかりですし。治癒術師が単独ソロで受けられる依頼なんて存在しませんよ」

「簡単な雑用で構わないんだが。この時期なら腐るほどあるだろう?」

「協会の立場的に最上級冒険者を雑用に出せるわけないでしょうがっ!! わかるでしょ?!」

 つまるところ、『複数人推奨の難易度の高い依頼しかないし頼めない』ということだ。ある程度覚悟はしていたが、困ったな……と頭を抱える。

「どうしたもんか……。他にパーティを組める相手がいれば良かったんだが」

 残念ながら、俺にはパーティの宛てがない。

 もちろん〝デュラン・デルト〟のように固定メンバーで組んでいる冒険者ばかりではないし、依頼に合わせて即席のパーティを組む冒険者も数多く存在する。普通の最上級冒険者、しかも治癒術師であれば、ギルドでもパーティでも引く手数多で困ることはないはずだ。

 だが俺の場合は最上級冒険者である以上に、『ヒールしか使えない一次職』という悪評ばかり先行してしている。さらにそこに『ギルドから除名された』事実が加われば、誰もパーティを組みたいなんて思わないだろう。

 小さくため息をもらした俺に、アヤは苦笑を浮かべる。

「まーレイオスさんは悪い意味で目立ちすぎてますからね。……レイオスさんもちょっとは否定したらどうです? 妬み僻みであることないこと言われっぱなしで腹立ません?」

「いや、特には。どうせ陰口叩くくらいしかできない連中だ。勝手に言わせておけばいい」

 さらりと言い切った俺に、今度はアヤが呆れたようにため息をついた。

「その陰口のせいでギルド追放されてるんじゃないですか……。……なんだか私の方が腹立ってきたんですけど」

「別にお前のことじゃないだろ」

「ほぼ私のことみたいなもんですよ! 最上級冒険者認定の試験、誰が試験官だったと思ってるんですか?! 私ですよ?! つまり私が間接的にけなされてるみたいじゃないですか!!」

 そう言ってバンバンと机を叩くアヤ。

 俺は気にしていなかったが、彼女の言い分は理解できる。

 子供っぽい言動が度々見られる彼女だが、その仕事ぶりは俺も高く評価している。彼女も彼女なりに、受付嬢としてのプライドがあるだろう。間接的にも自身の仕事が疑われているのだから、彼女が不服に感じるのも当然だと言える。

「……はぁ。協会の人はみんなレイオスさんの実力をわかってるんですけどね。なんでこう、レイオスさんだけボロクソに言われるんですかね……」

 他の冒険者達と違って、協会の職員は末端であっても俺に敬意を持って対応してくれる。

 俺が一次職であろうが、使える魔法がヒールだけだろうが関係ない。どれだけ最上級冒険者として認められることが難しいのか、協会の職員は知っているからだ。

 むすっとした顔でため息をつくアヤに、俺は自分なりの推測を口にする。

「自分より劣るはずの一次職の冒険者が、自分より勝る最上級の認定を受けている。『あいつはズルをしている』とこじつけなければ自尊心が保てないのだろう」

「そこまでわかってるならさくっと三次職に上げません? 別にヒールしか使わないままでいいですから、見栄えのために上げときましょうよ。できるでしょ? ね?」

「その意味もない見栄えのために使わないスキルを習得するなど、無駄の極みでしかないな」

 そんな彼女の提案を俺はばっさりと切り捨てた。そして彼女自身もそんな答えを予想してたのか。諦めにも似たため息をつき、呆れた視線を俺へと向ける。

「……三次職のことを『意味もない見栄え』とか『無駄の極み』だなんていうの、世界であなただけだと思いますよ?」

「だろうな」

 俺もそのことは否定しない。俺はともかく、普通の人なら三次職になる恩恵は非常に大きい。

 様々な最上級スキルの習得条件であるのはもちろん、三次職に昇格することは上級冒険者として世界に認められた証でもある。上級冒険者になっても三次職に届かない人は多く、大半の冒険者にとって目指すべき目標でもあるのだ。

 だが初級回復魔法のヒール以外を使う気がない俺には、三次職を目指す理由がない。その過程で必要となる様々なスキルの習得も、使わない俺にはただの無駄でしかなかった。

「おい! いつまで話してんだ?! こちとら仕事を受けに来てんだ、雑談なら後にしやがれ!」

「む」

 長々と話していた俺の背後から、突如として野太い声がかけられる。

 後ろに振り返ると三人組の冒険者が次の順番を待っていた。パーティのリーダーと思しき赤髪の青年が、苛立った様子で俺のことを睨みつけていた。

 前衛の冒険者らしい身軽な格好に、所々を装甲で補強した服装。その大きな図体に見合った大剣を背負っており、赤い尖った髪に、民族風の模様のヘッドバンドをつけている。見た感じ、戦士系の上位職だろうか。

 後ろから割って入ってきた彼に、アヤは小さなため息をもらし、苦言を呈する。

「……バルロスさん。冒険者のヒアリングも仕事の内です。順番はきちんと守って――」

「いや、いい。雑談気味になっていたのは事実だしな。俺は後で構わない」

 だが彼女が言い終えるよりも先に、俺はバルロスと呼ばれた彼に順番を譲った。

 アヤはその姿を見ると「まぁ、レイオスさんがそういうなら」と受け入れ、「では、ご要件をお伺いします」と、彼らの対応へと頭を切り替えた。

「ごめんねー! なんか横入りみたいな感じになっちゃって」

「気にしていない。長話をしていた俺にも落ち度はあるからな」

 そう声をかけてきたのは、赤髪の青年の後ろに控えていた冒険者の一人。小柄で元気な、耳長族エルフの少女だった。

 桃色の髪をツインテールに結び、露出度の高い特徴的な民族衣装に身を包み、冒険者然とした装甲の補強で防御力を補っている。腰の二本の剣から察するに、デュアルブレイダー――いや、彼女の衣装を踏まえると、ソードダンサーの方だろうか。

 軽く頭を下げる謝罪する彼女に、俺は問題ないと答える。

「すみません。バルロスさん、ちょっと短気なところがありまして……」

「悪い人じゃないんだけどねー」

 横から会話に混ざってきたのは、三人組の内の最後の一人の少女。灰茶色の髪をポニーテールに結び、小さな帽子をかぶった、動きやすい軽装を着込んでいる少女だった。雰囲気としてはおとなしい方で、背中に弓矢を背負っていることから、少なくともアーチャー系統の職業クラスなのは間違いなさそうだ――。

「はぁッ?! なんで依頼が受けれねぇんだよッ?! 条件的には問題ねぇだろ?!」

「確かに条件は満たしています、ですが! パーティの構成的に危険度が非常に高いと……」

「治癒術師がいねぇだけだろ? んなのポーションさえありゃあ問題ねぇ! そもそも黒トカゲの討伐程度、回復なんかいらねぇよ!」

「えっ? なになに、どうしたのー?」

 ――そんな時、窓口の方から激しい口論が聞こえ、一同の視線がそちらに向かう。

 横から首を突っ込んできた耳長族エルフの少女に、こちらの方が話が通じると思ったのか。アヤは彼女に向けて事情を説明する。

「今回皆様が提示された黒蜥蜴人ブラックリザードマンの討伐依頼は、上位依頼の中でも高難易度に指定されている依頼になります。これは上級以上の冒険者が四人以上のパーティで挑むことを推奨とした難易度です。ですが皆様は三人パーティですよね? 上位冒険者も一人だけですし……それに編成に治癒術師がいない以上、危険度が極めて高い依頼になります。受付嬢として、受注することは推奨できません」

「……うーん? でも、蜥蜴人リザードマンでしょ? 前に倒したこともあるし、大丈夫だと思うけど……」

 そんなアヤの警告の意図まで汲み取れなかったのか。耳長族エルフの少女の脳天気な発言に、俺は呆れて横から口を挟む。

「確かに見た目は似ているが、蜥蜴人リザードマン黒蜥蜴人ブラックリザードマンでは、その戦闘力は段違いだ。常に複数で行動し、火炎弾を身につけた個体で、筋力はもちろん、知能も通常の蜥蜴人リザードマンのそれと比較にならない。並大抵の冒険者では命を落としかねない強敵だ」

「おい。つまりてめぇは俺達じゃ力不足だ、って言いたいのか?」

 その意見を聞いて、喧嘩っ早い赤髪の青年が突っかかってくる。だが俺は欠片も動じず、はっきりと彼に現実を告げた。

「そうだ。通常の蜥蜴人リザードマンとの違いも知らない冒険者が相手にできるほど、生易しい魔獣ではない」

「んだとゴルァ?!」

「ちょっとバル! 喧嘩はダメだよ!」

 いまにも襲いかかってきそうな赤髪の青年を、耳長族エルフの少女が間に入って止める。

 バタバタと騒ぎを見せる横で、弓使いの少女が改めてアヤに問いかけた。

「その、どうしても受けれないですか?」

「……まぁ一応、受注自体は可能です。条件は『上級以上の冒険者を含めたパーティであること』だけですから。……ですが正直に申し上げると、現状では依頼の達成は困難であると言わざるを得ません」

 彼女からの返答を聞いて、弓使いの少女は暗い顔を浮かべる。

 横で聞いていて、やけに食い下がるな、と思った。何か理由でもあるのだろうか? 未だに諦めきれない表情をしている彼女に、俺は質問を投げかける。

「どうしてもこの依頼を受けたい理由でもあるのか?」

 机の依頼書を一瞥するが、報酬は普通。何か特別な理由でもなければ、わざわざ彼らが危険を冒してまで受ける理由はないような依頼だ。

 赤髪の青年は「てめぇには関係ねぇだろ!」と吠えるが、聞かれた弓使いの少女は俺に向けて、静かに理由を語る。

「この地域に突然黒蜥蜴人ブラックリザードマンが現れたことで、このあたり一帯が壊滅したみたいなんです。命からがら逃げてきた人から、誰か仇を討って欲しいと嘆いている姿を見てしまいまして……」

「誰も受けてくれないから、もうこうなったらあたしたちがやるっきゃない! って思ったの。あたしたちも小さな村の出身だから、とても他人事に思えなくって」

 ……なるほどな。正義感からの行動か……彼らの言い分は理解した。

 ならば、とアヤの方へ視線を向けると、彼女は協会としての見解を告げる。

「……申し訳ありません。協会側としても事態は把握しているのですが、危険度的に受けてくれる人がいないんです。かといってこちらとしても、未熟な冒険者を死地に送り出すような真似はできませんし……」

 それはそうだろうな。

 ……にしても妙だな。基本的に人里離れた地で静かに暮らす黒蜥蜴人ブラックリザードマンが、わざわざ人里まで降りてきて、さらには村を襲うだなんて……普通は考えにくい。

「あ、おい!」

 自然と手が伸び、赤髪の青年の声を無視して勝手に彼らの依頼書を読む。

 依頼が出たのは数日前。未だに協会の調査団が出ておらず、詳細は不明……か。ただでさえ厄介な個体、危険度を考えれば人が集まらないのも無理はない、か。

 ……とはいえ、放置していればさらに被害は広がる一方。誰かがやらなきゃいけない仕事ではあった。

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