(4)泡沫の夢

 彼女たちは宿主の脳内で次世代の卵を抱卵する。本来であれば雌雄の交尾によって胚を発生させるのではないかと語っていたが、両性が揃わなかった場合は単為生殖に切り替わるらしい。いずれのケースでも卵は適切な時期に海へ放たれ、孵化した幼虫たちは、やがて最初の宿主に摂り込まれる。だが親の世代が、その旅立ちを見届けることはない。生態や認識の問題を説いても良いが、よりシンプルで覆しようのない理由があった。

 卵を放した時点で、その命が尽きるからだ。

 美月は本能でそれを知っている。例外はないと言い切った。怖くはないのかと尋ねると恐れても仕方がないと返された。いずれ死ぬのは君も同じだろう、と。

 今も、見つめてくる瞳に在るのは、怯えとは異なる色合いだった。

 彼女は、それを、ささやかな言葉で綴った。

「香助。今までありがとう。君の助力がなければここまで来ることはできなかった」

 夜風を吸い、微笑を浮かべる。

「君と出会えてよかった」

 何の飾り気もない、感謝の言葉。

 それを優しく手渡されたとき、情けなくて死にたくなった。

 目頭が、徐々に熱を帯びていく。

「……感謝されることなんて、何もない」

 拳の内側に爪を食い込ませた。だが血が滲むほどは刺さらなかった。握力の問題なのか、意志の問題なのかは知りたくなかった。悔しさだけが頬を伝った。

「俺は何もできなかった。君を……追い詰めただけだった」

「いずれは追い詰められていた。君や、三幸来がいなければ、もっと早くにそうなっていただろう。いや、そもそも君が助けてくれなければ、私は、あのとき殺されていたはずだ。だから――」

「ちがう!!」

 耐え切れなくなって叫んだ。

 その叫びもまた、手応えなく夜に吸い込まれていく。

 唇を噛み、目を伏せた。

「そんなことを、言ってるんじゃないっ……」

「わかっている」

 頬に温かな手が触れる。

 その指先が、伝う涙を柔らかく拭い、前を向くように求めてきた。

 潤んだ瞳が、彼の姿を包んでいた。

 陰気な印象はもうどこにもない。たとえ僅かな時間だったとしても、数多を見て、数多を知った彼女の瞳は、星空のように輝いている。

 だから哀しかった。

 

「わかっているよ、香助。でも君のせいじゃない」

 それなのに見せた。見せ続けてきた。

 友達と過ごす他愛のない日々を。

 一緒に服を選び、一緒に映画を観る休日を。

 優しさに包まれた無垢な命を。

 幸福で、穏やかな、美しい牢獄を。

 まるで夢でも見せるかのように、彼女にそれらを見せ続けてきた。

 無神経に。無責任に。

 楽しませ、破壊させてきたのだ。

 自分はもう飽いたからと、彼女の想いなど、見ないふりをして。

「君のせいじゃないよ」

 だから――つらかった。哀しかった。

 何もかも諦めたような、その微笑みが。

「美月っ……」

 頬に触れる手に、手を重ねた。

 彼女は、愛おしそうに目を細め、そして、

「!?」

 突き飛ばされた。

 なぜ、と疑問に思う暇もない。転び、腰を強打した衝撃で目を閉ざす。次に瞼を開いたとき、滲む視界に飛び込んできたものは、彼女の腕が、肘から弾け飛んだ瞬間だった。

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